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イスラーム過激派の食卓:アフガニスタンでのトルキスタン・イスラーム党の暮らし

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 中華人民共和国によるウイグルのムスリム人民に対する弾圧や搾取と戦うはずのイスラーム過激派であるトルキスタン・イスラーム党だが、近年は中国に対する攻撃や広報の実績がほとんどない。同派は、本来潜伏していたはずのアフガニスタンからシリアの北西部へと退去して移住し、そこで妻子や老いた両親たちとのんびり暮らしている。では、アフガニスタンにいるはずのトルキスタン・イスラーム党の活動家たちはどうなったのだろうか?アフガニスタンで彼らがどのように処遇されるかという問題は、アメリカとの合意で「アフガン領を他国に対する攻撃の拠点として使用させない」と取り決め、この遵守状況が国際的承認にも影響を及ぼすであろうターリバーンにとっても重要な問題だ。今期のラマダーンの最終盤に、トルキスタン・イスラーム党が珍しくアフガニスタンにおける同党の幹部らの暮らしぶりを写す動画を発表した。

 写真1、写真2は、このほど出回ったトルキスタン・イスラーム党の者たちによるイフタール(ラマダーン期間中の日没後の豪華で楽しい夕食)の模様である。出席者は、広大な邸宅か学校のような施設の地下と思しき広間にそこそこ大勢で集まり、会食を楽しんだ。写真1のような肉料理がおいしそうに見えるかはさておき、写真2には量質ともに豊富な果物が映し出されている。アフガニスタンのトルキスタン・イスラーム党の者たちは、住居や食料確保という面では恵まれた暮らしをしているように見える。

写真1:2022年5月1日付トルキスタン・イスラーム党
写真1:2022年5月1日付トルキスタン・イスラーム党

写真2:2022年5月1日付トルキスタン・イスラーム党
写真2:2022年5月1日付トルキスタン・イスラーム党

 食事や居場所も重要な観察点ではあるが、今般出回った動画には、ちょっとした製作上のミスか事故の結果一層興味深いものが映し出されている。それが写真3の右端の人物がしている腕章(写真3の矢印は強調のため筆者が追加)である。問題の腕章は、2021年8月に政権を奪取した後のターリバーンが軍や治安部隊を着実に育成し、治安維持に努めていると宣伝するための画像類に登場する兵士らが着用している(写真4)ものである。

写真3:2022年5月1日付トルキスタン・イスラーム党
写真3:2022年5月1日付トルキスタン・イスラーム党

写真4:2022年4月28日付イスラーム首長国
写真4:2022年4月28日付イスラーム首長国

 となると、今般の動画で紹介されたイフタールには、ターリバーンの者が出席していることになる。腕章の人物は年恰好からそれほど身分が高いようには見えないが、彼が出席した高官のお供としてそこにいるのか、会場なりトルキスタン・イスラーム党の者の警備役の人物が食事に招かれたのか、はたまたトルキスタン・イスラーム党の者がターリバーンの軍・治安部隊の兵員として参加しているのか、など様々な可能性が考えられる。重要なのは、ターリバーンにとってトルキスタン・イスラーム党をどう処遇するかが、ターリバーンが追求する国際的承認の獲得、特に中国との関係を左右しかねないということだ。中国にとってはトルキスタン・イスラーム党は間違いなくテロ組織なので、同派の構成員の引き渡しや追放を要求するだろう。ターリバーンとしても、トルキスタン・イスラーム党がアフガンに居場所を確保した上で中国をはじめとする諸外国への攻撃や脅迫に励むというのはありがたくないことなので、当然同派がこのままアフガンに居続けるならば「お客」として処遇しつつも活動を規制することになるだろう。ターリバーンの治安部隊の印を着用した人物がトルキスタン・イスラーム党のイフタールの場にいることは、トルキスタン・イスラーム党自身がターリバーンの管理の下で「おりこうさんにしています」とどこかにメッセージを送っているのではないだろうか。

 かつて筆者は、某国の保護下に入ったある民族解放運動団体(一応武闘派)の事務所に出入りしたことがあるが、事務所はもちろんそこを訪問する者たちも某国にとっては治安上の監視対象で、そこでの活動は某国の方針から外れることは決して許されない。その結果、その団体は書記長以下政治局員や中央委員らの大幹部たちが日がな一日事務所の中庭のぶどう棚の下で談笑する他することがない状態だった。もっとも、この団体は後年某国を取り巻く環境の変化により、新たな役割を与えられて筆者が出入りしていた当時よりも表舞台に出てくる頻度が上昇した。アフガニスタンにおけるトルキスタン・イスラーム党も、諸当事者の力関係や政治的環境によっては何か役割を与えられて「おりこうさん」でなくなる日が来たとしても、保護者であるターリバーンのご指示や振り付けから脱するのは難しそうだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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