Yahoo!ニュース

トランス女性が自身の凍結精子で生まれた子どもの親になるための裁判.最高裁は親子と認める.

中塚幹也岡山大学教授 産婦人科医 日本GI(性別不合)学会理事長
性の多様性を認めることは家族の多様性を認めること(写真は素材辞典).

トランス女性が自身の凍結精子で生まれた子どもの親になるための裁判

 身体の性(出生時に割り当てられた性)が男性,性の自己認識(性自認)が女性であるトランス女性の中には,性同一性障害(性別不合)の専門医療施設であるジェンダークリニックを受診し,女性ホルモンによる治療や精巣摘出術を受ける例がある.女性ホルモンの投与により精子の数は減少し,手術をすれば精子はなくなる.このため,自身の遺伝的な子どもを持ちたいと考えた場合,女性ホルモン療法の前に精子を凍結保存することになる.

 トランス女性の場合,性自認が女性であっても性的指向が男性とは限らず,シスジェンダー女性(身体の性も性自認も女性)とカップルになる例もある.トランス女性の凍結精子を用いた生殖医療でパートナーの女性が妊娠・分娩すれば,代理母は必要なく,カップル内で子どもを持つことができる.

 女性ホルモンを使用し,精巣摘出手術(性別適合手術)を受け,戸籍の性別を男性から女性に変更したトランス女性で,実際にこのような方法で2人の子どもを持った例があったが,その子どもの親と認められず裁判となっていた.

 日本の民法では,「産んだ女性が母親」であるが,ではそのパートナーであるトランス女性は親になれるのであろうか.日本では同性婚は認められておらず,このカップルは婚姻関係にはない.

 2021年,東京家裁は,トランス女性と2人の子どもとの親子関係を認めなかった.そして,2022年,東京高裁は,トランス女性が性別を男性から女性に変更する前に生まれた長女に関しては父子関係を認めたが,変更後に生まれた次女に関しては親子関係を認めなかった.このため,トランスジェンダー当事者の多様な家族形成について,踏み込んだ判決が期待されていた中で,2024年6月21日,最高裁は,次女に関しても親子関係を認める判断をした.

日本における実態と産婦人科医の意識

 この判決に先立つ2024年2~5月,私達は全国の産婦人科登録施設1050施設の代表者への調査を行った.有効回答の得られた375施設の代表者の「トランス女性が自身の凍結精子を用いて女性パートナーに子どもを産んでもらうこと」への意識を見てみると,「倫理的・社会的に問題ない」との回答が60.2%,「自身の施設が実施する可能性がある」との回答も7.2%であった.また,その実態については,「希望される方が来院されたことがある」が10施設,「実施したことがある」が2施設,「他院に紹介したことがある」が3施設という結果であった.

 この結果を見ると,産婦人科の現場では,全く稀有な例というわけではなく,施設代表者の多くは日本社会としても対応する必要があると考えているようである.すでに,米国生殖医学会(ASRM)や欧州生殖医学会(ESHRE)は,人種や国籍はもちろん,性的指向,性自認,婚姻の状態(独身かどうか)によっても生殖医療の提供を制限すべきではないとしている.日本においても生殖医療の関連学会は,「多様な性のありかた」に伴う「多様な家族形成」に対応し,生殖医療の果たす役割について再考する時期に来ていると考えられる.

性同一性障害特例法の「子なし要件」

 現在,戸籍上の性別変更のための法律(性同一性障害特例法)の要件としては,(1)18歳以上であること.(2)婚姻をしていないこと.(3)未成年の子がいないこと.(4)生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること.(5)他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていることとなっている.このうち,2023年10月の最高裁判決では,(4)については憲法違反と判断,(5)についてもさらに議論をとのことで高裁に差し戻している.

 (3)の未成年の子がいないこと(3号要件「子なし要件」)は,「子どもを持つ性同一性障害当事者の性別変更を認めると,家族秩序に混乱を生じさせる」として,子の福祉,および家族に関する法体系の維持の観点から設けられたとされる.しかし,両親のうちの一方が性同一性障害である家庭に育った子どもの調査からも子どもの性自認の発達は影響されないことが報告されている.また,戸籍の性別変更のための要件として「子どものいないこと」を法律に明記している国は,日本以外にはないとされる.

 今回の最高裁判決は,戸籍上も女性であるトランス女性がシスジェンダー女性のパートナーと未成年の子どもを育てることを前提に,それを認めた判断である.実際,ジェンダークリニックを受診するトランス男性(出生時に割り当てられた性は女性,性自認は男性)の中には,未成年の子どもを持つ女性と結婚し子どもを持つ例,また,性別変更をしてシスジェンダー女性と結婚し,提供精子による人工授精(AID)により得た子どもを持つ例も多い.トランス女性が戸籍の性別を男性から女性に変更後,男性と結婚し,特別養子縁組で子どもを持った例もある.このように,性同一性障害特例法の子なし要件は,すでに「有名無実化」しているとも言える.

 今回の最高裁判決の中でも補足意見として,この3号要件に関して,トランスジェンダー当事者が戸籍の性別変更後に未成年の子どもを育てている現実にも触れている.日本GI(性別不合)学会も,すでに2021年の理事長声明の中で,3号要件があることで「性別変更のために,子どもがいなくなることを願う親」や「親が性別変更できないのは自分のせいだと悩む子ども」を作ってしまうことになり,家族関係に悪影響,子の福祉にも反する可能性を指摘して削除を求めている.

「性の多様性」と「家族の多様性」

 LGBTQ当事者には,「提供精子や卵子による生殖医療」や「里親」「特別養子縁組(婚姻が必要)」で子どもを持つ選択肢もある.トランスジェンダーやLGBTフレンドリーな異性愛の人々も加わり,「選択的協働親(elective co-parenting)」としてグループで妊娠や子育てに関わる例もみられる.もちろん,いずれも未成年の子どもを育てている.

 LGBTQ当事者の持つ家庭(レインボーファミリー)で育つ子どもは,そうではない家庭の子どもと比較して,性的指向や性自認,発達や健康状態,学業成績などが異なるのではないかと心配する向きもあるが,多くの報告がそれを否定している.世界最年少で首相に就任し,新型コロナウイルス感染拡大やロシアによるウクライナ侵攻への対応でも注目されたサンナ・マリン第46代フィンランド首相など,レインボーファミリーで育った人々の活躍例は少なくない.

 しかし,偏見や差別が強く,法律や制度の不備がある国においても,これが当てはまるかどうかは不明である.日本社会はそうではないことを願うし,もし,そうだとすれば,子どもたちのために変わらなくてはならないであろう.

岡山大学教授 産婦人科医 日本GI(性別不合)学会理事長

産婦人科医(岡山大学病院不妊・不育外来,ジェンダークリニックで診療).岡山大学大学院保健学研究科・生殖補助医療技術教育研究(ART)センター教授(助産師,胚培養士(エンブリオロジスト)等の養成・リカレント教育).日本GI(性別不合)学会理事長(LGBTQ+,特に「性同一性障害・トランスジェンダー」の医学的・社会的課題の解決に向けて活動).岡山県不妊専門相談センター,おかやま妊娠・出産サポートセンターセンター長.妊娠中からの切れ目ない虐待防止「岡山モデル」の創始,LGBTQ+支援,思春期~妊娠・出産~子育てまでリプロダクションに関する研究・教育・実践活動中.インスタ #中塚教授のひとりごと

中塚幹也の最近の記事