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子づくりのプレッシャーを感じたのは誰? 体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大後の変化(2)

中塚幹也岡山大学教授 産婦人科医 日本GI(性別不合)学会理事長
体外受精で得られた受精卵(胚)を子宮内に移植 まんがで読む-『未来への選択肢』

不妊治療への保険適用拡大後のアンケート調査を見てみると

 2022年4月,不妊治療への保険適用拡大がなされ,自費(10割負担)で実施され,高額とされる体外受精や顕微授精などの生殖補助医療は3割負担となった.2023年8~9月,不妊治療を行っている5つの施設で,私達が実施したアンケート調査(不妊・不育女性470人分の解析)を見てみると,不妊治療への保険適用拡大は,世帯年収により温度差は見られたものの,経済的負担の軽減には一定の効果を発揮していると考えられた.

「不妊治療とお金の問題」は解決した? 体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大後の変化(1)(2024年11月8日)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b262cfc01fb5bf739c051960d0c5c3e397edc92c

 しかし,不妊治療への保険適用拡大は経済面にとどまらず,子どもを持たない人々の心理面にも影響している.今回は,この調査により明らかになった不妊治療を始めた女性の心理を見てみる.

不妊女性の「子どもを持ちたい」と感じる気持ち

 不妊治療のために医療施設を受診している女性への調査なので当然ではあるが,「子どもを持ちたい」と感じる気持ちが「強い」との回答は約3人に2人であり,「やや強い」の約3割を加えると,ほとんどが「子どもを持ちたい」と感じていた(図1).

 それでは,保険適用拡大前から治療している女性と保険適用拡大後に治療を始めた女性とでは「子どもを持ちたい」と感じる気持ちの強さに違いはあるのであろうか?

図1. 現在の「子どもを持ちたい」と感じる気持ちは?(筆者作成)
図1. 現在の「子どもを持ちたい」と感じる気持ちは?(筆者作成)

保険適用拡大により「子どもを持ちたい」と感じる気持ちは強くなった?

 今回の調査では,保険適用拡大前から治療を実施していた女性と保険適用拡大後に治療を開始した女性,いずれも全体で見ると,「子どもを持ちたい」と感じる気持ちの強さはあまり変わらないという結果であった.でも,もう少し詳しく見てみることとする.

 保険適用拡大前から治療を実施していた女性256人のみに限ってみると,20代の女性も,30代,40代の女性も,「子どもを持ちたい」と感じる気持ちが「強い」との回答は約65%であり,どの年代もほぼ同等であった(図2).

図2. 現在の「子どもを持ちたい」と感じる気持ちは?(保険適用拡大前から治療群)(筆者作成)
図2. 現在の「子どもを持ちたい」と感じる気持ちは?(保険適用拡大前から治療群)(筆者作成)

 一方,保険適用拡大後に治療を開始した女性214人のみに限ると,「子どもを持ちたい」と感じる気持ちが「強い」との回答は,20代の女性では8割を超え高率であった.反対に40代の女性では「強い」との回答は約半数にとどまっていた(図3).この結果は何を意味しているのであろうか?

図3. 現在の「子どもを持ちたい」と感じる気持ちは?(保険適用拡大後から治療群)(筆者作成)
図3. 現在の「子どもを持ちたい」と感じる気持ちは?(保険適用拡大後から治療群)(筆者作成)

不妊治療を始める女性の年齢と「子どもを持ちたい」気持ち

 2023年頃から,「体外受精が保険適用になる」というニュースを多くの人々が目にすることとなった.「不妊症」についての知識を持つ契機となったり,「体外受精への経済的なハードルが下がるのでは?」と期待したりした女性も多かったと思われる.このような女性が不妊治療への保険適用が拡大されるとともに受診した.単純に比較はできないが,保険適用拡大前後で不妊治療を始める女性の背景,心理状態が異なっている可能性がある.

 少なくとも,保険適用拡大後に治療を希望して受診した女性に関しては,「子どもを持ちたい」と感じる気持ちに20代と40代とで統計学的にも有意な差が見られている.20代の女性のうちでも,「子どもを持ちたい」と感じる気持ちが「強い」層において「不妊治療への保険適用拡大」が心に響き,受診者が増えたとも推測できる.

保険適用拡大とプレッシャー

 年々生殖可能な年齢の女性が減少する状況下,2022年に国内で実施された体外受精の件数は過去最多であった.経済的なハードルが下がったことで世帯年収の少ない若いカップルも,受診しやすく,そして生殖補助医療を受けやすくなったと説明されることも多い.

 しかし,今回の調査では,「保険適用拡大後,周囲の人から不妊治療を受けるようにプレッシャーを感じるか」と質問してみた.周囲の人から「強い」「やや強い」プレッシャーを感じているとの回答は約15%,「弱い」プレッシャーも加えると,保険適用拡大に伴い,約4人に1人がプレッシャーを感じていたことになる(図4).

図4. 保険適用拡大後,周囲の人から不妊治療を受けるようにプレッシャーを感じるか(筆者作成)
図4. 保険適用拡大後,周囲の人から不妊治療を受けるようにプレッシャーを感じるか(筆者作成)

周囲からのプレッシャーを受けたのは誰?

 体外受精や顕微授精などの生殖補助医療による妊娠率は,年齢とともに下降する.年齢が高い女性の方が,子どもを産むように周囲からのプレッシャーを感じたのであろうか.予測に反して,今回の調査では,保険適用拡大に伴い,20代の女性の方が40代の女性よりも高率に周囲からのプレッシャーを感じているとの結果であった(図5).

 前述のように,保険適用拡大後に受診している20代の女性は,「子どもを持ちたい」と感じる気持ちは「強い」例が多かった.その背景には,保険適用拡大により増した周囲からのプレッシャーが存在している例も多いと考えられる.

図5. 保険適用拡大後,周囲の人から不妊治療を受けるようにプレッシャーを感じるか(筆者作成)
図5. 保険適用拡大後,周囲の人から不妊治療を受けるようにプレッシャーを感じるか(筆者作成)

 今回の調査では,「国が,不妊治療への保険適用を拡大した」ことから,日本社会からの「不妊治療を受けて子どもを産むように」とのプレッシャーが「強い」「やや強い」と感じるとの回答も11.3%に見られていた.このようなプレッシャーを感じながら,不妊治療をしている女性の心理状態については,次回の記事で解説する.

【参考】

「不妊治療とお金の問題」は解決した? 体外受精などの生殖補助医療への保険適用拡大後の変化(1)(2024年11月8日)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b262cfc01fb5bf739c051960d0c5c3e397edc92c

公益社団法人 日本産科婦人科学会:2022年ARTデータブック(2024年8月30日)

https://www.jsog.or.jp/medical/641/

中塚研究室:まんがで読む-『未来への選択肢』拡大版

https://www.okayama-u.ac.jp/user/mikiya/pamphlet.html

中塚研究室:ライフプランを考えるあなたへ―性と妊孕性の視点から見つめる―「未来への選択肢」プレコンセプションケア・チェックシート

https://miraihenosentakushi.jp/

岡山大学教授 産婦人科医 日本GI(性別不合)学会理事長

産婦人科医(岡山大学病院不妊・不育外来,ジェンダークリニックで診療).岡山大学大学院保健学研究科・生殖補助医療技術教育研究(ART)センター教授(助産師,胚培養士(エンブリオロジスト)等の養成・リカレント教育).日本GI(性別不合)学会理事長(LGBTQ+,特に「性同一性障害・トランスジェンダー」の医学的・社会的課題の解決に向けて活動).岡山県不妊専門相談センター,おかやま妊娠・出産サポートセンターセンター長.妊娠中からの切れ目ない虐待防止「岡山モデル」の創始,LGBTQ+支援,思春期~妊娠・出産~子育てまでリプロダクションに関する研究・教育・実践活動中.インスタ #中塚教授のひとりごと

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