Yahoo!ニュース

違法デモは「市民のボランティア活動」か? 北欧の先住民と若者の抗議がボランティア大賞ノミネート

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
ノルウェー国会前で民族衣装を着て抗議した先住民サーミの若者たち 筆者撮影

ノルウェーの有名なボランティア賞の候補に、先住民サーミの人権を守るために連帯して闘っているサーミ人若者団体(NSR-Nourat )とノルウェーの「自然と青年団体」(Natur og Ungdom )の名前が挙がった。

今年数回に渡って行われた、フォーセン地域でのトナカイ放牧地に建設された風力発電所に対する抗議活動は、「市民的不服従」という非暴力だが「違法活動」でもある。「抗議活動」がそもそも「ボランティア」として表彰候補に挙がること事態が異例だ。

ボランティア文化が根付いた北欧社会

北欧は世界的にボランティア活動が盛んな国々だ。人口規模が限られているため、市民のボランティア活動によって社会機能が支えられていることは間違いなく、その活動を評価・感謝・表彰する風習も根付いている。

大人の市民にとって、ボランティア活動はサークルやクラブ活動のような社交行事でもあり、シャイな国民性がある北欧ではボランティア活動に参加することで新しい人間関係が築ける側面もある。

抗議活動の参加者がノミネートされるのは異例

ノルウェーでボランティア活動を表彰するアワードで最も有名なのがノ「ボランティア賞」(Frivillighetsprisen)だ。ルウェー国会を代表する国会議員ら、ノルウェー・ボランティア団体、研究者などの審査員団体によって選出される。

ノミネートされるのは長期間にわたって並外れたボランティア活動を行った個人、地域団体、グループだ。

「ボランティア」という業界だからこそ、自分の無償の慈善活動を声高に宣伝しない人が多く、これまでは「無名」の個人や団体に授与されることも多かった。

賞を審査・授与するのは批判されているノルウェーの政治家たち

ノルウェーでは有名なアワードだが、今年のノミネート候補にフォーセン地域を巡るデモ参加者らの名前が挙がっていることは異例中の異例だ。

彼らは国会広場に座り込み・野宿し、国会内でも座り込み歌い、省庁や企業を封鎖するなど、数多くの違法行為をした。スウェーデンからは気候活動家のグレタさんも応援に駆け付けた。それが「ボランティア活動」と解釈されたのだ。

そもそも抗議の対象は風車の建設を許可した「ノルウェー政府」なのだが、賞の審査員団体に右派左派の国会議員の名前があることも滑稽に映る。

民主主義における監視役として評価

この1年間、フォーセンの活動家たちはノルウェーの社会的議論のアジェンダ設定に大きく貢献してきました。彼らは自分たちの民主的権利を主張し、人権侵害と闘い、ノルウェーの先住民の権利を守るために、繰り返し強力な行動を組織し、成功を収めてきました。活動家たちは、特に若い人たちの間で多くのコミットメントを生み出し、活力ある民主主義における監視役や重要な担い手としてのボランティア組織の役割を明確に示しています。

ノミネート理由 「ボランティアの日」公式HPより

解釈を変えてみれば、確かにサーミ若者団体も青年環境団体も「ボランティア組織」かもしれないが、筆者の中で抗議活動に特化したこれらの団体を「一般的なボランティア」と紐づける発想はこれまでなかった。

デモに参加する市民や若者を「民主主義における監視役」と歓迎・感謝・評価する空気は、日本にはほぼ浸透していないように感じる。

先住民や若者の抗議の声を迷惑がらずに大切にする社会

他の候補者は健康活動と公衆衛生の貢献に貢献してきた市民、音楽シアターで働く教師、サッカーチームの貢献者などの「個人の名前」が連なる。このような市民がこれまではボランティア賞の候補者の典型例で、警察にも連行された若者たちの違法の抗議活動がノミネートされていることがいかに異例かわかるだろうか。

もしサーミの若者団体と自然と青年団体が同時受賞した場合、ノルウェー政府に対する違法の抗議活動を、国会議員らを含む審査員団体が選出し、ノルウェー文化省と保健大臣によって授与されるという、なんとも皮肉な構図ができる。発表日は12月5日だ。

違法だとしても「若者たちの連帯と民主的な活動だ」と評価し、抗議活動も社会を機能させるための市民による「ボランティア活動」だと考える社会は、ノルウェーの民主主義の懐の深さを改めて思い知らすものでもある。

筆者の中で、抗議活動とボランティア活動はイコールではなかったために、今回の知らせは良いカルチャーショックでもあった。若者の活動をしっかりと評価する社会の風潮にも、正直感動を覚える。

まだ誰が受賞するかは分からないが、ノミネートされただけでも画期的で、すでに現地ではニュースにもなっている。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

鐙麻樹の最近の記事