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新型コロナ感染拡大で妊婦のうつが増加 感染の不安に加え経済的不安が関与か

中塚幹也岡山大学教授 産婦人科医 日本GI(性別不合)学会理事長
おかやま妊娠・出産サポートセンター「妊娠・安心相談室」(筆者撮影)

 妊婦は,体調不良,出産や子育ての不安を持ちながらも胎児への愛着を形成していく.しかし,新型コロナウイルス感染拡大により加わった不安は想定外に大きい.厚生労働省は「都道府県及び一部の指定都市・中核市において,新型コロナウイルス感染症に対して不安を抱える妊婦の方々への相談窓口の設置を求める」とし,相談窓口名を公開している(注1). 

 おかやま妊娠・出産サポートセンターにも,「母親学級や立ち会い分娩が取りやめになった」「里帰りができない」など,多くの相談が寄せられている.

4割の妊婦が新型コロナで「精神的に不安定になった」

 新型コロナウイルス感染拡大下の2020年6~8月,当研究室では,岡山県と広島県の産科施設において妊婦健診を受けている妊婦433名(有効回答400名)にアンケート調査を実施した.日本中の多くの県のように感染多発地区ではなかった岡山や広島においても,県境をまたぐ移動,東京や大阪,福岡などへの里帰りに対しては自粛が続いていたため,里帰り分娩を希望していた妊婦の約12%が「取りやめざるを得なかった」と回答していた.

 「新型コロナウイルス感染拡大により精神的に不安定になったと感じるか」と聞いたところ,約4割の妊婦が「感じる」と回答していた(図1).これは,初めての妊娠である初産婦か出産経験のある経産婦か,また,35歳以上か34歳以下かを問わずほぼ同様であった.

図1.「新型コロナウイルス感染拡大により精神的に不安定になったと感じるか」との質問に,約4割の妊婦が「感じる」と回答した.
図1.「新型コロナウイルス感染拡大により精神的に不安定になったと感じるか」との質問に,約4割の妊婦が「感じる」と回答した.

新型コロナ感染拡大に伴う妊婦の不安は?

 6~7割の妊婦が「自身が感染していないか」「自身が感染して胎児に影響しないか」が不安と回答しており,新型コロナウイルス感染への不安が高率であった.

 また,36%の妊婦が「母親学級,両親学級が中止になったこと」が不安としていた.実際,妊婦の約6割が「新型コロナウイルス感染拡大により,妊娠,出産,子育てについての情報を得にくくなったと思う」と回答していた.特に,35歳以上の初産婦では「情報を得にくくなった」との回答が約8割に上っており,仕事で多忙,親が高齢,周囲に同年齢の妊婦がいないなど,特有の課題を抱えている可能性があり,産科でも工夫をして情報を届ける必要がある.

 妊婦は,通常の状況下での妊娠,出産,子育てについての情報のみではなく,「新型コロナウイルスが及ぼす妊娠,出産,子育てへの影響」についての情報も求めていると考えられる.実際,相談したいと思う相手としては,医師(64%)と助産師(55%)が高率であった.しかし現実としては,「相談できた」との回答は,それぞれ13%,8%にとどまっていた.妊婦が求める新型コロナウイルスに関する医学的な情報が届いていないことも不安につながっている可能性が高い.

収入減少による不安と妊婦のうつの増加

 4割の妊婦が「新型コロナウイルス感染拡大により世帯年収が減少すると思う」と回答した.「新型コロナウイルス感染拡大前から経済的不安を抱えていた」とした妊婦は38%であったが,「現在,経済的不安を持っている」とした妊婦は51%に増加していた.

 うつ・不安症のスクリーニングに用いるK6スコアにより評価すると,「軽度以上のうつ・不安症」と判断される妊婦は42%と高率であり,過去の妊婦への調査と比較しても増加している可能性が高い.経済的不安がない妊婦の群では「軽度以上のうつ・不安症」の割合が26%であったが,感染拡大により経済的不安を持った妊婦の群では54%と高率であった.

求められる妊婦への支援は?

 妊娠中のうつは,産後うつ,産後の自殺,子どもへのネグレクト等の虐待につながるリスクとなる.妊婦の情報不足による不安を解消することは重要であり,妊婦のうつへの対策になると考える.母親学級や両親学級のオンライン化,あるいは,感染対策を行ったうえでの実施が必要である.妊婦は「新型コロナウイルスの妊娠,出産,子育てへの影響」についての医学的な知識を求めている.不明な点は多いが世界の知見を集約し,現場の医師や助産師が提供できる資料の作成が急がれる(注2).

 新型コロナウイルス感染症拡大に伴い,妊婦への特別給付金の支給を開始した自治体も見られる.このような経済支援は「妊婦のうつ」対策としても理にかなっている.さらには,出産やその後の子育てへの不安に対して,里帰り分娩や子育て広場の利用を可能にするためのPCR検査の普及や助成が求められる.

【参考】

(注1) 厚生労働省:都道府県等における妊婦の方々への新型コロナウイルスに関する相談窓口.https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11296.html

(注2)千葉大学医学部発のベンチャー企業「Smart119」の身近な疑問にマンガで答える 「Smart119」のシリーズ最新作.救急・集中治療医が教える正しい「コロナ禍の妊娠」知っておきたい9のこと. 2020年10月8日公開.https://smart119.biz/news/000165.html

岡山大学教授 産婦人科医 日本GI(性別不合)学会理事長

産婦人科医(岡山大学病院不妊・不育外来,ジェンダークリニックで診療).岡山大学大学院保健学研究科・生殖補助医療技術教育研究(ART)センター教授(助産師,胚培養士(エンブリオロジスト)等の養成・リカレント教育).日本GI(性別不合)学会理事長(LGBTQ+,特に「性同一性障害・トランスジェンダー」の医学的・社会的課題の解決に向けて活動).岡山県不妊専門相談センター,おかやま妊娠・出産サポートセンターセンター長.妊娠中からの切れ目ない虐待防止「岡山モデル」の創始,LGBTQ+支援,思春期~妊娠・出産~子育てまでリプロダクションに関する研究・教育・実践活動中.インスタ #中塚教授のひとりごと

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