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『成瀬は天下を取りにいく』は天下と大賞を取れるのか 本屋大賞2024完全予想

堀井憲一郎コラムニスト
写真:著者撮影

本屋大賞発表前日の10小説評

あす、4月10日、本屋大賞が発表される。

書店員が選ぶ「売りたい本」が選ばれるということで、選ばれたらとても売れるというのもあって、読書好き界隈では注目されている。

今年はかなり早めに10冊読んで、気に入ったものは2度読んで、すごく気に入ったものは3度読んでいる。

私がおもしろかったとおもった順に10冊を紹介したい。

私は『成瀬は天下を取りにいく』が一番よかった

1冊め。

『成瀬は天下を取りにいく』 宮島未奈

中学2年の成瀬あかりを描いて痛快である。

中学2年の女子が主人公で、彼女の環境にはあまり問題はない。ヒロインは変わってはいるが問題児というほどでもなく、家族はふつう、友人もいる。

いまどきの小説で主人公周囲にさほど問題のない「少女」の物語というのは、珍しい。

だからこそ、すごい。

少女の日常を描いて、それでいて読んでいるだけで元気になる小説など、21世紀のひとつの奇跡だとおもっている。

短編の並ぶ連作小説集である。でも一篇ずつで世界をきちんと描ききり、物足りなさがまったくない。

ヒロイン成瀬あかりが、とにかく魅力的なのだ。

振り返らず、ただ前へつき進んでいく姿が(実にくだらないことに向かって進むのだが)読んでいて元気にさせる。これがいいんだとおもわせる。

たぶん、これは大人向けの小説である。

少女少年が主人公だと、大人はすぐ当該年齢の子に読ませようとするが、自分がこの小説を中高時代に読んだら、たぶん、まったく心動かされなかったとおもう。世評の高さにただ腹を立てただけだろう。

つまり、当書はあまり中高生に勧めなくていい本だと私はおもっている。(鼻の利く中高生は自力で見つけるだろうし)

こういう作品を心の底から楽しめるのが、大人になった醍醐味なのだ。

かなり個人的な評価だと自分でもおもうが、私は10冊のなかで、『成瀬は天下を取りにいく』が一番よかった。

『水車小屋のネネ』は狭い世界で展開する壮大な小説

2冊め。

『水車小屋のネネ』 津村記久子

もうひとつ、本屋大賞になってもいいなあ、とおもったのが、この作品。

こちらはわかりやすく主人公周辺の家庭環境が悪い。

そこを飛び出した姉18歳と妹8歳の二人暮らしの物語。

どうなるんだろうこの姉妹、という気持ちで読み続けて、ただ引き込まれていく。

淡々とした日常が描かれるだけだが、目が離せない。すごい。

喋れる鳥「ネネ」の存在が物語世界をふくらませている。

1981年の世界から描かれ、10年刻みで彼女たちとその周辺を描いていく。

狭い世界を描きつつ、壮大な物語が築かれる。読んだあとに、こんな世界に触れられて、ほんとうによかった、とつくづくおもった。

多くの人に読んで欲しい。

『黄色い家』と『リカバリー・カバヒコ』

3冊め。

『黄色い家』 川上未映子

ふつうの真面目な女の子が一生懸命生きているがゆえに、道を踏み外していくさまが描かれる。主人公に寄り添って読み続けていると、どこで何を間違ったのか、読者も気づきにくい。気がつくと驚くべきダークサイドにいるさまを描きだすところが、この小説のすごいところである。

ぐいぐいと読まされる。

考えてしまう。

まさに小説らしい一冊である。

お話を読みたいすべての人に勧める。

4冊め。

『リカバリー・カバヒコ』 青山美智子

10作品のなかで、この小説世界がもっとも落ち着く。

青山美智子は、人の「本来の居場所」を描いていつも見事である。

居心地の悪かった場所がきちんと自分が居る場所に変わっていくさまを見せてくれる。

何でもない日常なのに、いつも愛おしい。すばらしい。

短編構成による連作小説集である。

それぞれの世界はもう少し広げられそうだったけれど、すべてひとくちサイズにまとまっている。そういうものなのだろう。

強く人にお勧めしたい。

強く、は、この4冊までかな。

『存在のすべてを』が示す「スリリングさ」と「感動」

5冊め。

『存在のすべてを』 塩田武士

冒頭の誘拐事件のスピード感溢れる展開は他に類を見ないスリリングさ。まさに「手に汗握る」展開であった。

途中でトーンが変わって、誘拐に巻き込まれた人たちの人生を丁寧に追う物語が進む。こちらは心揺さぶられる感動物語。どちらもむちゃくちゃおもしろい。

ただ、一つのお話としてとらえるとなると、一回読んだだけでは整理しきれなかった。そこがちょびっと残念。

だから2回目に読んだときは、序章を読んで、飛んで、八、九、終章を読んだ。涙が止まらず、止まらないどころではなくて、声が洩れるほどにぼろぼろに泣いていた。読むだけで、ひたすら揺さぶられる。そういう小説だ。

でもそれは一読めにはおとずれなかった。

力強い物語だとおもう。

『スピノザの診察室』と『星を編む』

6冊め。

『スピノザの診察室』 夏川草介

「死ぬこと」を日常の流れで描く小説。京都の季節と風景のなかに、人の死を描き切り、見事である。たしかに「京都の夏」にはずっと死の気配が漂っているな、と、これは生まれて20年京都市中で暮らしていた私もおもっていたことである。

人の死を、すべて日常の流れのなか、落ち着いた風景で描かれる。

芯の強い小説だとおもう。

7冊め。

『星を編む』 凪良ゆう

10作品のなかで、初読のときにもっとも心揺さぶられた。つまり泣かされた小説である。

ただ、昨年2023年本屋大賞受賞作『汝、星のごとく』のきちんとした続編でもある。続編でしかない。これだけいきなり読んでも、もちろんそれで問題はないのだが、でも描かれている深みを十全に味わえないとおもわれる。続編だから。

だから、2024年の大賞でなくていいのではないか、とおもってしまう。

この本はあらためて2023年の本屋大賞を追加であげればいいのではないだろうか。

『レーエンデ国物語』の可能性

8冊め。

『レーエンデ国物語』 多崎礼

続編が次々と出ており、とても期待されている小説なのだろう、とおもっていた。

そして手にとったときはわくわくして、期待してしまった。

それがよくなかったのだとおもう。予想と違う世界だったので、なんだか途中から読むのが苦しくなってしまった。ほんと、もうしわけない。

私が予想していた(読みたかった)のは、その存在じたいで何かが揺るがされるほどの「異世界ぶり」だったのだ(とあとで気づいた)。

お話は、日本で起こってもおかしくないことを別の世界で展開するような物語だったので、勝手にあてがはずれてしまっていた。いや、私が悪いのだ。

素敵な物語なのはわかる。

わたしだって時と場所と年齢が違っている場所で出会えばハマっていた可能性はある。でもいまの私には無理である。もうしわけない。

『君が手にするはずだった黄金について』

9冊め。

『君が手にするはずだった黄金について』 小川哲

短編集である。連作とは言えないだろう。

時間を越えた壮大な物語が多かった今回のノミネート作品のなかでは、現在性が高く、しかも著者の主張が直接訴えられてきているように感じて、ちょっと毛色がちがっていた。

著者の目のつけどころにどれぐらい共感できるかで、読者を選ぶところがある。

著者本人の実話のようにも見えて、でもフィクションだろうともおもわされ、そのあたりも魅力的である。

ただ、この手の仕組みがとてもおもしろい、とおもうには、正直、私は年を取り過ぎてしまった。

若い人には評価されそうだ、とばかりおもいながら読んでいた。

児童書『放課後ミステリクラブ』

最後10冊め。

『放課後ミステリクラブ』 知念実希人

児童書である。

少なくとも近所の書店では児童書のところに置かれていた。

小学生たちが謎を解く小説である。絵も多くて、1冊読み切るのに40分少々だった。

本屋大賞ノミネート作10作には、分厚い本も多く、それらを早いペースで読まないといけないのがなかなか大変である。今年はこの1作が入っていることで、かなり楽になった。

そのためにノミネートされたのかとおもったのだが、まあ、そんなことはないだろう。

大人に、金を払って読め、と勧められる本かと言えば、それはむずかしい。

ほんとに何故ノミネートされたのかは、ちょっとわからなかった。

以上、紹介した順が、私が推薦する順である。

つまり私はこの順に10小説を人に勧める、ということだ。

『成瀬は天下を取りにいく』には個人的な思い入れが強すぎるな、とおもっている。

そもそも本屋大賞は、書店員が個人個人の気持ちで投票することで、1位が決まる。私は投票者のつもりで10冊を並べてみた。

世間とどれぐらいズレているかは、明日の発表でわかる。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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