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「なつぞら」舞台にある十勝の農場、手作りのチーズには多様な人たちの優しさが詰まっている

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
訪れる人たちが触れ合える馬もいる(共働学舎新得農場提供)

人気の朝ドラ「なつぞら」は、まもなく最終話。その舞台である北海道・十勝に、出所した人や引きこもりなどハンディのある人たちが働く「共働学舎新得農場」がある。自然のうまみと手作業の優しさが詰まったチーズで知られ、なつぞらの出演者も味わったという。「食べるために仲間と働く生活」を通して、今の社会の課題も見える。代表の宮嶋望さんに、改めて聞いた。

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朝ドラ「なつぞら」舞台に、生きづらさを抱えた人が働く農場がある

水道や電気のない状態から牧場を作り、農作物を育て、ハンディのある人たちと暮らしてきた宮嶋望さん。

「このところ、なつぞらの影響で観光客が3~4割は増えています。出演者さんたちが、撮影の合間に農場のカフェで休憩した際、チーズの『ラクレット』を召し上がりました。それを知ったお客さんが来るようになって。お客さんは、ハンディのある人が働いているということは、知らないんですよ。楽しそう、おいしそう、と興味を持ってもらえるのがうれしい」

一番人気のチーズ「ラクレット」 なかのかおり撮影
一番人気のチーズ「ラクレット」 なかのかおり撮影

●常識が崩れる「時代の変わり目」

農場には、出所した人や精神障害のある人、DVの被害者など難しい背景のある人たちが居場所を求めてやって来る。令和になり、無差別に人を傷つける事件が相次いだ。宮嶋さんは、今の社会をどのように見ているのだろうか。

「時代の変わり目、ということは確かだと思います。これをやっていれば大丈夫、例えば組織に勤めて仕事をしていれば普通に生活できる、というような社会全体の常識であったことが崩れている。私も、引きこもる人や、社会に適応できず居場所がない人に、たくさん会ってきました。親族に養ってもらえて生活に不自由はしていない、20代~50代の人たちです。

彼らは成長と共に、自分中心の考えが通用しなくなり、人間関係であつれきが生まれる。自分と他人は違うと気づき、どうやってかかわっていくか。若い人を見ていると、他人との関係をよくしようというより、やりたいことだけやろうとしてつまずいているようです。人と人は、面と向かって話して、違う意見を感じることが大事なんです」

●真実がわからないネットの世界

最近のコミュニケーションを複雑にしているのは、インターネットの世界だ。SNSですぐ発信できるし、ニュースがどんどん入ってくる。便利な反面、そこでは「楽しい」とも「苦しい」とも、本音は言えない。自分にとって都合のいい意見だけ見ていると、違う意見が受け入れられなくなり、世界が分断していく。

「スマホを持ってSNSを見ても、そこに並ぶ言葉が真実なのか嘘なのか、判断できません。インターネットの中で、本当かどうかわからない世界を作っても、そこで本音を言い合うことは少ないでしょう。

少し前は、ネットで知り合った人たちが、実際に会ってみるオフ会が流行っていましたよね。最近はあまり聞かなくなりました。ネットの中だけでなく、面と向かって納得する機会もあったのに……。これからは車の運転も自動になるというし、人工知能がたいていの仕事をできる世の中になる。助かる部分もありますが、人間が何のために生きているのか分からなくなってしまうという問題も起きているのです」

宮嶋さん なかのかおり撮影
宮嶋さん なかのかおり撮影

●今日の夕食のため、仲間と働く

この農場では、仕事をする目的や生きる意味がはっきりしている、と宮嶋さんは言う。

「我慢することもあるけれど、今日の夕食を食べるために働く。また、多少のお小遣いをもらって漫画や自分の好きなものを買いたいという、シンプルな目に見える目的のために、働いています。生きるために何かしないといけない状況がないと、人間はダメなんですね。農場では、人が働かないと何もできません。牛のミルクをしぼらなければチーズを作れないし、野菜ができなければ生活するためのお金を得られません。掃除や牛の世話、畑仕事、チーズ工房の作業、織物など、あらゆる種類の手仕事があります」

「そうやって仕事の目的が具体的に見えるのは、良いことだと思います。野菜を包丁で切る仕事は、みんなができる。それを、他の多くの現場では機械でやってしまいます。ここでは機械を入れず、みんなの手でやります。自分の持っている力を、生かすチャンスがあるのです。手をかけると、見た目は不揃いでも、健康に良いエネルギーを持ったおいしい農産物が作れます。チーズ作りも、ボタン一つでできる機械は入れていない。そうやって働いているうちに、生きる意味が出てくる」

●面倒なこともあるけれど

衣食住が足りていても、体が自分の思うようにならない時、可能性が見えない時、心の底の不安が把握できない場合には、幸せにはなれないー。そう考える宮嶋さん。

「半分以上の人は、仕事をしようとして農場に来たのではなくて、居場所がなくなって来ています。生きている。何かしたい。どうしようー。ここなら、1人じゃない。みんなが何か仕事して、生活する。ハンディのあるなしや、役職による線引きはあいまいで、対等な仲間同士です。仕事は強制されないし、参加してもしなくてもいい。自由だけど、多様な人が集まっているので、面倒なことも起きる。私は、けんかするのなら早くしなさいと言います。ずっとためてドカンと爆発するよりも、良いでしょう?

自分だけで完結するのでなく、人は他の人との関わりの中で生きている。だから、人の間という意味で、人間と言うのです。今まで生きてきた世界で、そういった関わりがうまく行かなくて、もう無理と思ってしまった人は、ここでまた生きる意味を見つけていきます」

力を合わせて作った野菜 なかのかおり撮影
力を合わせて作った野菜 なかのかおり撮影

●「みんながやるから仕事しようか」

こうした仕事のやり方は、リーダーの労力がいるし、効率的ではない。けれど、顔を合わせて時間をかけてこそ、話せることや伝わる感情があるのは確かだ。スマホのない時代には当たり前だったように、一緒に過ごすうち、悩みを打ち明け、共感しあい、関係が築かれる。

「農場では食事を作って食べる、というシンプルで大事な目的がある。それを成り立たせるためには、1人ではできないから、みんなで仕事をする。初めはやりたくなかった人も、参加しないとまずいかなと思って、少しずつ仕事をするようになります。みんなやってるし、とりあえず仕事しとこうかって、心と体が動く。そして、作ったものが売れる。金額の大小でなくて、お客さんが自分のものにしたいと思ってくれるのがうれしい。違う個性を持つ仲間との助け合いや、認められる体験から、生きる意味が生まれてくるのです」

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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