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「AKB商法」破綻後の“音楽をちゃんとやるAKB48”──LE SSERAFIMと競うグローバル時代

松谷創一郎ジャーナリスト
2011年12月7日、東京・秋葉原にあるAKB48 Cafe & Shop(写真:アフロ)

脱・部活ダンス

 低迷を続けてきたAKB48が、やっと音楽に本腰を入れてきた。

 すでにMVが発表されている新曲「元カレです」は、昨年までK-POPグループ・IZ*ONEで活躍していた本田仁美をセンターに据え、これまでには見られなかった水準のパフォーマンスを披露している。

 なかでもダンスは、BTS「Butter」にも参加したグループ・GANMIが振り付けを担当した。小さな動きを多用し緩急をつけたその展開は、非常にスタイリッシュな内容だ。昨年秋発表の前作「根も葉もRumor」が、最初から最後まで全力で踊るだけの部活ダンスだったのと比べると、無駄な動きもなくフォーメーションも工夫されている。

 そこからは、より積極的に音楽とダンスに向き合おうとする意思がうかがえる。つまり、K-POP同様に“音楽をちゃんとやるガールズグループ”を志向している。

 選抜メンバーにも、IZ*ONEを生んだオーディション番組『PRODUCE 48』(2018年)に挑戦した本田を含む6人が名を連ねている。なかにはファイナリストにまで残った下尾みうもおり、今後の可能性も感じさせる。

 だが、果たしてAKB48に明るい未来は待っているのか──。

破綻した「AKB商法」

 2017年以降、AKB48は人気の低落傾向が続いている。それは、いわゆる「AKB商法」が崩壊の過程に入っていたことを示唆しているが、その要因は以下の4つにまとめられる。

  • 〈1〉音楽人気基準の変化(2017年~)
  • 〈2〉人気メンバーの離脱(2018年4月~)
  • 〈3〉NGT48の不祥事(2019年1月~)
  • 〈4〉新型コロナの直撃(2020年3月~)

 もともと「会いに行けるアイドル」として人気を得ていたAKB48は、現在もファンの多くが音楽やダンスに強い関心を持っていない。キャバクラをアイドルに適用させたとする向きも少なくないように、その“人気”の中心は音楽ではなくメンバー個々のパーソナリティとファンとの直接的なコミュニケーションにある。

 だが、その“人気”は〈1〉オリコンCDランキングが機能不全となり、同時にストリーミングを含めた複合指標によるビルボードチャートが浸透することで崩壊し、さらに〈2〉と〈3〉によってダメージを受け、そして〈4〉新型コロナで握手会も開催できなくなった=CDを販売しにくくなった。

 筆者がこの指摘をしたのは2020年末だったが、現在もその延長線上にあることには変わりない(「紅白落選も必然だった…AKB48が急速に『オワコン化』してしまった4つの理由』」2020年12月27日/『文春オンライン』)。

 実際、昨年9月発売の「根も葉もRumor」の初週CD販売数は40万枚弱だった。コロナ禍直前だった2020年3月発売の「失恋、ありがとう」と比較すると、3分の1程度にまで落ち込んだ。握手会を開けず、他の48グループのメンバーも参加していないので、ファンがCDを買う理由を見いだせないのは当然だろう。現在も、新型コロナは収束に向かいつつあるが、(一般論として)握手会の開催はおそらく当分不可能だ。

 こうして従来のビジネスモデル「AKB商法」は破綻した。

正攻法の打開策

 この10年ほど、音楽はインターネットとスマートフォンによって(良し悪しはともかく)急速にグローバル化した。インターネットは情報を瞬時にやり取りするものなので、デジタルデータの音楽コンテンツ(情報)がグローバル化するのは当然と言えば当然だ(文章コンテンツには言語の障壁が、映像コンテンツはデータ量の大きさが障壁だったが、現在はともにそのハードルが下がりつつある)。しかも、スマートフォンやそれにともなうYouTubeやストリーミングサービスの浸透は、音楽へのアクセスをより簡便にした。

 K-POPはいち早くそうした状況にアジャストしたが、日本の音楽業界はそれらのメディアと世界の変化に背を向け、90年代から続く産業構造=「芸能界・20世紀レジーム」に長く固執し続けた。その中心のプレイヤーがAKB48と坂道グループ、そしてジャニーズだ。

 なかでも「AKB商法」は、握手会を軸とするので必然的にドメスティック(ローカル)に重心を置くこととなり、かつ音楽にも力を入れていないのでグローバルなマーケットも獲得できない。エンタテインメントのDX(デジタル・トランスフォーメーション)の著しい遅滞も、こうした姿勢に端を発している。

 元IZ*ONEの本田仁美をセンターに据えた今回の「元カレです」は、間違いなくこうした閉塞状況からの打開策だ。握手会とCD販売を組み合わせた「AKB商法」から、音楽でファンを惹き付けようとする方向への転換である。つまり、やっと正攻法で勝負しようとしている。本田を中心としたのも、世界に広がっているIZ*ONEのファンを取り込むためでもあるのだろう。

▲関連:「なぜ宮脇咲良はK-POPを選んだのか?──LE SSERAFIM再デビュー、低迷が続くAKB48グループ【2-2:K-POP STUDiES】」2022年4月21日/『Nugarajira』

“よさこいソーラン”から抜け出せない

 しかし本田を中心とし、ダンスに力を入れても、もちろん成功するとはかぎらない。まだまだグローバル水準にはほど遠く、改善点は多く見られるからだ。

 「元カレです」は、相変わらずサビになればヴォーカルもダンスもユニゾンの“よさこいソーランしぐさ”だ。これはジャニーズなども含めた日本のアイドルグループの伝統かつ悪癖だ。

 とくにAKB48はシングル曲の選抜メンバーだけでも20人の大人数を基本とし、メンバーの各役割(ヴォーカル、ラッパー、ダンサー)もまったく明確ではない。そのため、ユニゾン以外の選択肢は考えづらいのだろう。ただし、この段階ですでに音楽的には限界に直面している。

 また秋元康による歌詞は、強気の女性を描いているもののいつもながらの思春期めいたダサさ満載だ(これは秋元の狙いでもあるが)。加えてトラックの低域はやはり弱く、IZ*ONEで露呈したミキシングの問題にも手がつけられていない(「『IZ*ONE』とは一体何だったのか…2年半で見えた日韓アイドルの『決定的な差』」2021年5月8日/『現代ビジネス』)。

 これは「漁港のスピーカー」で聴いても耐えられることを目指す秋元康の志向によるものだと推察されるが、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文は「今や漁港のスピーカーで音楽を聴いてる人はほとんどいない」と明確に反論する(取材・文:柴那典「ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文に聞く ロックバンドは“低域”とどう向き合うべきか?」2019年2月9日/『Real Sound』)。

 コロナ禍で初のリリースとなった前作「根も葉もRumor」も、ダンスに力を入れたものの結果は芳しくない。YouTubeの視聴回数は、4ヴァージョンすべて足しても1289万回だ(メインMVは331万回)。Spotifyの再生回数も258万回にとどまる。

 これは不人気だったIZ*ONEの日本語曲(秋元康プロデュース)にも及ばない水準だ(下グラフ参照)。「元カレです」はそれよりも向上すると思われるが、現在のAKB48の音楽人気はかなり低い。

 以上を踏まえると、秋元康のプロデュースをはじめとするAKB48の基本的なコンセプトや制作体制などを見直さないかぎり、音楽人気も今後の躍進は見込めない。

筆者作成。
筆者作成。

『プデュ48』以降の失われた3年

 2019年、筆者は『PRODUCE 48』のファイナリストとなったAKB48の高橋朱里にインタビューをした。

 その際、「『自分はAKB48でこれをやってきたから、これができる』ということは何もなかった」と韓国での体験を振り返った高橋は、その後AKB48を卒業して渡韓、K-POPグループ・Rocket Punchの一員としてデビューする。

 このときまだ高橋のK-POPデビューを知らなかった筆者は、韓国のトレーニングで実力をつけた高橋や下尾みうなどの受け皿として、記事の最後で以下のように提言した。

ひとつ提案をするならば、ダンスや歌の実力を基準とし、海外展開も想定した新たなグループの誕生が望ましい。

言うなれば、AKB48グループ全体の精鋭チームだ。他グループとの兼任もなく、握手会もほどほどに、ダンスと歌を入念に磨いて曲とパフォーマンスに特化するようなイメージだ。

『PRODUCE 48』で高橋が吸収し、K-POPが当たり前のようにやっていることを、日本でもやるのである。

もちろんその際は、従来の48グループとはかなり体制が異なってくるはずだ。トレーナーを常駐させ、楽曲もダンスもミュージックビデオもグローバル基準で入念に制作しなければならない。

「高橋朱里が『PRODUCE 48』で痛感した『日本と韓国の違い』」2019年1月22日/『現代ビジネス』

 精鋭グループではないが、現在のAKB48が目指す方向はこの提言に近いものとなった。ここで指摘しておきたいのは、筆者の提案から「根も葉もRumor」までは2年半、今回の「元カレです」までは3年以上かかってしまったことだ。しかも、後に知ったのは、そのずっと前からファンのなかではそうした精鋭グループを待望する声があったことだ。

 ポピュラー音楽は流行そのものなので、このような時間のロスは致命傷になりかねない。実際その間には、同じく『PRODUCE 48』に参加して実力を発揮した白間美瑠(NMB48)や村瀬紗英(同)なども48グループから去ってしまった。先日卒業したばかりの宮崎美穂も韓国に拠点を置くことになるそうだ。

 こうした損失からは、ヴァーナロッサム(旧・AKS)には従来のビジネスモデル以外がまったく見えていなかったことがうかがえる。パンデミック以前から、CDを売り続ける「AKB商法」はほころびを見せていたはずなのに。

競う相手はLE SSERAFIM

 韓国に目を向ければ、サクラ(宮脇咲良)の新グループ・LE SSERAFIM(ル・セラフィム)のデビューが迫っている。5月2日デビュー予定のこの6人組は、兵役によって活動中断の可能性があるBTSの今後を睨んでHYBEが送り出すものだ。これまでのプロモーションやティーザーからは、その力の入れ方が並々ならぬものであることが伝わってくる。

 そのなかで注目されるのは、デビューアルバムの"FEARLESS"の予告だ。そこでサクラは日本語で言っている。

「私は世界を手に入れたい」

 サクラはそのために日本ではなく韓国を選んだ。

 AKB48が本気で音楽に力を入れる=グローバルで勝負するのであれば、競わなければならない相手はLE SSERAFIMだ。音楽がグローバル化している以上、それは避けられない。

 それを「冗談」や「無理」などの一言で一蹴するのであればAKBに未来はないだろう。そもそも、本田仁美と宮脇咲良はIZ*ONEで2年半ともに活動してきたのだ。そうした現実を等閑視して、「ニッポン、スゴいですねー」とか「日本には日本の良さがある」的な自己慰撫に耽溺していれば、沈んでいくだけになる。

 AKB48の正念場はこれからだ。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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