人を大切にし、高いクリエイティビティを発揮するワイデン+ケネディの働き方
重要なプレゼンの前は深夜まで粘ることもあるが、普段は19時には仕事を終え、階下のカフェバーで同僚と一杯飲んでから帰宅することも多い。6月から8月の毎週金曜日はサマーフライデーと銘打ち、9時までに出社すれば16時には会社を出て充実した週末を過ごすことが推奨される。有給休暇は毎年最低5日は取るよう、あらかじめ上司と相談して計画的に休む。毎年の誕生日には休暇が与えられ、7年勤めると6週間、さらに5年勤めると4週間のサバティカル休暇も。子どもが生まれれば、女性はもちろん、男性も育児休業を取る習慣がある――。
これが日本にある広告会社のスタッフたちの働き方だと言ったら、驚く方も多いのではないだろうか。
Wieden+Kennedy Tokyo(ワイデン アンド ケネディ トウキョウと読む)では、こんな先進的な働き方が実践されているらしい――、そう聞いて同社を訪ねた。
ナイキやユニクロの印象的な広告で知られる会社
Wieden+Kennedy (以下W+K)は、1982年に米オレゴン州ポートランドで、ダン・ワイデン氏とデビッド・ケネディ氏が創業した広告会社だ。
この会社を知らなくても、ナイキの"Just do it."というコピーに見覚えのある人は多いだろう。同じくポートランドに本社を構えるナイキはW+Kの最初のクライアントで、ワイデン氏が"Just do it."というコピーの作者だ。その後ナイキがスニーカーの「エアジョーダン」シリーズなどで世界的に人気を博すようになってからも、W+Kはずっとパートナーであり続けている。
現在は世界8ヶ所にオフィスがある。東京に進出したばかりの1999年には、ユニクロが初めて打ったフリースの一大キャンペーンの広告を手がけて注目を浴びた(当時クリエイティブを担当したジョン・ジェイ氏は、2014年にユニクロを運営するファーストリテイリングに移籍。同社の全世界でのクリエイティブを統括する立場になっている)。
多様性に富んだ職場
色々なものがミックスされた雰囲気は、働く人たちの多様性に負うところも大きい。現在の東京オフィスのトップは日本人とイギリス人のエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター、アメリカ人のマネージング・ディレクターの3人。その下で働く人たちも、英語か日本語がしゃべれれば国籍は問わない。アイデンティティやキャリアの多様性という意味ではLGBTも自然に受け入れられているし、採用する人材は広告業界出身でない人も多いそう。副業も認められていて、個人でデザインなどを請け負う人もいれば、DJやライターなど本業とは異なる才能を発揮する人もいる。
良いものを作ることに真剣だが、長時間労働ではない
W+Kは自らの役割を「良い企業とその顧客との間に“強く刺激的な関係(STRONG PROVOCATIVE RELATIONSHIPS)”をつくること」だと定義している。そのためには、伝える相手の感情に訴え、記憶に残るような表現を生み出すことが必要で、これまでの広告で成功したやり方をなぞっていてはできない。だからメンバーには、広告業界での成功体験をひきずっているような人は望まれない。全く違う視点を持ち込んでくるような人を求めているのだ。
W+Kという会社の文化をよく伝えるものとして、次のようなスローガンがある。
WE ARE INDEPENDENT.
世界最大規模の、独立系のクリエイティブ・エージェンシーである。独立系というのは、他社の資本が入っていない、つまり自由であるということで、次の“THE WORK COMES FIRST.”を実現するために非常な重要なことだ。
THE WORK COMES FIRST.
最高のものを作ることを、何よりも重視する。政治的な理由や他の事情のために妥協するようなことをしない。そのために、クリエイティブの価値を十分に理解しているクライアントと良い関係を築くことにも注力している。
FAIL HARDER.
大胆に失敗することを奨励している。失敗を恐れていては真にクリエイティブなことはできないからだ。
これらの言葉からは、同社がクリエイティブを真剣に追求する姿勢が感じられるだろう。これと、ワークライフバランスを重視した働き方とは、どのように結びついているのだろうか?
W+Kは、社員が「その人のキャリアの中で一番良い仕事ができる機会を作る」ということをモットーにしている。同社のビジネスの源泉が「人」だからだ。
「クリエイティブ・エージェンシー」と呼ばれる彼らのビジネスは、広告やキャンペーンの企画や、それを具体的に表現するものを制作し、その対価をクライアント企業からもらうというシンプルなものだ。
電通や博報堂のようにマスコミやインターネットの広告枠を販売するというビジネスはやらないので、マスコミとの太いパイプや洗練されたITの仕組みといったものではなく、クリエイター達がどれだけ良いアウトプットをできるかが勝負になる。システムやプロセスの改善による効率化とは馴染みにくい領域ゆえに、日本では「時間をかければかけるほどクオリティが上がる」という考え方が根強い。
だが、W+Kでは時間に対する考え方が異なるようだ。
同社では、案件ごとに誰が何時間その仕事に費やすかを見積もり、それを根拠に顧客に請求する費用を算出する。その際、社員の残業を当てにした計算はしない。社員ひとりの年間労働時間はあらかじめ決められており、それを各プロジェクトに割り振っていくのだ。そして、実際に誰がどのプロジェクトに何時間費やしたかも管理している。プロジェクトの状況に応じて一時的に残業することはあっても、後で代休を取ったり、忙しくない時は早く帰ったりして、調整できる。元々超過勤務を当てにしない計画、予算を立てているため、長時間労働になりにくいのだ。
会社にとって一番大切なのは“人”
今の働き方改革の流れの中にあっても、「クリエイティブな仕事に労働時間規制はなじまない」という声は多く聞こえてくるし、「ゆとりのある働き方で本当に良いものを作れるのか」、「甘いんじゃないか」という気持ちを抱く人もいるだろう。
だが、W+Kの作品が高い評価を受けていることを見れば、クリエイティブにとってゆとりや多様性はむしろ不可欠だと感じる。
ここで言う“ゆとり”というのは、労働時間のことに限らず、仕事をしていく上でのストレスが少ない状態をイメージしている。そのために、先に紹介したオフィスの居心地の良さも大切な要素だし、働き方の多様性が受け入れられているということもそのひとつだ。
同社には、震災を機に福岡で子育てをしたいと移住し、リモートワークで仕事を続けているクリエイティブや、午前中のみ、15時までといった短時間勤務、週4日勤務……、など様々な働き方をする人たちがいる。毎日オフィスに来て働けない事情があったとしても、一緒に働く仲間を大事にしようという思いが感じられる。
ちょうど10年前の2007年に発刊された『月刊 広告批評 318号』では、同年25周年を迎えたW+Kの特集が組まれた。創業者で当時はグローバルのCEOであったワイデン氏、そのパートナーとしてマネジメントに携わっていたジョン・ジェイ氏、グローバルCOOだったデイヴ・ルアー氏、そしてすでに引退した創業者のケネディ氏、それぞれのインタビューが掲載されているのだが、みんな一様に、W+Kにとって一番大切なのは“人”であると述べている。その姿勢がよく分かる、ワイデン氏の発言を2つ紹介しよう。
彼らの思いは、このインタビューから10年後の東京のオフィスでも、見事に受け継がれている。次回は、現在W+K Tokyoのマネジメントディレクターを勤めるジョン・ロウ氏へのインタビューから、同社のカルチャーや広告ビジネスに対する考え方を伝える。