秋元康の“魔法”が解ける日に向けて──ラストアイドルの解散が示す「AKB商法」の終焉
3月9日、アイドルグループ・ラストアイドルが5月いっぱいで解散することが発表された。2017年にデビューしたこのアイドルは、秋元康がプロデュースする31人体制のグループだ。
しかし、その活動は当初から迷走を続けた。そこから脱せないまま4年半で終焉を迎えたという印象だ。
このラストアイドルの終わりは、00年代後半以降、長らく続いてきた「AKB商法」が終焉に近づいていることを意味する。つまり秋元康が日本社会にかけた“魔法”が解けつつある──。
オーディション段階から大迷走
ラストアイドルが生まれたのは、2017年のことだった。テレビ朝日の同名のオーディション番組で、メンバーを決めるサバイバルが繰り広げられた後にデビューに至った。
最初の問題は、デビューメンバーを決めるこのプロセスにあった。挑戦者が暫定メンバーから任意の対戦者を選んでパフォーマンスで競うこのサバイバルは、その勝敗が4人の審査員のなかからランダムに選ばれたひとりに委ねられた。
たとえ4人の評価で1−3で負けていても、挑戦者のほうを評価するひとりが選ばれれば勝者となるシステムだ。この不条理としか言えないルールによって、運にも大きく左右されてメンバーは選考され、結果として有力メンバーが次々と脱落していった。
同時に、審査員たちはけっしてダンスやヴォーカルなどのパフォーマンスの実力を基準としなかった。
たとえば最初に脱落したのは、現在タレントとしてブレイクしている王林だ。彼女は『アナと雪の女王』の挿入歌をしっかり歌いあげたにもかかわらず、明らかに歌唱力が劣る暫定メンバーの小澤愛実に負けてしまう。このとき王林は、うずくまって文字通り号泣した。
このときジャッジを下したのは、後にアイドルグループ・ZOCのプロデュースも手掛けるシンガーソングライターの大森靖子だった。彼女は、王林の歌唱力よりも小澤のキャラクター性を採ったのだった。
大森のこうした審美眼は、日本のアイドル文化の伝統といえば伝統だ。70年代に『スター誕生』で長らく審査を担当した作詞家の阿久悠は、当時「つまらない上手より、面白い下手を選びましょう」と他の審査員に意見したという(『夢を食った男たち 「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代』1993→2007年)。
大森靖子のジャッジは、(自覚的かどうかはさておき)阿久悠のこの姿勢の延長線上に位置する。日本の女性アイドルが概して「未熟な女の子」であることを期待されるのは、こうした古いジェンダー観に基づいている。
しかし、こうした勝負を繰り広げたにもかかわらず、敗者の多くはセカンドユニットとして救済され、後に本体に合流する(※)。当初のサバイバルはなんだったのか、という話だ。
公正性を欠く審査システムと敗者の救済──デビュー段階からラストアイドルは迷走していた。
繰り返されたデタラメな運営
ラストアイドルはその後も迷走を続けた。
2018年の夏には千葉の学校で合宿するものの、初日の午前中にメンバーひとりがダウンする。冷房のない体育館でトレーニングをしたことによる熱中症だと思われる。
2019年には「歩く芸術」と呼ばれるマスゲームの特訓をし、その次は高校ダンス部の監督を招いて激しい振り付けの特訓を重ねる。その内実は戦前の日本や北朝鮮に通ずる全体主義思想の色が濃いパフォーマンスと、歌唱を無視した高校ダンス部活レベルだった。
だが、このように繰り返されるデタラメな運営をまともに指摘する者もほとんどいなかった。熱心なファンは特訓を繰り返すメンバーたちを見て「実力派だ!」と称賛したが、外から見れば場当たり的に負荷をかけてメンバーをもてあそんでいるだけだった。
こうした一貫性のないプロセスを経ながらも、ラストアイドルは徐々にメンバーを増やし、グループ全体で50名を超える時期もあった。
だが、そうしたなかで生じたのが2020年以降の新型コロナウイルスの感染拡大だ。今回の活動停止もその理由として最初にあげられているのがコロナ禍だ(「ラストアイドルより大切なお知らせ」2022年3月9日)。
メンバーが約30人のラストアイドルは、そのビジネスモデルの中心はやはり「AKB商法」だ。AKB48グループや坂道グループと同じく、握手券を付けたCDで売上を稼ぐ。だが、これがコロナで行き詰まった。
コロナ禍では、物理的な接触のある握手会は難しく、できても小規模のトーク会にとどまる。観客との距離があるライブは可能でも、近距離のコミュニケーションは難しい。しかも、この状況はおそらくあと数年は続き、AKB48や坂道グループのように内部留保もない。
結果、ラストアイドルは解散を余儀なくされた。
若者は秋元康の“魔法”にかからない
いわゆる「AKB商法」と呼ばれるビジネスモデルはこうして破綻しつつある。ラストアイドルの解散は、その端緒に位置するのだろう。
しかも、それは単にコロナによる不運を意味するわけではない。数年後、コロナ禍が終わりを迎えても、ふたたび「AKB商法」を再開できる見込みはない。
なぜか。
CDに握手券を付けて販売するこの手法は、音楽メディアの過渡期にその隙を突いたビジネスモデルでしかないからだ。
2015年以降、音楽メディアの主流はCDからストリーミングに移り変わっている。グローバルマーケットを確認すれば、2017年にはストリーミングがCD+レコードを上回り、昨年は売上全体の65%にもなっている。
対して日本は、長らくCD売上に依存してきた特殊な状況を続けている。CDの売上が全体の50%を超えるのは、もはや日本くらいだ。アイドルの「AKB商法」と、ストリーミングでK-POPとの勝負を避けるジャニーズによって、CD依存が続いてきた。
だが、こうした状況にも徐々に変化が生じつつある。昨年、日本の音楽産業は3年ぶりに成長に転じたが、それを牽引したのはやはりストリーミングだ。CDは前年とほぼ変化はないが、ストリーミングの成長率は126%にもなった。ダウンロードも含めた売上は、着うたフル全盛の2009年に迫りつつある。
もちろん、それでもまだまだ日本のCD依存は続いている。ビデオを含めた物理メディアがマーケット全体の7割弱を占めるこの状況は、他国と比べると明らかに極端だ。
だが、若者の音楽受容はすでにストリーミングが主流となっている。オリコンCDランキングの価値をいまも信じているのは、CDを大人買いする中年のアイドルファンくらいだろう。インターネットがなくならない以上、音楽メディアの転換は遅かれ早かれ確実にやってくる。
こうして「AKB商法」という名の秋元康の“魔法”から徐々にひとびとは解き放たれ、若者はもはやかかることはない。
メディア混乱期に隙を突く秋元康
秋元康の約40年間にわたる仕事を振り返ったとき、ひとつ気づくことがある。それは幾度かメディアの転換期に大きく飛躍していることだ。
80年代中期のおニャン子クラブは、テレビ的表現を徹底したフジテレビの伸長期とレコードからCDへの過渡期にブレイクした。
90年代後半のセガのゲーム機・ドリームキャストで見せたCM「湯川専務」シリーズの展開は、プレイステーションと任天堂との次世代ゲーム機競争のタイミングだった。
そして00年代後半のAKB48のブレイクは、CDの衰退とSNSの浸透が並行する時期に生じた。
秋元康の“魔法”とは、こうしたメディアの混乱期にその隙をついて独自のビジネススキームを確立することだった。
だが、そうした方法論はメディア全体の安定度が強まると機能不全となる。長らく続いてきた「AKB商法」もストリーミングの浸透による音楽メディアの安定化によって終局に入ったということだ。
問題は、おニャン子クラブにしろ、ドリームキャストにしろ、秋元康が手掛けた企画のその後は芳しくない状況にあることだ。
アイドルシステムのネタばらしをしたおニャン子クラブの後には、「アイドル(歌手)冬の時代」が10年にわたって続いた。ネタ的イメージばかりを先行させたドリームキャストもプレイステーション2に惨敗し、結局セガはハード機市場から撤退する。
「AKB商法」の終焉──それは秋元康の“魔法”が解ける日を意味する。ラストアイドル解散はその予兆だ。
いつか訪れるその日の後に、なにが起こるか覚悟しておいたほうが良いかもしれない。ドーピングには副作用がつきものだからだ。
※関係者によると、号泣する王林を見た秋元康がショックを受け、敗者の救済策を思いついたという。秋元の優しさをうかがわせるエピソードでもあるが、同時にそれは当初から入念な計画がなかったことも意味する。
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