有名私学で「非正規教員」がストライキ 非常勤講師の8%賃上げを実現
この間、労働組合が賃上げ等の労働条件の向上を求める「春闘」が注目を集めている。特に、大企業の正規労働者を中心に、賃上げ要求への「満額回答」などが大きく報道されている。連合の発表では、賃上げ率が33年ぶりに5%を超えたという。
一方で、非正規労働者の賃上げは厳しい回答が続いている。非正規労働者の賃上げについては、この間、さまざまな個人加盟型の労働組合が協力し、非正規労働者の10%賃上げを求める「非正規春闘」が取り組まれてきた。
参考:「賃上げ」でも非正規を差別? スシローなどで「一斉ストライキ」へ
また、今年は業界ごとの「非正規春闘」も取り組まれており、以下の記事のように、私立学校で働く「非正規教員」たちも、業界横断的に非正規教員の10%賃上げを求めていた。
参考:私立中・高の非正規教員が「学校を超えた」春闘を開始 複数校から賃上げ回答も
その中の1つである東京都港区にある広尾学園では、非常勤講師で働くAさんがストライキも行ったところ、来年度から非常勤講師全体で「平均8%」の大幅賃上げをするという回答を得たという。
非正規教員は低賃金かつ1年更新の細切れ雇用という不安定な働き方を強いられており、教育の質の低下にもつながっている。今回の賃上げは、労働環境のみならず、生徒の教育環境改善にもつながるものだろう。
今回は、同校でストライキを決行したAさんと、Aさんが加盟する総合サポートユニオンの担当者に話を元に、私立学校の非正規問題について考えていきたい。
劣悪な労働環境で働く非常勤講師の使い捨てと生徒への不利益
現在、学校では一般的に、非正規教員として「常勤講師」(フルタイム・1年契約)と「非常勤講師」(パートタイム・1年契約)の2種類が般的に活用されている。
これらの非正規教員は教育業界全体で年々増加しており、公立学校で10〜20%程度とされている。しかし、私立高校にいたっては、以下のように約4割(37,4%)にも及び、私立高校の非正規教員への依存率は公立以上に大きいものとなっている。
今回紹介する広尾学園も例外ではなく、以下のように、2022年までの5年間で非正規雇用である常勤教職員と非常勤講師が11名増える一方、正規雇用の専任教職員は13人も減少している。2022年の非正規教員比率は「約47%」と業界平均を10%も上回り、ほぼ2人に1人は非正規教員という状況だ。
ストライキを起こしたAさんら広尾学園で働く非常勤講師は、学校の基幹的な業務である「授業」以外にも、授業準備や教材研究、小テストの作問・採点、レポートの課題作成・提出後の評価、生徒の質問対応、定期試験問題の作成・印刷・梱包・採点・平常点の換算、難関大学の論述試験対策など多くの業務を担っていたという。
しかし、広尾学園では、非常勤講師にはタイムカードもなく、付随業務もどれだけやっても一部しか賃金が払われない「定額働かせ放題」の状況であったという。
昨年11月には、①労働基準法24条、37条違反(賃金未払い、割増賃金未払い)、②労働安全衛生法66条の8の3違反(タイムカードなどによる客観的な労働時間の把握ができていない)、③労働基準法39条の7違反(法律で義務となる年5日間の有給休暇の消化ができていない)の3つについて、三田労働基準監督署は学校へ是正勧告も出ていた(その後、ICカードでの労働時間管理が導入された)。
参考:「タイムカード廃止」で無限残業へ?! 有名私学の恐るべき実態とは…
学内では、非正規教員を中心に毎年約20人の教職員が退職し入れ替わっている状況だというが、上記のような劣悪な労働環境も一因だろう。毎年のように、担任や授業担当者などが変わる状況では、教育の前提となる生徒や保護者との信頼関係の構築や、継続的に質の高い教育を生徒へすることは困難だ。
このような非正規教員の劣悪な労働環境やそれによる生徒への教育の質の改善に、昨年5月からAさんと私学教員ユニオンは取り組んできた。
Aさんの「ストライキ」と非常勤講師の「8%賃上げ」の意義
非正規教員の待遇改善の取り組みの1つとして、Aさんは非正規教員全体の一律10%の賃上げを学園へ求めていた。しかし、学園との賃上げ交渉は難航したため、3月6日にAさんは勇気を持って「ストライキ」を行ったという。
ストライキとは、労働者が労働条件の維持・改善などの要求を勝ち取るため、労務の提供を拒否することである。ストライキ権は団結権・団体交渉権とともに労働者の有する基本的権利として、労働組合法で認められている。
Aさんがストライキした業務は定期試験の採点業務の一部であったが、ストライキ後にそのほかの業務は行ったため、生徒への直接的影響自体はなかった。しかし、学園に対する強い意思表示をすることが重要だとAさんは考え、ストライキを決行したという。
「広尾学園には30年以上にわたり勤務してきました。この物価高のなか、非正規教員の生活も厳しさを増しています。非正規雇用教員の待遇改善を学園に強く求めていくことは、生徒たちに対する教育の質の向上につながるため、私はストライキを決行しました」とAさんは決意を語った。
そして、ストライキ後の3月15日、学校との団体交渉が行われたが、そこで学校側から「非常勤講師の平均8%賃上げ」をするとの回答をAさんは得たという。例年は、非常勤講師は年間50円程度しか昇給しておらず、8%というのは異例の大幅賃上げだという。
学校の説明では、現状の授業単価が低い非常勤講師へより多くの賃上げを行うとして、1授業(コマ)あたり最大300円の大幅賃上げがなされる非常勤講師もいるという。
非正規労働者の賃上げが低調な社会情勢下で、諦めずにストライキを行うことで生まれた今回の大幅賃上げは、教育業界のみならず、非正規労働者全体に大きな勇気を与えるものとなっただろう。
参考:【#広尾学園】非常勤講師の平均8%賃上げ、正規と同じ健康診断の受診などを実現しました!
生徒の教育環境改善のために 日本や海外で広がる教員ストライキ
現在、日本では、ストライキの件数は年々減少しており、2022年では全国でたった65件しか行われていない。
しかし、近年、インフレによる物価高騰に対して、日本でもストライキをし賃上げを求める教員たちが出てきている。また、世界では、教員たちの大規模なストライキが頻発している。
例えば、昨年12月には、東海大学で働く大学非常勤講師たちが、10年以上昇給がない状況に対して、15%の賃上げを求めるストライキを行った。東海大学で働く非常勤講師の給与水準は、授業1コマ当たりで見ると、他大学の4分の3程度という低さだという。非常勤講師たちが加入する労働組合は団体交渉で賃上げを求めたが、東海大学は応じなかったため、ストライキに至った。
参考:「基本給10年以上上がってない」東海大教員らが賃上げ求めストライキへ 「1コマ当たり他大学の4分の3」(2023年12月4日・東京新聞)
また、アメリカでは、「カリフォルニア教員組合」が、年12%の賃上げなどを大学側へ要求していた。大学側の回答は5%の昇給と、労働組合の要求の半分以下であったため、今年1月に教員たちは抗議のため5日間のストライキを決行したという。このストライキは、アメリカで過去最大の教員のストライキと注目されている。
参考:「全米最大の教員によるストライキ」 カリフォルニア州立大(2024年1月23日・朝日新聞)
賃上げを求める教員たちは金銭だけではなく教育環境の充実を求めている。これは日本と世界で共通している。アメリカでは「Teachers' working conditions are students' learning conditions」(「教員の労働条件は生徒の学習環境である」)というスローガンが打ち出されている。
生徒へより良い教育をするために、それを担う教員の劣悪な労働環境を改善することが必要だと主張しているのだ。今回のAさんのストライキも、このような世界的な流れに沿っている。
特に、日本の教育現場には、自身の労働環境のことは主張せず、生徒のために全てを捧げることを良しとする「聖職論」が根付いてきた。しかし、生徒へのより良い教育環境作りのためにこそ、自身の労働環境改善に取り組む必要があるのではないだろうか。
※なお、広尾学園側には今回の賃上げについての見解を求めているが、現時点で回答を得られていない。
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