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喫煙者は「ワクチン」の効きが「悪くなる」かもしれない

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナのワクチン接種を受ける人が次第に増えてきた。広く知られているように、ワクチンについては高い効果が期待できるが、喫煙者ではワクチンの効果が悪くなるかもしれないという研究が出てきている。

喫煙は新型コロナの重症化リスクを高める

 そもそも喫煙は自然免疫や獲得免疫に複雑な影響を与え(※1)、喘息やアトピー性疾患を引き起こすIgEという免疫グロブリンの濃度を上げ、リウマチなどの自己免疫疾患を引き起こすことがある(※2)。免疫グロブリンには種類があり、前述したように喫煙者ではIgE濃度が上がることが知られているが、IgA、IgM、IgGといった免疫グロブリンは少なくなり、これは例えば喫煙者に歯周病の患者が多いことにつながっていると考えられている(※3)。また、喫煙は結核菌に対する免疫力を減退させたり(※4)、インフルエンザにかかった際の免疫応答を阻害したりする(※5)。

 喫煙によって身体に害のある物質を取り入れ、その物質の影響で身体の免疫反応が高くなることも知られているが(※1)、それを差し引いても喫煙でいいことはなく、喫煙が感染症のリスクを高めるのは明らかだ(※6)。喫煙が新型コロナの重症化や死亡リスクを高めるCOPD、糖尿病、心血管疾患などの患者を増やし続けてきたのは言うまでもないが、喫煙は新型コロナの感染や重症化リスクも高めると考えられている(※7)。

 新型コロナウイルスの感染者でも喫煙者は抗体のレベルが低いことがわかっている。ヨーロッパの小国、リヒテンシュタインの新型コロナの患者125人を調べた研究(※8)によれば、喫煙者の抗体レベルが低いことが新型コロナによって喫煙者の死亡率が高い理由の一つになっている可能性があるという。

喫煙はワクチンの効果にどう影響するか

 では、喫煙者に対するワクチンの効果についてはどうだろうか。

 喫煙者にワクチンが効きにくいという研究は以前からある。例えば、B型肝炎ワクチンをうった喫煙者で抗体レベルが期待より低かったという調査研究(※9)、高齢の喫煙者でインフルエンザワクチンの効果が低くなるという調査研究(※10)などだ。

 このように喫煙は、自然免疫や獲得免疫に影響を与え、感染症のリスクを高め、またワクチンの効果を低める。では、新型コロナウイルスに対するワクチンの場合はどうだろうか。

 治療薬やワクチン、抗原・抗体検査では、新型コロナウイルスのタンパク質である、S(スパイク、S1)タンパク質(※11)、N(ヌクレオカプシド)タンパク質(※12)などを標的にしている。そのため、新型コロナにかかったことがあって新型コロナに対する抗体ができている場合、このS(S1)タンパク質やNタンパク質を抗原とするIgG抗体、IgM抗体、IgA抗体が免疫反応として検出される。

 日本でも接種されているBNT162b2(ファイザー/ BioNTech)とmRNA-1273(モデルナ)というワクチンは、新型コロナウイルスのSタンパク質に対する免疫応答を引き起こすように設計されている。これらのワクチンをうつことにより、Sタンパク質とヒトの細胞の表面にあるACE2という受容体結合ドメイン(Receptor-Binding Domain、RBD)に対する免疫グロブリン(IgG抗体)ができ、ウイルスの細胞への侵入や増殖を抑えるというわけだ(※13)。

 イタリア、ミラノ大学の研究グループが、NT162b2ワクチンを接種した3475人の医療従事者についてS(S1)タンパク質の抗体価を調べたところ、最も抗体価が高かったのは、35歳未満、太り過ぎ/肥満、非喫煙者だった(※14)。また、喫煙者でS(S1)タンパク質に対する抗体価が低く、同じ研究グループが別のワクチン接種者について調べた研究(※15)では喫煙者でNタンパク質に対する抗体値が低かったという。

 英国の新型コロナ患者に対する治療薬(インフリキシマブ)が、ワクチンの効果にどのような影響を与えるのかを調べた研究(※16)によれば、BNT162b2ワクチン、ChAdOx1 nCoV-19(アストラゼネカ)ワクチンのどちらも喫煙者の抗体濃度が低かったという。

 このように喫煙は免疫グロブリンの量を減らし、自然免疫や獲得免疫に複雑な影響を与え、さらにワクチンの効果にも作用するようだ。これは紙巻きタバコだけでなく、加熱式タバコのような新型タバコにも言える。なぜなら、タバコ製品に含まれる物質は多様であり、それが免疫系にどのように影響するか未知数だからだ(※1)。

 ワクチン接種が進めば、新型コロナのパンデミック収束へ大きく影響する。せっかくのワクチンなのだから効果を十二分に得るため、タバコをやめてみたらどうだろうか。

※1:Feifei Qiu, et al., "Impacts of cigarette smoking on immune responsiveness: Up and down or upside down?" Oncotarget, Vol.8, No.1, 268-284, 2017

※2:Yoav Arnson, et al., "Effects of tobacco smoke on immunity, inflammation and autoimmunity" Journal of Autoimmunity, Vol.34, Issue3, J258-J265, 2010

※3:Maria Rita Giuca, et al., "Levels of salivary immunoglobulins and periodontal evaluation in smoking patients" BMC Immunology, Vol.15, 5, 2014

※4-1:Seonadh M. O'Leary, et al., "Cigarette Smoking impairs Human Pulmonary Immunity to Mycobacterium tuberculosis" American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine, Vol.190, Issue12, 2014

※4-2:Laur E. Gleeson, et al., "Cigarette Smoking Impairs the Bioenergetic Immune Response to Mycobacterium tuberculosis Infection" American Journal of Respiratory Cell and Molecular Biology, Vol.59, Issue5, 2018

※5:Jianmiao Wang, et al., "Cigarette smoke inhibits BAFF expression and mucosal immunoglobulin A responses in the lung during influenza virus infection" Respiratory Research, Vol.16, 37, 2015

※6:Chen Jiang, et al., "Smoking increases the risk of infectious diseases: A narrative review" Tobacco Induced Diseases, Vol.18, 60, 2020

※7-1:Shivani Mathur Gaiha, et al., "Association Between Youth Smoking, Electronic Cigarette Use, and COVID-19" Journal of Adolescent Health, Vol.67, 519-523, 1, July, 2020

※7-2:Sarah E. Jackson, et al., "COVID-19, smoking and inequalities: a study of 53002 adults in the UK" Tobacco Control, doi: 10.1136/tobaccocontrol-2020-055933, 21, August, 2020

※7-3:Eumann Mesas, et al., "Predictors of in-hospital COVID-19 mortality: A comprehensive systematic review and meta-analysis exploring differences by age, sex and health conditions" PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0241742, 3, November, 2020

※7-4:Pavel Hamet, et al., "SARS-CoV-2Receptor ACE2Gene Is Associated with Hypertension and Severity COVID-19: Interaction with Sex, Obesity, and Smoking" American Journal of Hypertension, Vol.34, Issue4, 367-376, 2, January, 2021

※8:Anna Schaffner, et al., "Characterization of a Pan-Immunoglobulin Assay Quantifying Antibodies Directed against the Receptor Binding Domain of the SARS-CoV-2 S1-Subunit of the Spike Protein: A Population-Based Study" Journal of Clinical Medicine, Vol.9(2), 3989, 9, December, 2020

※9:Ann P. Winter, et al., "Influence of smoking on immunological responses to hepatitis B vaccine" Vaccine, Vol.12, Issue9, 771-772, 1994

※10:Pere Godoy, et al., "Smoking may increase the risk of influenza hospitalization and reduce influenza vaccine effectiveness in the elderly" EUROPEAN JORNAL OF PUBLIC HEALTH, Vol.28, Issue1, 150-155, 2018

※11-1:Jian Shang, et al., "Structural basis of receptor recognition by SARS-CoV-2" nature, Vol.581,14, May, 2020

※11-2:Jun Lan, et al., "Structure of the SARS-CoV-2 spike receptor-binding domain bound to the ACE2 receptor" nature, Vol.581, 14, May, 2020

※12-1:Paul S. Masters, "Coronavirus genomic RNA packaging" Virology, Vol.537, 198-207, 2019

※12-2:Jasmine Cubuk, et al., "The SARS-CoV-2 nucleocapsid protein is dynamic, disordered, and phase separates with RNA" nature communications, Vol.12, 1936, 29, March, 2021

※13:Sheila F. Lumley, et al., "Antibody Status and Incidence of SARS-CoV-2 Infection in Health Care Workers" The New England JOURNAL of MEDICINE, Vol.384, 533-540, 11, February, 2021

※14:Andrea Lombardi, et al., "SARS-CoV-2 anti-spike antibody titers after vaccination with BNT162b2 in naive and previously infected individuals" Journal of Infection and Public Health, Vol.14, Issue8, 1120-1122, 17, July, 2021

※15:Andrea Lombardi, et al., "Seroprevalence of anti-SARS-CoV-2 IgG among healthcare workers of a large university hospital in Milan, Lombardy, Italy: a cross-sectional study" BMJ Open, Vol.11, Issue2, 4, February, 2021

※16:Nicholas A. Kennedy, et al., "Infliximab is associated with attenuated immunogenicity to BNT162b2 and ChAdOx1 nCoV-19 SARS-CoV-2 vaccines in patients with IBD" Gut, doi.org/10.1136/gutjnl-2021-324789, 10, April, 2021

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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