Yahoo!ニュース

“鬼門”打破の兆しを掴んだレッドソックスの田沢純一投手。

一村順子フリーランス・スポーツライター
今年も守護神・上原につなぐ勝利の方程式を担うレッドソックス田沢。

連敗地獄の中の一筋の光

レッドソックスファンにとっては、厳しい現実を突きつけられたブルージェイズ3連戦だった。15日のツインズ戦を皮切りに連敗地獄に陥ったチームは、2カード連続のスイープを食らって屈辱の7連敗。昨年は1度も4連敗せずにワールドシリーズを制覇した王者が出口のないトンネルに迷い込んだ。そんな泥沼状態で中継ぎエースの田沢は同カード2度の登板を果たし、共に無失点。レ軍にとっては、田沢が“鬼門”ブルージェイズに対して、もがきながらも踏ん張った力投が、せめてもの収穫だった。

「去年からずっとやられている。練習やブルペンでの調子はいいけれど、マウンドに行くとどうしても色々考えてしまう。大胆に行く所と細かく行くところがしっかり区別できず、決め切れない。トロントに関しては探りながら…という所が多いかなと思う。マウンドでも腑に落ちないというか、どっちつかずの状態でいたのが反省。でも、ゼロで抑えられたことは良かった」

守護神・上原浩治投手と共に昨年のブルペンの屋台骨を支え、ワールドシリーズ優勝の原動力となった右腕が唯一、苦手にしていたチームが、ブルージェイズだ。昨年の対戦成績は1勝3敗、防御率は同一リーグ最悪の10・13。全9被本塁打中6本がブ軍から。今年も4月26日に2失点。対戦別防御率は54・00にハネ上がった。相性の悪さを懸念したファレル監督は「相手の攻略が成功していることは否定できない。登板を避けられたら、それは理想的かもしれない」と一時冷却期間を置く効用も口にした。だが、先発陣が総崩れで連敗が続き、ブルペン陣はフル稼働。田沢を温存する余裕もなく、共に敗戦濃厚な状況下だったが、“鬼門”にぶつけるしかないのが実情だった。逆にそれが、きっかけを模索する田沢には良かったかもしれない。勝利の責任がない場面で田沢は自らの再起のため、苦手打線と向き合った。

魂の直球勝負で挑んだ初戦。変化球を駆使して勝った第3戦

20日、第1戦の出番は4−7で迎えた九回。カブレラからの上位打線に直球主体の真っ向勝負を挑んだ。一死一塁からこの日2本塁打を放った強打者、エンカーナシオンを打席に、フルカウントからの6球目。2度首を振った後、外角低めへの96マイル直球で見逃し三振に打ち取った。

「どうせ打たれるなら、投げたいボールを投げたいと思った。直球の球威は悪くなかったので、しっかりした所に投げられれば大丈夫だと思った。ボールと判定されてもおかしくなかったけれど、捕手のキャッチングに助けられました」と捕手ロスのカバーに感謝しながら、信じたボールを投げた満足感を滲ませた。

22日の第3戦は2−7で迎えた九回。前回とは違って変化球を巧みに取り入れた味のある投球。カブレラに四球を与えた後のバチスタとの対戦では84マイル(135キロ)のスライダーで空振り三振に。外角低めへの完全なボール球で相手バットを振らせた。

「あんまり投げていないボールだったので、あそこまで振るんだなと。ああいったボールも通じると分かったことは良かった」

続くエンカーナシオンには、フルカウントから79マイル(127キロ)のカーブを詰まらせ中飛に打ち取った。2球際どいコースをボールに判定される不運もあった中で勝負に勝った田沢は、「ストライクを投げたら一発打たれる可能性もあるし、ボールを出せば歩かせてしまう中、タイミングを外すことに関して良かった」と振り返る。これまでカウントを稼ぐ状況で使っていたスライダー、カーブを勝負球で使った中軸斬り。「試してないボールを投げるのもアリなのかなと。また次は狙われるので、工夫して臨みたい」。この日は先頭打者カブレラとの対戦中、一般ファンが三塁側席からフィールドに乱入し、警備員に取り押さえられるハプニングもあった。試合は一時中断したが、集中力を途切れさせることなく、初戦とは一転パターンを変えた攻め方できっちり仕事をやり遂げた。7連敗に頭が痛いファレル監督も、こと田沢に関しては「この打線への対戦はチャレンジだが、そんな中、色々な球種をミックスし、アジャストメントをみせ、(兆しを)みせてくれた」と喜んだ。

鬼門とは何なのか

それにしても、一般に“鬼門”と呼ばれる特定球団への苦手意識は一体どこから来るのだろう。ファレル監督は「元投手の立場から言わせて貰うと、どこか、巧く事が運ばない、そういう相手がいるものだ。(ブ軍が苦手と言って)彼の持もっている力量への評価が落ちる訳ではないが、ブ軍には、多少違った感じで対戦しているのではないか」と語った。

一方、ブ軍のギボンズ監督は「どういう訳から、ウチの選手が田沢を巧く打っている。でも、理由は分からない。特別な理由はないと思う。例えば、ウチのバチスタは素晴らしい打者だが、ダルビッシュは打てないというように、相性というのがあるのさ。でも、これまでバックホルツに相性が悪かったエンカーナシオン(去年まで21打席1安打、打率0・048)が、今年、突然2本塁打することもある。だから、何をきっかけに相性が反転するか分からない。我々としては、こうしておくだけ」。米国人が願を掛ける時にみせる、指をクロスして壁をコツコツ叩く仕草をしてみせた。

田沢本人は、やはりメンタルな部分が大きいようだ。

「もっと単純にピッチングを組み立てられればいいのかもしれないけれど、色んな事を考え過ぎ。何を投げてもいいイメージがつかないし、有利なカウントにしているのに、(沈む球を)掬われるんじゃないかとか、考えてしまう」

昨年は敵地カナダの地元テレビ局の解説者が、番組中に田沢の不正投球を疑うコメントをするなど、見に覚えのない言いがかりをつけられた。田沢は「やましいことはしていない」とキッパリ否定したが、時に、台頭する有望株に敵が球団傘下のメディアを通じて嫌がらせをすることもあるという。田沢にとって、イライラさせられるチームだったことは間違いない。

勿論、技術的な対策も講じている。直球に対してバットが振れている打者が多いブ軍。田沢はクイック投法を要所で取り入れながら、相手のタイミングを外すことに工夫を凝らした。また、試合前の練習では先輩の上原に座って貰ってキャッチボールを行い、外角への制球を確認。万全を備えた上に精神面を充実させ、リーグを代表する強打線に歯を食いしばって立ち向かった。

「ゼロに抑えたことで、変わってくることもあると思う。こういったことを利用して、メンタル的にトロント相手に良くなって行けばいい」

鬼門とは良く言ったもので、詰まったフライがポテンヒットになったり、ボテボテのゴロが野手の間を抜けたりする悪循環も多かった。もちろん、これで、鬼門打破と言うつもりはない。次回、競った場面で登板し、勝利に貢献するパフォーマンスをした時こそ、そう言える。しかしながら、これまでの悪い流れを断ち切るには、今シリーズでの2度の無失点救援が最良の薬といえるだろう。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

一村順子の最近の記事