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アルジェリア大統領の失脚―「反独裁」抗議デモを不安視する各国政府

六辻彰二国際政治学者
ブーテフリカ辞任以上の改革を求めるデモ隊(2019.4.5)(写真:ロイター/アフロ)
  • アルジェリアのブーテフリカ大統領は4月4日、抗議デモの高まりによって辞任を余儀なくされた
  • しかし、ブーテフリカ失脚はこれまで「独裁者」を支えていた軍が彼を見限ったもので、これで幕引きすることは支配層がそのまま居残ることを意味する
  • そのため、抗議デモ隊はブーテフリカ以外の要人の総辞任を求めているが、これに難色を示しているのはアルジェリアの支配層だけでなく、諸外国も同様である

 大規模な抗議デモが広がり、「独裁者」が失脚することは民主主義の勝利とも映るが、アルジェリアの場合、それは「トカゲのしっぽ切り」になりかねない。しかし、これまで民主化を各国に呼び掛けてきた欧米諸国は、アルジェリアの民主化が中途半端に終わることを願っているとみてよく、この点では中国と変わらない。

「トカゲのしっぽ切り」で終わるか

 経済停滞を背景に抗議デモが広がっていたアルジェリアでは4月4日、20年にわたって同国を支配したブーテフリカ大統領が辞任し、国民に自らの「失敗」に許しを請うた。これを受けて、ベンサラ上院議長が暫定大統領を90日間務め、大統領選挙を実施することになった。

 しかし、抗議デモはブーテフリカ辞任だけで収まらず、体制そのものを転換するため、ベンサラ暫定大統領を含む政府要人が揃って退任することも要求し始めている。彼らの目には、ブーテフリカ辞任での幕引きが「トカゲのしっぽ切り」と映るからだ。

 ブーテフリカ氏は1999年から大統領だったが、彼を支え続けた与党・国民解放戦線(FLN)と軍は独立以来、この国の権力をほぼ独占してきた。今回の辞任劇も、抗議デモが広がるなか、その収拾を優先させるため、当初ブーテフリカ氏を擁護してきたFLNや軍から離反者が出たことで発生した。つまり、ブーテフリカ氏はこれまで自分を担いできた勢力から放り出されたとみてよい

 それは「独裁者」がその座を去っても、体制そのものは揺らがないことを意味する。そのため、抗議デモがブーテフリカ辞任で納得しないことは、民主化の観点からすれば当然ともいえる。

ドミノ倒しは起こるか

 こうして長期化の様相を呈してきたアルジェリアの抗議デモの影響は、国内にとどまらない。

 開発途上国での民主化は、1970年代のラテンアメリカを皮切りに各地で発生してきたが、多くの場合、一国の体制転換が周辺国の人々を触発し、ドミノ倒しのように地域一帯に波及してきた。2011年の「アラブの春」の場合、チュニジアのベン・アリ大統領(当時)が抗議デモの高まりに軍から見放され、亡命したことが、周辺国で「独裁者」批判を勢いづかせた。

 今回の場合、ブーテフリカ氏辞任の2日後の4月6日、それまですでに抗議デモが広がっていたスーダンでは、デモ隊が陸軍本部にまで迫る事態となった。スーダンのバシール大統領は2月、1年間の非常事態宣言を発令してデモの鎮圧にあたっていたが、アルジェリアでの「独裁者」失脚は、スーダンの反政府勢力を鼓舞するとみられる。

 さらに、リビアでは4月5日、反政府勢力「リビア国民軍」が首都トリポリへの進撃を開始した。

 こうしてみたとき、アルジェリア政変がブーテフリカ辞任という「トカゲのしっぽ切り」で終わるか、それともさらに徹底した民主化に向かうかは、中東・北アフリカの変動がさらに加速するかを左右するといえる。

中国の方針

 しかし、ほとんどの国は、ブーテフリカ氏の辞任で事態が終結することを願っているとみられる。それは、他のところで常日頃、角を突き合わせることが珍しくないアメリカと中国も同じである。

 このうち、中国の立場はシンプルだ。アルジェリアはアフリカ大陸有数の産油国であるばかりか、中国が進める「一帯一路」構想の沿線上にある。IMFの統計によると、中国の対アルジェリア貿易額は67億ドル(2018)で、フランスの114億ドルに次ぐ2位だ(アメリカは65億ドルで3位)。

 その中国は基本方針として、「内政不干渉」の原則を掲げて相手国の政治にかかわらず、経済関係を優先させる立場が鮮明だ。この立場からすれば、相手国の政府が民主的であるか独裁的であるかは大きな問題ではない。

 そのため、中国にとっては、たとえ「トカゲのしっぽ切り」で終わり、実質的な軍事政権が存続したとしても、アルジェリアに政治秩序が保たれるなら、それで構わない。むしろ、これまでの支配層が生き残ってくれた方が、ビジネスで都合がよい(この立場は日本政府のものに近い)。

 そのため、中国政府が「アルジェリア人が国情にあう道を拓く知恵と力をもつと信じている」と述べるにとどまり、首を突っ込まないことは、不思議でない。

宣教師の苦悩

 これに対して、欧米諸国とりわけアメリカの立場は、もう少し苦しい。

 欧米諸国は冷戦終結後、自由や民主主義の「宣教師」として、各国にその普及を説いてきた。その立場からすれば、より徹底した民主化を応援してもいいはずだが、アメリカだけでなく旧宗主国フランスもアルジェリア情勢に関しては口が重い(リビアの内戦に関しては自重を呼び掛けている)。

 そこには大きく二つの理由がある。第一に、アルジェリア政府がこれまで、中国とだけでなく欧米諸国とも、石油の輸出や対テロ戦争での協力などで、比較的良好な関係を保ってきたことがある。

 欧米諸国は2011年のリビア内戦や、最近でいえばベネズエラ危機などで「独裁者」を批判し、介入することが珍しくないが、多くの場合、その対象は欧米諸国と敵対的な勢力で、欧米諸国とよしみを通じている「独裁者」に対しては、その限りではない。

 実際、これまで欧米諸国がブーテフリカ体制を批判することはほとんどなかった。言い換えると、欧米諸国はアルジェリアの事実上の軍事政権を容認してきたのであり、いまさら民主化の徹底を説けば「どのツラ下げて」となりかねない

 また、アルジェリアと対照的に、スーダンはアメリカ政府から「テロ支援国家」に指定され、欧米諸国と対立することが目立っていたため、バシール大統領への抗議デモの広がりは欧米諸国にとって絶好の機会だが、アルジェリアに何も言わず、スーダンに介入するのはあまりに露骨なダブルスタンダードになるため、これを控えているとみてよい。

テロ拡散を後押しするリスク

 欧米諸国が総じて静かである第二の理由として、大規模な政治変動がテロの拡散を促すことへの警戒があげられる。

 「アラブの春」の最中、欧米諸国はリビアのカダフィ体制が反体制派を力ずくで鎮圧することを批判し、反体制派を支援することで体制転換をバックアップした。いわば、目障りだったカダフィ体制を自由や民主主義の大義のもとで葬ったわけだが、これは結果的にリビアに全面的な内戦をもたらし、さらなる混乱に陥れた

 カダフィ体制崩壊後、それまで抑え込まれていたイスラーム過激派の活動は活発化し、リビアはシリア、イラクに次ぐ「イスラーム国(IS)」第三の拠点となった。そのうえ、カダフィ体制が保有していた武器が流出し、アフリカ一帯の治安はさらに悪化した。

 つまり、欧米諸国がアルジェリアに徹底した民主化を求めたり、敵対するスーダンに直接介入したりすれば、政治的混乱が長期化しかねず、それはリビアでそうだったように、イスラーム過激派を活発化させかねない。これは欧米諸国に、中東の政治変動について黙して語らない姿勢をとらせているだけでなく、むしろブーテフリカ氏辞任での幕引きを願わせているとみてよい。

 その意味で、表向きの大義はともかく、アメリカと中国の間に大きな違いはない。中東での抗議デモの広がりは、各国の支配層とこれに抗議する者の衝突であるだけでなく、いわば各国の内側で生まれる「改革のうねり」と、外側にある「現状維持の重し」のぶつかり合いともいえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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