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バイデン大統領から頭を撫で撫でされた岸田総理の日米首脳会談

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(686)

睦月某日

 就任から1年3か月後にようやくワシントン訪問を果たすことができた岸田総理に対し、米国のバイデン大統領は会談の冒頭で「あなたこそ真のリーダーで、あなたこそ真の友人だ」と手放しでほめたたえた。

 訪米前に岸田総理が短期間で「反撃能力」の保有と防衛費の大幅増額を決断したことは、米国からすれば日本に課した「宿題」を岸田総理がやり遂げてくれたという思いがあるのだろう。フーテンには学校でバイデン先生から岸田少年が頭を撫で撫でされている光景が目に浮かんだ。

 今回の岸田総理の訪米で米側は岸田総理を厚遇した。首脳会談に先立ってカマラ・ハリス副大統領が副大統領公邸に岸田総理を招き、朝食を共にしながら1時間意見交換を行い、岸田総理がホワイトハウスに到着すると、玄関にバイデン大統領が出迎え、岸田総理の肩に手を当てながら会談場所に案内した。

 会談は少人数で45分間、バイデン大統領と岸田総理の2人だけで15分間、それから昼食を取りながらの拡大会合が1時間行われた。しかし通例なら行われる共同記者会見は行われなかった。バイデン大統領が機密文書を自宅に保管していた問題で記者からの追及を避けたためだと言われる。

 これで岸田総理は安倍元総理の亡霊を消し去ることに成功した。これまでは集団的自衛権の行使容認を強引に進めた安倍元総理こそ、米国の意向を忠実に実現した日本のリーダーとして米国から称賛されていた。日米同盟強化の象徴は安倍元総理だったが、これからは岸田総理がその位置に君臨することになる。

 党内基盤の弱い弱小派閥の総理が党内最大勢力に対抗するには米国を味方につけるのが早道だ。歴代政権を見てくると弱小派閥の政権ほど米国にすり寄る。フーテンが見てきた中曽根康弘政権も小泉純一郎政権も露骨にそれをやった。

 「田中曽根内閣」と揶揄され、解散権も人事権も田中角栄氏に握られていた中曽根元総理は、就任すると最初の日米首脳会談で、ソ連を「悪の帝国」と呼ぶレーガン大統領に対し、「日本を不沈空母にする」と発言してレーガンを喜ばせ、「ロンーヤス関係」という個人的な信頼関係を構築することに成功した。

 しかしそもそも中曽根氏が政治家を志したのは、米国から押し付けられた憲法9条を護り日米安保条約を締結して米国に従属した吉田茂の路線を打倒するためだった。従って中曽根氏は自主憲法制定を叫び、防衛庁長官時代には米国製兵器を買うのではなく、兵器国産化と自主防衛路線を主張した。

 それが田中支配から脱するために米国にすり寄る。日本列島を航空母艦に見立ててソ連の攻撃から米国を守る「盾」になると言ったことで米国は喜んだ。後に中曽根氏は通訳の誤訳で自分は自主防衛の意味で言ったと弁解したが、しかし日本を永遠に隷属状態に置きたい米国が日本の自主防衛を認めるはずはない。

 当時なら「反撃能力」の保有にも米国は難色を示したはずだ。攻撃能力は米国が持ち、日本は防衛力を持つだけの「専守防衛」が日米安保の基本だった。それが日本にも攻撃能力を持たせようとするようになったのは、それだけ米国の力が衰えたことを意味する。

 小泉政権も党内基盤は弱かった。弱いから①国民大衆にアピールする、②米国の力を借りる、この2つに小泉政権は注力した。だから小泉元総理は毎日メディアに登場し、自民党最大派閥を「抵抗勢力」と批判して国民の喝采を浴び、その力で政策を推進した。

 また小泉元総理は中曽根元総理の前例に倣い、ブッシュ(子)大統領との個人的関係を作るため、米国の言いなりになる。新自由主義経済を取り入れて日本型経営を潰し、日本の自衛隊を戦場に派遣して「テロとの戦い」を支援させた。

 その「テロとの戦い」が米国の首を絞める。中東を民主化して米国型民主主義を世界に広めようとするネオコン(新保守主義者)の目論見は、米国を史上最長の戦争に追い込み、民主化どころか強力なテロ集団を生み出し、中国とロシアが中東に影響力を持つようになる。

 中でも中国の経済成長は米国に深刻な危機感を抱かせた。かつて日本経済が米国を追い越す一歩手前まで行ったとき、米国は中国を国際社会に招き入れ、中国を世界の工場にすることで日本経済をけん制したが、今度は中国経済が米国を追い越す一歩手前になった。

 その中国は、日本が防衛を米国に委ねていたため「失われた時代」に導かれたことを知っている。だから日本を反面教師にして軍事力強化を図り、米国の圧力に屈しない姿勢を見せる。その中国が台湾の半導体産業を傘下に収めれば、米国は先端技術で中国に抜かれ、地球のみならず宇宙の支配権をも奪われる。

 中国に対し米国はもはや一国だけでは太刀打ちできない。だから欧州と日本、とりわけ日本に軍事負担を負わせようとしている。それが「反撃能力」の保有や防衛費の増額だ。その米国の「宿題」に岸田総理は答えを出し、バイデン大統領から頭を撫で撫でされた。

 しかしバイデンから頭を撫で撫でされたからこれで万事がうまくいくわけではない。積極財政を主張して防衛費の増額を「国債」で賄おうとした安倍元総理に対し、岸田総理は財政健全化の立場から「増税」の方針だ。この財源を巡る議論がこれから始まる。

 増税となれば国民の反発は大きい。実はフーテンはそれを分かったうえで岸田総理は「増税」の方針を打ち出したと思っている。つまり将来世代にツケを回すという安易なやり方ではなく、国民から反発される方を選んで簡単には決まらないようにするところに本来の目的があるかもしれないと思うのだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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