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世界ではじめて。新型コロナに対するmRNAワクチンの臨床試験はじまる

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
新型コロナウイルス表面のスパイク・タンパク。これが人の細胞にくっつく。NIH提供

米で始まったはじめてのCOVID-19予防ワクチン試験

 米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)とバイオ医薬大手のモデルナ社(本社、マサチューセッツ州)が開発中の新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンの第1相臨床試験が、ワシントン州シアトルで開始された。

 現在、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が引き起こすCOVID-19の予防ワクチンは存在しない。ヒトを対象とする新型コロナウイルスのワクチン臨床試験は、これが世界ではじめてとなる。

 3月16日、シアトルのカイザーパーマネンテ・ワシントンヘルス研究所では、4人の健康なボランティアにmRNA-1273と呼ばれる試験ワクチンを注射した。第1相臨床試験は、少数の健康な人を対象に、試験ワクチンの安全性と3種類の投与量に応じた免疫反応を検証するもの。(注1)

 第1相試験は45人の参加者で行う予定で、シアトルに住む18歳から55歳の健康なボランティアを引き続き登録している。ボランティアの試験参加者は、28日の間隔をあけて、2回の注射を受ける。試験そのものは6週間程度で終わるが、最初の試験結果が発表されるのはさらに3カ月後くらいの予定。

記録的な速さでのワクチン開発

 アンソニー・ファウチNIAID所長は、「この第1相試験は記録的な速さで開始にこぎつけた。ゴールに向けた重要な第一歩」とコメントしている。(注2)

 2月24日に筆者が「新型コロナウイルスとたたかうmRNAワクチン開発に全力疾走する米科学者」で報告した通り、mRNAワクチンは新しいタイプのワクチンで、コロナウイルスを含んでいない。試験室で作られたmRNA(メッセンジャーRNA)を使ったワクチンなら、開発期間を従来より大幅に短縮することができるという。

 中国の科学者が1月11日に新型コロナウイルスの遺伝子情報を発表し、2月7日には様々な分析に使うための最初の試験用ワクチンができ、2月24日には臨床試験用ワクチンが米国立衛生研究所(NIH)に届けられた。3月3日から第1相試験への参加者リクルートをはじめ、3月16日には試験開始と、まさに最速だ。

ここからが正念場

 トランプ大統領は新型コロナウイルスのワクチン開発について口を開くたびに、ワクチンがすぐにでもできるかのような印象を与える発言をしていたが、そのたびにファウチNIAID所長は「実用化には早くて1年半か、おそらくそれ以上かかる」と訂正してきた。

 例えば、始まったばかりの第1相試験は、mRNA-1273の有効性を検証するのが目的ではない。あくまでも第一段階として、安全性と、動物モデルで見られた免疫反応が、人間に投与した場合にもみられるかどうかを検証するものだ。

 第1相試験で安全性が確認され、有望だということになったら、今度は第2相、第3相試験で、何百人、何千人を対象に再び試験を行い、本当にCOVID-19の予防に役立つかどうかを、さらに調べる必要がある。

 どれだけ緊急課題であっても、mRNAを使ったワクチンであろうと、安全性や有効性をきちんと確かめることが基本だ。

世界で進む新型コロナウイルスのワクチン開発

 このmRNA-1273の開発は、CEPI(感染症流行対策イノベーション連合、本部:ノルウェー)からも支援を受けている。

 CEPIは世界規模の流行を生じる恐れのある感染症に対するワクチンの開発促進と供給を目的に、2017年のダボス会議で設置された民間連携パートナーシップで、日本、ノルウェー、ドイツ、英国、オーストラリア、カナダ、ベルギーに加え、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などが拠出している。

 

 CEPIは上記のmRNA-1273以外にも、米国のInovio社やNovavax社、オックスフォード大学(英)、クイーンズランド大学(豪)、CureVac社(独)とパートナーシップを締結して、新型コロナウイルスのワクチン開発と、臨床試験の迅速化に取り組んでいる。時間がかかるとはいえ、世界中で複数のワクチン開発プロジェクトが進行していることは心強い。

関連リンク

注1 新型コロナウイルスのワクチン第1相試験を開始したカイザーパーマネンテ・ワシントンヘルス研究所の発表(英文リンク)

注2 新型コロナウイルスのワクチン臨床試験開始についてのプレス・リリース(米国立アレルギー感染症研究所、英文リンク)

注3 CEPIの新型コロナウイルスに対するワクチン開発 (報道資料、厚労省)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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