福岡・小6女児3人はなぜ溺れたのか 「隠れため池」を緊急検証する
福岡県宮若市の犬鳴川で小学6年女児3人が溺れてから1週間。水難学会では事故翌日に緊急に簡易的事故調査を入れた。そこに見えてきたのは「隠れため池」による「境界のあいまい」現象だ。全国で同様な構造を持つ河川の緊急点検が必要だ。
事故の概要
川と表現されていると、単に普通の川遊びが事故に発展したように思われるが、現場は典型的な「隠れため池」だった。隠れため池とは水難学会が危険を周知するために作った新語である。これは農業用水を得るための重要な水利施設である。農繁期に河川に設置された可動堰を閉じることで川の水を一時的に溜め、溜めた水をポンプでくみ上げて田んぼや畑の水に利用する。
隠れため池での水難事故
われわれの食糧生産には欠かせない施設である一方、この隠れため池の付近では子どもの水難事故が多発している。例えば、先月25日には三重県四日市市の海蔵川で中学1年男子が溺れて死亡している。昨年4月12日には、福岡県行橋市の小波瀬川で、同市に住む6歳女児が水中に沈んでいるのが見つかった。また、2020年6月20日には、三重県津市の志登茂(しとも)川で、同市在住小学3年男子(8)が浮いているのを近所の住民が見つけた。
いずれも事故現場付近には可動堰が設置されていて、隠れため池となっている河川で事故が発生している。このほかにも今回の事故と同様に支流と本流との境界付近を歩いていた中学女子の溺水事故など、なぜ、どうしてそこで事故が発生するのか不思議な水難事故が全国各地で相次いで発生している。
普通の河川ではなくて、隠れため池においてこれだけ多くの、しかもある県に集中して子どもの水難事故が発生しているということは、水難事故を誘発する「何か」が潜んでいるはずである。今回の小学6年女児3人の水難事故の迅速解析を通じて、その「何か」を緊急検証する。
迅速解析結果
図1をご覧いただきたい。事故現場は赤丸で囲まれた犬鳴川と支流の山口川が合流する部分である。事故現場のすぐ下流には河床の浸食が広がらないようにコンクリートブロックを敷き詰めた床固工がある。そして錦橋をまたいで事故現場から250 mほど下流には農業水利用の可動堰が写っている。
現場付近の解析
事故現場には、急に深くなっている河川構造が見られた。河川での深浅測量はまだ行っていないが、現場にて筆者が得た救助に当たった方の証言によると「山口川から犬鳴川に歩いて進むにつれ境界線付近にて、一歩進むと膝上の水深、次の一歩で腰水深、さらに次の一歩で大人の背丈を超えた」という急勾配の深みがあった。そこで一時的に水深が約2 mに達し、さらに女児3人はその先の深さ約3 mの川底に沈んだ状態で発見された。
この証言は河川構造物によっても裏付けられる。事故現場のすぐ下流にはブロックを河床に平らに並べた床固工が見られる。この床固工はその上流の河床の浸食が下流に及ばないように設置される。元々河川の合流部には長く続くV字型の鋭い深みが河床に見られることから、その深みが下流側に進展しないようにここに床固工が設置されたのであろう。
結局、この事故の溺水の原因は河川水難で典型的な「深みにはまった」事故であることがおよそわかった。ここまでは普通の生活圏内にある河川で発生する事故と変わりがない。ところが、現場は隠れため池である。事故発生時には下流の可動堰が閉じられていて、事故現場周辺の水かさは溜まった水のために深くなっていただろう。この水深の影響は事故にどのようにつながるのか、可動堰を閉じることによってどれくらい水深が深くなるか検証した。
可動堰付近の解析
まず、可動堰の写真を図2に示すのでご覧いただきたい。可動堰は跳ね上げ式で、福岡県内を含めて九州ではどこでも見ることができる。図2の状態では堰を閉じていて、堰にて水深1.4 mほどまで水位を上昇させている。現場周辺も水深が1.4 mほど上昇するかと言うとそうではない。河川には自然勾配があるので、ここから約250 m上流にある事故現場の水位上昇は当然1.4 mよりだいぶ小さいはずである。
この可動堰の開閉時の河川の様子を図3に示す。可動堰の開閉にかかわらず、川の水は河床全体に広がっていることがわかる。しかしながら、上の写真の通り閉時には堰の高さ分だけ河川の水位が上昇していることが見て取れる。満水になると堰の上部から水が下流に向かって流れ落ちている。
事故現場付近の解析
次に図4をご覧いただきたい。この写真は事故現場の下流すぐにある錦橋の上から橋の取り付け部の右岸を上流に向かって見ている。上の写真は可動堰が閉じてため池状態になっている。河岸を補強するためのコンクリートブロックの境界を見ると、水面上に境界線が3本あることがわかる。その一方で下の写真は可動堰が開いていて水が溜まっていない状態である。境界線が1本増えて、4本見える。つまり、写真の部分での水位上昇はブロック1個分でおよそ60 cmと推測できる。
しかしながら、図4の上流部にある床固工には上流に向かって高くなる段差があり、目視確認で50 cm程度上流側で河床高さが上がっているように感じる。もしそうであれば、床固工の上流にある事故現場付近の水位上昇は60 cmから50 cmを減じて10 cm程度だった可能性がある。
何が潜んでいたのか
現場付近において10 cm程度の水位上昇であれば、深さ2 mや3 mの現場においては、可動堰が閉じられていたことによって水位が高く(水深が深く)なったことが溺水のきっかけではないことが想像できる。では、何が潜んでいたのか。
10 cmの水位上昇で溺れることになる事故は、洪水時の溺水トラップが参考になる。大雨のために道路冠水が始まると、道路上の口のあいたマンホールや端の側溝に落ちて沈水する事故がたびたび報告されてきた。道路が濁った水で冠水するから、水底の危険が目で見えないのである。そのため、誤って近づくとより深くなっている箇所に垂直の姿勢で落ち込むことがある。これを「境界のあいまい」現象と名付けてみよう。
この境界のあいまい現象を参考にした推測図が図5である。最初に水が透明で、水深が深くても40 cm程度の山口川で遊んでいた子どもたちが何らかの理由で犬鳴川との合流地点に近づいた。この日は可動堰が閉じられていてため池状態であり、10 cm程度犬鳴川の水位が上がって、いつもなら気がつく急な深みが視認できず深みに近づいた。気がつかぬままさらに一歩を踏み出して、トラップにつかまるように沈水したと図では説明している。
さいごに、隠れため池緊急点検の必要性
これまでの解析はあくまでも陸上からの目視による深浅確認を元にしている。水難学会事故調査委員会では、実際に入水をして正確な深浅測量を行うことによって学術的に正確なデータに基づき事故解析を行っている。今後、この事故現場による本格調査を手掛けることができたら、より一歩真実に近づくことができるだろう。
このような隠れため池は全国に広がり、稼働している。特に可動堰により水位変動のある川原が子どもたちの遊び場になっていないか、この夏休みに緊急点検する必要があると、ここで提言したい。