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観光公害対策:必要なのは「県民の日」よりも「地元割」

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:イメージマート)

観光地に大量の観光客が殺到して地域住民を蹂躙する「オーバーツーリズム」を巡り、広島のお好み焼き屋が面白い取り組みを始めたという報道を見かけました。以下、FNNプライムオンラインよりの転載。

オーバーツーリズムでお好み焼き店が苦渋の決断… 金曜の夜は「県民の日」 “常連客”の居場所を守る
https://news.yahoo.co.jp/articles/49920d0dd1b36beb59508c9e2abe505827450c21
4月からスタートさせたのが「県民の日」。毎週金曜日の夕方5時以降を県内に住む人限定にする“入店規制”だ。県内在住かどうかは客の自己申告にまかせているが、地元の人を大切にしたい思いからの取り組みである。

毎週金曜の夜を「観光客お断り」とする独自の施策、この施策によって地元常連客の週末需要を維持しつつ、観光客利用との両立を図る新しい試みです。京都などではオーバーツーリズムによる地元民の観光客ヘイトが高まっていますが、そうなる前に何らかの手を打とうとするこの工夫には賛同致します。

ただ観光分野の専門家として一点申し上げるとするならば、オーバーツーリズムというのは要は市場原理の中でいうところの需要超過の状態にあるということ。需要超過は価格の上昇によって需給をバランスさせるのが需給ギャップの解消の「本筋」であるハズで、「県民の日」という施策はそれが出来ない中での「次善策」でしかありません。

では、なぜ本来あるべき「値上げによる需給ギャップの解消」が出来ないのかというと、これもまた地元の常連客の顔色をうかがってのこと。観光客向けの値上げ、すなわち「観光地価格」の採用は、その価格上昇に耐えきれない地元客の切り捨てに他ならず、地元民からの支持をも大切にしたいお店にとっては採用が不可能な施策となってしまっているわけです。

その結果起こっているのが、

 →地元客の支持を失いたくない故に値上げができない

 →その安い価格に観光客が殺到

 →結果的に地元民はお店を利用しにくくなる

という誰も幸せにならない現状である訳です。

この様な不幸な現状に対して、私として最近思っているのは「そろそろ我が国でも『地元割』の本格導入を検討すべきではないか」ということ。地元割とは、諸外国の観光地において採用されることがある「地元民に対してのみ提供される割引施策」のこと。例えば、地元割が定着している観光地の例としてはハワイの「カマアイナ割引」が有名です。

カマアイナとは、ハワイの現地語で「土地の人≒ハワイ在住者」の意。観光産業を地域の主産業とするハワイでは、様々な物品やサービスが「観光地価格」で提供されているわけですが、その様に観光需要を取り込む一方で地元民の生活を守る為に観光客と地元客の間に「二重価格」が設けられており、地元住民であることを示す(運転免許証や学生証などの提示)と、多くの施設において10~20%程度の割引を受けることができます。

その他にも、例えば私が学生時代から新卒時代までを過ごしたハワイと同様に観光都市で有名なラスベガスでは、地域に観光客が溢れる繁忙期になると一部のローカル向けのお店で「観光地価格」でのサービス提供がはじまり、その間の地元民向けの施策としてやはり地元割が採用されていました。その様なお店ではハワイの例と同様に、現地住民であることを告げると観光客に提示されるのとは別のローカル向けの価格表記のされたメニューが出てくる。実はこういう風景は、観光を主産業としている地域での当たり前の光景であったりもします。

この様に地元民と観光客の間の二重価格を採用している地域では、価格の上昇によって観光向けの需給バランスを保ち、商業者としての利益最大化を図った上で、地元民には割引優遇でその支持を維持するという一挙両得が可能となっているワケです。

但し、この施策に関しては幾つかポイントがあり;

①上記施策における「観光客」を「外国人」に勝手に読み替えて賛否を論ずる人が必ず出てきますが、本施策で割引優遇されるのはあくまで「地元民」であり、国籍や人種で区分けをするものではないです。

②すると今度は、どこに「地元民」の線引きを置くのか?という主張をする人間が出てきますが、実際、その種の施策が採用されている地域での運用はかなり「ユルい」です。そもそも本施策は、我が国でコロナ禍後に採用された「GoToトラベル」や、被災地支援向けに採用されことの多い「ふっこう割」の様な行政による補助金プログラムではなく、あくまで各民間業者によって採用される商業施策に過ぎません。言ってしまえば、学生街の飲食店がよく採用している「学生証を見せたら〇〇円引き」だとか「玉子ひとつサービス」とかと基本的には性質が変わらないもの。あの種の施策に「社会人学生はどう扱うんだ?」とか「どこの地域の学生証まで有効なのか?」とか「偽造対策は?」とか、そんな厳密性を求める人間がそう沢山いるワケでもなく、それぞれのお店の判断でユルく運用されているわけです。

この施策の採用に唯一必要なものは、上記で例示した「学生証を見せたら~」の施策と同様に「観光地における商業とはそういうもんだ」という社会認知が広く共有されるという点だけ。逆にいうと、その点だけを行政が音頭をとって進めればいいわけで、例えば「地元割」の共通ロゴとその下に各お店が「100円引き」だとか「10%オフ」とか自由に書き込む欄のある店頭ステッカーでも作って共通化すれば良いじゃないかな?と思うわけです。

ということでまずは沖縄、京都あたりの自治体さん、全国に先駆けて「地元割」の採用検討をしてみるのは如何でしょうか?

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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