銃撃5日後に共和党大会でたっぷり1時間半演説のトランプ氏。筆者が見た表情と活力
「私は今晩ここにいるはずではなかった」「このステージに立っているのは全能の神のご加護のおかげだ」
右耳に白のバンデージ(ガーゼ)をつけたトランプ氏が壇上でそう話すと、会場からは命を落とさずここにいるという意味の「You are here!」コールが湧き上がった。
今筆者がいる所からほんの7、8メートルほど先にトランプ氏が立っている。ステージ両サイドには目を光らせたシークレットサービス(護衛官)の姿も。金属探知機や身体検査など物々しいセキュリティチェックポイントを何箇所も通過し、私はやっとここまで辿り着いた。これほどの厳重なセキュリティ体制になっているのなら、なぜ先週末にあのような事件が起こったのかと不思議に思った。
ここから斜め上に立つトランプ氏の様子を窺う。表情まではっきりわかる距離。顔色はよく、非常に穏やかで元気そうだ。
13日に発生した暗殺未遂事件から2日後の15日、ウィスコンシン州ミルウォーキーでの共和党大会の会場に姿を見せたトランプ氏。最終日の18日には大統領候補として党の指名を正式に受諾し演説を行った。
これは銃撃後初となる公の場での演説だ。トランプ氏は静かでピースフルな表情を浮かべながら話をしている。銃撃された直後に拳を振り上げた(おそらく歴史に残るであろう)写真をステージ上に大きく映し出し、完全復活をアピールした。
演説でインフレ、移民政策、ロシアや中国との外交などについて話す際、時にパネルを見せながら、また時に厳しい表情で「トランプ節」を炸裂させ有権者を煽りながら、現政権が抱える問題点を指摘。「私は(社会に)見捨てられてきた人たち全員を失望させない。一緒に前進しwin win win(みんなで勝利)しよう」「偉大な4年にしよう」と言い、勝利へのサポートと国民の結束を訴えた。トランプ氏のこれまでのスタイルであるバイデン大統領への強い攻撃的な態度や言葉は若干軟化しているようにも見えた。
長い演説が終わると妻のメラニア氏が壇上に現れ、違う方向を向いていたトランプ氏の背中にそっと触れた。不意をつかれたトランプ氏は驚いた表情で右手を上げ、そして笑顔で抱擁を交わす。その時トランプ氏は、メディアで流れてくる映像(それはぶっきらぼうで攻撃的なイメージが主流だ)でこれまであまり見なかった、妻という近しい家族にだけ見せる安堵の表情を一瞬だけ浮かべた。
演説が開始したのは午後9時半を過ぎた頃で、演説終了時に時計を見ると午後11時を過ぎていた。78歳の次期大統領候補は終始立ったままたっぷり1時間半、演説を行ったことになる。記者の中には途中カメラを抱えながら座り込む姿もあったというのに、負傷直後にも拘らず相変わらずすごいバイタリティだ。これまで何度も党大会取材をしてきたというポーランドのメディアから派遣された男性記者は「これがトランプ(彼のやり方)さ」と教えてくれた。
期間中は全米から集まったさまざまな有権者に話を聞くことができた。ジョージア州に住むロバートさん一家はトランプ・サポーター。富山県出身の妻、クミコさんと息子のボブさんも一緒に、4日間党大会に参加した。トランプ氏とマー・ア・ラゴで記念撮影した写真を見せながら、トランプ氏への思いを語った。
「なぜだか日本のメディアは反トランプを助長するものばかり。でも経済、移民問題、国家の安全保障など、今大変なこの国を救えるのはトランプ氏。彼を支持します」とクミコさん。
暗殺未遂事件については「トランプ氏はより内省的になったと思います」とロバートさん。「この出来事は彼の成功を確固たるものにしたことでしょう」とも言った。これまで敵対関係にあったニッキー・ヘイリー氏が党大会で登壇しトランプ氏の支持を表明したことについては「大統領選に出馬した時は好きではなかったが、政治というのは時に奇妙な関係を生み出します。非常に有能でトランプ氏の助けになると思うので彼女のことも支持します」。
会場周辺では、13日の銃撃直後に拳を挙げるトランプ氏の写真がデザインされたTシャツなどがさっそく販売され、売れていた。「国の結束を促す象徴的な写真だと思う」とは、グッズを購入した別の有権者(匿名希望)。また来たる大統領選については「この国は変化が必要。今こそ政権が変わる時」と言った。
シカゴでは、来月19日から22日まで民主党の党大会も予定されている。
(Text and photos by Kasumi Abe)無断転載禁止