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『スオミの話をしよう』三谷幸喜脚本・演出の真髄が詰め込まれた普遍的な喜劇 あの酷評作にも似ている?

武井保之ライター, 編集者
『スオミの話をしよう』公開中(C)2024「スオミの話をしよう」製作委員会

三谷幸喜監督9作目の脚本・監督映画となり、5年ぶりの待望の新作となる『スオミの話をしよう』。NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年)で社会現象的ブームを巻き起こした三谷監督自ら最高傑作と呼ぶ本作は、三谷幸喜脚本・演出の真髄が詰め込まれている。時代を超えて楽しまれるであろう普遍的なコメディサスペンスになっていた。

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公開前から注目度が高かった

公開前から話題性の高かった本作。予告映像やテレビCMから伝わってくるおもしろそうな予感のほか、三谷監督や長澤まさみ、西島秀俊、松坂桃李、遠藤憲一ら豪華キャスト陣の映画宣伝のためのメディア出演によって、作品への興味は三谷作品ファンを超えて、幅広く一般層へ拡大していた。

そんな本作の物語は、著名な詩人(坂東彌十郎)の豪邸で、その妻・スオミ(長澤まさみ)が行方不明になるところからはじまる。やがて屋敷には、スオミの過去を知る4人の元夫たち(西島秀俊、松坂桃李、遠藤憲一、小林隆)が続々と集まってくる。

そこではじまったのは、彼女がかつて愛した元夫たちと現在の夫による、誰が一番スオミを愛していたか、愛されていたか、というマウントの取り合い。しかし、それぞれの主張を聞いていくうちに、彼らが愛したスオミは、それぞれ別人のような性格であり、仕事や生活もバラバラ。まるで5人のスオミがいるようかのように思われた。

三谷節の効いた小ネタや会話劇が続く

そんなストーリーが、詩人の屋敷内を舞台にしたワンシチュエーション・コメディとして繰り広げられていく。

そこでは、5人の男たちの濃すぎるキャラクターと、その周囲の裏がありそうなクセの強い登場人物たちによる、小ネタトークや丁々発止の会話劇が次から次へと休む間もなく続き、物語はテンポよく進んでいく。

前半は、スオミの安否そっちのけの男たちによる、三谷節の効いたコメディを楽しんでいるうちにあっという間に過ぎていく。そして、後半からスオミの安否と真犯人探しというサスペンス的な怒涛の展開へと進んでいく。

原点回帰し舞台演劇的な映像作品を目指した

スオミを怪演した主演の長澤まさみ(C)2024「スオミの話をしよう」製作委員会
スオミを怪演した主演の長澤まさみ(C)2024「スオミの話をしよう」製作委員会

もともと舞台演劇の出身である三谷監督。初監督作品『ラヂオの時間』(1997年)は、舞台をそのまま映像化したような基本的にワンシチュエーションの作品であり、それ以降は映像作品の世界に寄せた映画作りを行ってきた。そうしたなか、自身の原点回帰をテーマにしたのが本作だ。

クランクイン前には、映画撮影としては異例の約1ヶ月におよぶリハーサルを行った。その後の撮影では、練り上げられた長セリフの会話劇をふんだんに入れ込み、カットを割らない長回しのテイクを重ねる。

本作には、「演劇的な映画を作る」という舞台演劇にこだわった三谷監督の映像作品への挑戦があった。

酷評を受けた『ギャラクシー街道』

これまでにも三谷監督は、作品ごとにそのときに自身がおもしろいと感じることを伝えて観客を楽しませようと尽力し、結果として興行的な成功もあれば失敗もあった。

なかには、おもしろいことを全部詰め込んだ結果、「なぜ宇宙でそれをやる必要があるのか」など酷評を受け、三谷作品No.1不入りとなった『ギャラクシー街道』(2015年)のようなこともあった。

しかし、三谷監督はその都度、次こそ観客を笑わせよう、楽しませようと前を向き、新作に臨んできた。そうしたなか、舞台演劇にもう一度立ち返る渾身作として世の中に放ったのが『スオミの話をしよう』だ。

評価が分かれそうな映画でもある

そんな思い入れの強い、三谷カラーが色濃くにじみ出る本作は、三谷作品ファンにとって傑作である一方、『鎌倉殿の13人』を期待した一般層の間では評価が分かれるかもしれない。おもしろいことを詰め込んだ『ギャラクシー街道』に近い匂いもあるのだ。

コメディ部分は光り輝いている。いまの社会を映しながら、時代が変わっても笑って楽しめる普遍的なコメディ要素のある作品であり、ラストの展開は、三谷節が効いた脚本、演出の真髄が存分に楽しめる。エンターテインメント性の非常に高い作品になっている。

ただ、物語全体を通して俯瞰したときに、評価はひとつではないかもしれない。そもそも映画の感じ方、受け止め方は人それぞれ。万人が喜び、満足する映画はない。そんなことも改めて感じさせてくれる作品だった。観客全員の心に何らかの刺激を与えてくれる作品であることは間違いない。

個人的には、これまで映画よりも連続ドラマのほうが三谷脚本の味が活きる気がしていた。しかし、本作を観た後では、その考えに少し変化が生じている。

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ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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