現在、建設が進められている北海道新幹線の札幌延伸工事について、建設主体である鉄道・運輸機構は、2024年5月8日、当初予定していた2030年度末の開業を断念する考えを示し、国土交通大臣に報告した。北海道の鈴木直道知事は、こうした動きに対して記者会見の場で「なぜ、このタイミングで判断に至ったのかという理由、工期短縮するためのこれまでの取り組みや成果、開業延期の影響への対応など詳細について、丁寧に説明していただく必要がある」と遺憾の意を表明した。さらに、鈴木知事は北海道新幹線の札幌延伸については「道民の悲願」と強調し、国や鉄道・運輸機構に対して早期開業を求める緊急の要望を提出する考えを示したが、これには2つの違和感がある。

　ひとつは、北海道新幹線の開業延期は、数年前から関係者の間では分かっていたことから、発表のタイミングは時間の問題だったこと。そして、並行在来線の廃止・バス転換協議は、バスドライバー不足から泥沼化し道の方針通りにこのまま廃止を強行してしまえば、後志地方は、倶知安町と小樽市以外は鉄道もバスもない不毛の地となりかねない。こうしたことから、余市町の住民を中心に並行在来線の廃止に対する反対運動が起こっており、北海道新幹線の札幌延伸が本当に「道民の悲願」と断言できるのかという点だ。

関係者の間では2021年から分かっていた開業延期

　北海道新幹線で、一番の難工事となっているのは、後志地区の羊蹄トンネル比羅夫工区だ。このトンネル工事では、予想していなかった巨大な岩塊群にぶつかったことから2021年7月に工事がとまった。すでにこの時点で、関係者からは「北海道新幹線の開業は、5年程度は遅れそうだ」という話がささやかれていたが、この話を鈴木知事はしらなかったというのだろうか。羊蹄トンネルは、現在は4年遅れで工事が進められているが、最近ではまた新しい岩塊群が見つかったという話も出ており、工事のさらなる遅延が心配されている。

　工事遅れの要因はこれだけではない。現在、千歳市では肝入り政策ともいえる次世代半導体工場ラピダスの建設工事が進められているが、作業員の残業規制が強化される2024年度を迎え、建設作業員不足が指摘されている。そして、ラピダスの建設作業員不足は北海道新幹線の建設工事にも影響を与えかねない状況だ。さらに、札幌と小樽の間を結ぶ札樽トンネル工事では、基準値を超えるヒ素や鉛などの重金属を含む残土処理の問題も表面化している。

並行在来線問題は解決見通し立たず

　鈴木知事は、こうした中で、北海道新幹線の一日も早い開業が必要だとして、国や鉄道・運輸機構に対して早期の開業を求める緊急の要望を行う考えを示している。しかし、並行在来線問題など北海道新幹線の開業に向けて解決するべき問題は何も解決できていない。

　北海道新幹線の札幌延伸に伴い、函館本線の函館―長万部―小樽間がJR北海道から経営分離させることが決まっているが、このうち後志ブロックにあたる長万部―小樽間については、北海道庁が主導する密室協議の場で廃止が決められた。この区間のうち余市ー小樽間については輸送密度が2000人を超えており、本来であれば廃止対象とはなり得ない区間だ。さらに、協議の場に地域のバス会社は呼ばれていなかった。北海道内のバス会社はドライバー不足問題などから北海道内のバス路線の廃止・減便が続いていることから、並行在来線のバス転換協議は泥沼化し、1年近く協議が止まっている。

　さらに、北海道と本州方面を結ぶ貨物列車の重要ルートである函館―長万部間については、貨物列車は維持する方向性は示されたが、具体的にどのような形で路線を維持するのかといったことについても何も決まっていない。北海道と本州を結ぶ貨物列車は、北海道で生産される農産物などの首都圏方面への出荷に利用される物流の大動脈ルートで、日本の食料安全保障にも関わる重要路線だ。

　また、2023年12月に密室で開催したブロック協議の場では、北海道庁は、函館市が函館―新函館北斗間の新幹線乗り入れ構想を示している中で、函館―長万部間全線の旅客列車の廃止とバス転換を沿線自治体に対して提案。こちらでの協議の場に、地域のバス会社は呼ばれておらず、このまま道庁の主導により旅客列車廃止の方向に協議を持ちこめば、再び泥沼化は避けられないだろう。

　こうした諸問題を解決しないまま、北海道新幹線の早期開業を求め無理に工事を進めさせてしまえば工事の質自体にも影響を与えかねず、さらに、並行在来線問題では、バスドライバー不足の中で強引に鉄道を廃止してしまえば、新幹線のある駅以外は鉄道もバスもない陸の孤島となってしまいかねず、地域社会に混乱を与えかねない。

（了）