3億回表示の港区女子「高級鮨店で大将に殴られかけた」事案 投稿削除で幕引きも、考察するべき7つの点
高級鮨店でトラブル
コースだけで4万円、客単価が5万円を超える広尾の「南麻布 鮨よし田」に訪れた、ある女性客によるXへの投稿が著しい反響を呼びました。
Xの投稿によると、女性客の前に、大将が他の客から差し入れられた白ワインを置いたことに端を発しています。女性客が「二日酔いで気分が悪いので、目の前に置かないでくれ」と伝えたところ「お客様からもらったものだ」と大将が言い返したことで、言い争いが勃発。
女性客が「こんなお鮨屋さん初めて」と会計して帰ろうとしたところ、大将が怒り心頭に発し、弟子に羽交い締めにされます。この様子を女性客に同伴した男性客が撮影。退店後に女性客が写真と「大将に殴られかけた」と騒動の様子をXに投稿したところ、約3億ものインプレッション(表示回数)があり、多くの物議を醸したのです。
女性客の一方的な発言に対して、SNSや記事、動画などで、同席していたと思われる他の客が「大将を挑発していた」と証言したり、大将が「何度注意しても動画撮影を止めようとしなかった」「他の客に迷惑をかけていたので怒った」「弁護士に相談して法的措置を検討中」とコメントを寄せたりしています。
後になって、女性客がYouTubeの動画配信で、同伴していた男性客が250枚の写真を撮影していたと述べていました。
ちなみに、現在は関連するポストが全て削除されています。
多くの人が関心
この事案に関連して、私は東洋経済オンラインで高級鮨店に関する記事を書きました。Yahoo!ニュースに転載されて、トピックスになるなど、多くの関心がもたれたようです。
・港区女子の投稿で波紋「高級すし店」どんな場所か 身だしなみや注文の仕方など気を付けたい点/東洋経済オンライン
・港区女子の投稿で波紋「高級すし店」どんな場所か 身だしなみや注文の仕方など気を付けたい点(東洋経済オンライン)/Yahoo!ニュース
今事案では様々な情報があり、何が真実であるのか、何が正しいのかは、立場によっても異なるので判断が難しいところです。
少し時間が経過して落ち着いたところで、以下7つのポイントについて考察していきます。
他店との混同
「南麻布 鮨よし田」は、食べログで3.7点前後の高得点を獲得している広尾の鮨店です。席数は9席と少ないですが、高級鮨店としては標準的なキャパシティ。大将の吉田安孝氏は富山県出身であり、鮨だけではなく日本料理でも研鑽を積み、ワインや英語にも精通しています。まさに世界でも通用する、現代風の鮨職人です。
営業は夜の2部制のみで、予約はOMAKASEやTableCheckで開放されています。2024年の2月は数日しか空いていませんが、3月はほとんどの日に空きがあるので、人気店ながらも、いわゆる予約困難店ではありません。キャンセルポリシーを紹介すると、予約時以降は20%、10日前からは50%、3日前からは100%となっています。キャンセル料金が発生するのは一週間以内からがほとんどなので、“超予約困難店”以上に厳しいです。
同じくラグジュアリーな鮨店として、渋谷区幡ヶ谷にある「鮨 東京 よし田」と混同されるケースが多く見受けられますが、両者は資本も系統も全く異なります。「YOSHIDA」は、世界の名門ウォッチやハイジュエリーブランドが一堂に結集した国内唯一の正規販売店。このオーナーである吉田勉氏が手掛けたのが「鮨 東京 よし田」です。
多くの名店から絶大な信頼が寄せられる鮪専門仲卸「やま幸」の鮪が食べられるということでも知られています。「おまかせコース 海流」(605,000円)では、その日の最高の食材に、DRC(ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ)や入手困難の希少なスイスワイン「デュ・ダレー」など、最高峰のワインがマリアージュされており、桁違いのラグジュアリー鮨店を志向。また、最高の黒毛和牛のひとつである松阪牛をメインとする「松阪牛 よし田」も運営しています。
客からの差し入れ
他の客からワインが差し入れられたことが、今事案の引き金となりました。
実際のところ、ファインダイニング=高級レストランにおいて、客から飲食店への差し入れ=手土産は少なくありません。土産物という性質上、フレッシュで賞味期限が短いモノよりも、焼菓子など保存の効くお菓子が多いですが、酒類もかなり一般的です。大将がお酒好きであれば、なおさらのこと。
食べ物であれば、皿やカトラリーも用意しなければならないので、その場ですぐに開けて食すことはかなり稀ですが、ワインなどのお酒であれば事情が異なります。客から「まぁ飲んでよ」と促されたら、大将が「では、一杯いただきます」と、封を開けてお猪口やグラスに注いで乾杯。流れでスタッフに酌がれることもあります。
差し入れではなく、店にあるボトルをオーダーして開ける場合でも「大将もどうぞ」「残りはスタッフのみなさんで」と勧められ、大将やスタッフが客と一緒に飲むことは珍しくありません。
調理やサービスに支障がでるほど酩酊してはいけませんが、後半になってくると、かなり砕けてきて、大将もそれなりに飲んで楽しそうに酔っていることがあります。
ドリンクの置き場所
客から差し入れられたお酒はどこに置いておくものでしょうか。ボトルは冷蔵庫やセラーに保管しておくとして、注いだグラスなどの酒器をどこに置くか、という問いです。
飲食店は、クラシックなフランス料理のような完全に裏で仕上げてテーブルへと運ぶスタイルと、客の前で調理して提供する割烹スタイルに大別されます。
前者であれば、ダイニングエリアからは見えない裏のキッチンエリアに置かれるので、客からは位置がよくわかりません。後者であれば、酒器は基本的に各人の持ち場に置かれます。コンベクションオーブン、ストーブやフライヤー、炭焼台など、什器や調理器具の位置は固定されており、誰がどこで何を行うのかも決まっているので、各人が担当する場所にお酒が置かれるのは当然のことです。つけ場にいるのに、バックヤードにお猪口を置いて、時々裏に入って飲みに行くことなどありません。
客からの差し入れがない場合でも、数時間にもおよぶ立ち仕事で喉も渇くので、水が入ったグラスやお茶が入った湯呑を持ち場に置きます。
客との距離
女性客が殴られそうになったと述べていましたが、鮨店の造りはどのようになっているのでしょうか。
鮨カウンターの奥行きは一般的に40センチから50センチ。その奥には、カウンターよりも15センチ程度高くなった鮨が置かれるつけ台があり、こちらの奥行きは20センチから30センチ。さらに奥には、調理するつけ場があり、奥行きが40センチから50センチとなっています。
全部を合計すると短くても1メートルくらいは距離があるものです。成人男性の平均的な腕の長さは70センチ強なので、殴るのは難しく、もちろん、乗り越えることも容易ではありません。30センチ以上の刺身包丁を握り、身を乗り出して突き出せば届きそうです。ただ、店を切り盛りする大将が刃物を凶器にして客に突き刺すのは、想像力が豊かすぎます。
受け手の感じ方が全く異なるだけに「殴られかけた」と「殴られそうなほどの剣幕だった」は峻別されるべきです。
撮影
女性に同伴していた男性客が250枚の写真を撮影していました。
写真や動画の撮影は飲食店によってポリシーが全く異なるので、最初に訊いておくべきです。ファインダイニングであるか否か、鮨店であるか否かは、そこまで関係ありません。
全く撮影されたくないというところから、ワインや日本酒などドリンクのエチケットだけならいい、料理だけなら撮影を許可、スタッフはダメ、一眼レフなど大きなカメラは不可、さらには、どんどん撮影して投稿してもらいたいなど、実に幅広いです。
極端な例を挙げると、撮影は厳禁なので携帯を出しているだけで注意されたり、シャッターチャンスと促されて映えるシーンで静止してくれたりするところまであります。
ただ、いずれの場合も、承諾のない他の客が写ることを是とはしていません。したがって、他の客が写るかもしれない写真や動画を撮影していたり、会話を拾う動画であったりすれば、自重を促されることがあります。
客への注意
大将が女性客たちに注意したり、怒ったりしましたが、一般的にはどうなのでしょうか。
私が飲食業界で大切だと考えているのは、客は飲食店をリスペクトし、飲食店は客に喜んでもらいたいと思うことです。
客は、食材を大切に育てる生産者、それを手間隙かけて調理する料理人、ホスピタリティ溢れる対応を行うサービススタッフに、畏敬の念を抱かねばなりません。なぜなら、食材を育て、調理し、サービスし、感動を与えることは容易ではないからです。素晴らしい食体験を紡いでくれるつくり手をリスペクトする必要があります。
飲食店は、客を差別したり、蔑ろにしたりしてはなりません。なぜなら、客が支払うお金によって、生計が立てられているからです。客が支払った対価分の食体験を得たいと思うのは当然のこと。好まざる客もいますが、できる限り、どの客にも等しく喜んでもらいたいと思えなければ、飲食店を続けることは難しいです。
客が飲食店を選べるのと同じように、飲食店も客を選べます。したがって、客に注意したり、促したりすることは問題ありませんが、客の食体験を毀傷することは好ましくありません。客の食体験を損ねてしまえば、結果的にその飲食店の評価が失墜してしまうからです。
こういったことを鑑みれば、他の客を守ることはとても大切ですが、女性客と同伴の男性客を何とかして宥めたり、店に相応しくないと判断した時点で、実食分だけの会計にしてすぐ退店を促したりすれば、問題は大きくならなかったように思います。
トラブルの対策
今回のような事案が起きた場合には、どうすればよいのでしょうか。
飲食店、しかも、ファインダイニングの鮨店であれば、食事の場において、一般的な飲食店とは全く異なる空気感が醸造されています。そこで起きたことを、客観的かつ正確に詳細まで評価することは難しいです。「いった・いわなかった」「した・しなかった」「こう感じた・こういうつもりではなかった」という議論が繰り広げられます。
事実をはっきりと記録し、真偽をはっきりと弁別するためには、防犯カメラを設置するしかありません。もしくは、会員制や紹介制にして、客の身元が判明するクローズドなレストランにするしか、解決方法はないように思います。前者であれば、炎上事案が起きた時に飲食店が不利にならないこと、後者であればそもそも炎上事案が起きづらいことが、大きな効果です。
昨今の飲食業界では、スタッフの不正や客とのトラブルを監視するということで防犯カメラの設置が増えています。ただ、カジュアルな店やチェーン展開している店がほとんどで、高単価のファインダイニングではあまり聞きません。
ファインダイニングでは、客が高いお金を支払い、重要な接待を行ったり、大切な記念日を祝ったりしているだけに、あえて客のプライバシーを侵害する恐れのある防犯カメラを完備するのは難しいところ。飲食店は公共的施設に大別されますが、一部始終をカメラで撮影しているのであれば事前に周知しておく必要があるでしょう。ただ、そうなると、高単価の客ほどプライバシーを重要視するので、客は減ってしまうかもしれません。
世界で評価される日本の食
農林水産省によれば、2023年の海外における日本食レストランは、2021年の約15.9万店から約2割増の約18.7万店に増加。2006年の約2.4万店と比べれば、17年で約8倍に伸張しています。海外ではおまかせコースが13万円であったり、鮨職人の年収が最低1000万円であったりと高級化が加速。
日本には多くの飲食店があり、東京だけでも10万店以上が存在しており、ミシュランガイドでも東京は世界で最も多くの星を獲得している美食都市です。
日本の食は非常に素晴らしいだけに、世界で評価される鮨店で今事案のような問題が起きないことを切望しています。