「不妊治療とお金の問題」は解決した? 不妊治療・体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大後の変化
不妊治療への保険適用拡大
2022年4月から,人工授精などの一般的な不妊治療,体外受精や顕微授精などの生殖補助医療への公的医療保険の適用が拡大された.厚生労働省は2022年度に保険適用で実施された不妊治療への医療費は約895億円,患者数は約37万3千人で,そのうち体外受精や顕微授精などが全体の7割であったとしている.
コロナ禍の影響で一時的に増加傾向が鈍っていた体外受精の実施件数であるが,2021年には増加傾向が元に戻った.2024年9月に日本産科婦人科学会が発表した2022年に国内で実施された体外受精の件数は,年々生殖可能な年齢の女性が減少する状況下でも過去最多の54万3630件であった.2022年に体外受精で生まれた子どもも過去最多の7万7206人で,日本での総出生数が減少する中で,約10人に1人の子どもが体外受精で生まれた計算となる.この増加傾向の促進には生殖医療への保険適用拡大が影響していると考えられる.
保険適用拡大で経済的負担は減ったか?
不妊治療への保険適用拡大に伴い,自費(10割負担)で実施されていた体外受精や顕微授精は3割負担となった.その一方で,自治体からの公的な助成金は支給されなくなった(助成制度を復活させた自治体もあるが一部にとどまっている).このため経済的な負担が減った人も増えた人もいると考えられる.
不妊・不育で悩む人々をサポートするセルフサポートグループ「NPO 法人 Fine (ファイン」が,保険適用拡大後の2022年7~10月に実施したアンケート(1,988人が回答)では,保険適用前と比べると,支払っている医療費が「減った」と感じている人が43%,「増えた」と感じている人が31%であったとされる.今回,保険適用拡大から1年以上が経過した2023年8~9月に私達が実施した調査結果がまとまったので見てみる.
「不妊治療とお金の問題」は解決した?
不妊治療を行っている5つの施設で実施したアンケート調査(不妊・不育女性470人分の解析)では,「世帯収入は不妊治療を行うのに十分だと思うか」に対して「思う」「やや思う」は約3割にとどまっており,保険適用後も多くの不妊症カップルが経済的負担を感じながら治療を受けていることが明らかになった(図1).
世帯年収と不妊治療への経済的負担感
2023年の日本の1世帯当たりの平均所得金額は約517万円とされているが,今回の調査では,世帯年収が400万円以下を「低所得層」,401~800万円を中所得層,1000万円以上を高所得層として解析した(図2).世帯収入は不妊治療を行うのに十分だと「思わない」「やや思わない」との回答は,低所得層では約95%と高率であり,また,高所得層でも約35%に見られていた.
保険適用拡大により経済的負担感は変化したか
保険適用拡大前から治療していた256人のみで見ると,「保険適用拡大により不妊検査・治療費用は変化したか」に対して,「とても減った」18.8%,「少し減った」44.9%,「変化なし」23.8%,「少し増えた」5.1%,「とても増えた」2.3%であった.「とても減った」と「少し減った」とを合わせると63.7%,「少し増えた」と「とても増えた」を合わせると7.4%であり,Fineの調査より良いようにも見える.では,このような経済的負担感の変化は世帯年収によって異なるのであろうか.
世帯年収別に見た「保険適用拡大による経済的負担感の変化」
低所得層を見てみると,保険適用拡大により不妊検査・治療費用が「とても減った」「少し減った」は47.7%にとどまり,「少し増えた」「とても増えた」は11.3%であった(図3).保険適用拡大による経済的負担感の軽減は,どちらかと言えば,中所得層以上の方への効果が大きいように見える.
不妊治療の中でも治療費の負担が大きい体外受精や顕微授精などの生殖補助医療に関しては,保険適用になったことで3割負担となったものの.助成金のなくなった自治体では,低所得層にとってはかえって負担増となった例もあると思われる.今回の調査でも,不妊治療の内容を費用負担の少ない人工授精等までにとどめている例も見られた.また,治療をあきらめて受診しなくなった例が,今回の調査の対象に含まれなくなった可能性もある.
年齢と保険適用の壁
体外受精への保険適用が拡大されたが,回数制限や年齢制限が存在している.保険適用になるのは,女性が40歳未満の場合は最大6回まで,40~42歳では最大3回であり,43歳以上から開始した場合は保険適用とならない.今回の私達の調査でも,「不妊治療の保険適用に関して改善してほしいこと」として,体外受精の回数制限や年齢制限の緩和が挙がっており,特に40代女性では高率に希望していた(図4).
また,体外受精が保険適用となったことで,自費で行われる治療・手技と一緒に行うこと(混合診療)が困難になった.混合診療となる場合は,保険適用が可能な治療も自費となり費用が跳ね上がるためである.今回の調査でも,体外受精で妊娠しても流産を繰り返していたカップルに対して,以前は実施されていた着床前遺伝学的検査(PGT-A)(流産となる染色体異常を持つ受精卵を選別する方法)が混合診療となるため,実施を躊躇する例が見られており,実施した例でも医療費が高額となっていた.
不妊治療への保険適用拡大は,2年半が経過した現在,経済的負担の軽減には効果を発揮していると考えられる.しかし今後は,反対に負担が増大する例,それにより治療をあきらめている例にも目を向ける必要がある.
不妊治療への保険適用拡大は経済面にとどまらず,子どもを持たない人々の心理面にも影響している.今回の調査から明らかになった心理面への影響は次回の記事で解説する.
【参考】
公益社団法人 日本産科婦人科学会:2022年ARTデータブック(2024年8月30日)
https://www.jsog.or.jp/medical/641/
中塚研究室:まんがで読む-『未来への選択肢』拡大版
https://www.okayama-u.ac.jp/user/mikiya/pamphlet.html
NPO法人Fine(ファイン) ~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会~:「保険適用後の不妊治療に関するアンケート2022」結果