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過剰な愛情を注ぐ「毒母」をテーマに。韓国の新鋭女性監督が目指す先は?

水上賢治映画ライター
「毒親<ドクチン>」のキム・スイン監督  筆者撮影

 それがいいことなのか微妙ではあるが、日本ではもうすっかり言葉が定着している「毒親」。子どもに対して過剰な教育や躾を強いる親のことを指すが、お隣、韓国でもそのような親の存在がいま大きな社会問題に。「毒親」という言葉が世間に浸透しつつあるという。

 韓国映画「毒親<ドクチン>」は、そのような韓国社会を背景にした本格ミステリーだ。

 学校でトップを争うほど成績優秀な優等生のユリと、その娘を誰よりも愛し、理解し、深い愛情を注ぐ美しき母、ヘヨン。傍から見ると母子の関係は非の打ちどころがない。だが、それは表面上に過ぎない。作品は、実はその裏にあったいびつな母と娘の関係を、ユリの謎の死から徐々に浮き彫りにしていく。

 見事なストーリーテリングと確かな演出力で、母と娘の間にあった愛憎を描き出したのは、本作が長編デビュー作となるキム・スイン監督。

 1992年生まれの注目の新鋭である彼女に訊く。全七回/第七回

「毒親<ドクチン>」のキム・スイン監督  筆者撮影
「毒親<ドクチン>」のキム・スイン監督  筆者撮影

映画監督を志したのは、『ホーリー・モーターズ』を見た瞬間

 前回(第六回はこちら)までいろいろと訊いてきたが最後はプロフィール的なところを。

 本作で監督デビューを果たしたが、いつぐらいに映画監督を志すようになったのだろうか?

「まず、映画の原体験として、わたしは子どものころから映画を見ること、映画館に行くことが大好きでした。

 わたしの幼年期というのは、たとえばNetflixといった映像配信サービスはまだまだ一般的ではありませんでした。

 また、両親がシネフィルで、しょっちゅう映画館に連れていかれたわけでもありませんでした。

 でも、ひとつの娯楽として定期的に映画館に行っていたんです。子どものころは親といっしょに、少し大きくなると友人たちと映画館に定期的にいくようになって、自然と日常生活の中に映画が存在するようになっていました。

 遊び場が映画館といった感じでした。だから、正確に言うと、子どものころは、映画が好きというよりも、ポップコーンを食べながら映画館の大きなスクリーンで映画をみることが好きでした(苦笑)。

 そんな感じで、幼少期から映画館で映画を見るのに馴れ親しんできました。

 で、映画監督になろうと決心したときは、いまでもよく覚えています。

 二十歳すぎのことですが、レオス・カラックス監督の『ホーリー・モーターズ』を見たんです。

 はっきり言って、内容はよくわかりませんでした。

 好きなタイプの映画かといわれると、そうでもなかった。

 ただ、ドゥニ・ラヴァンが疾走しながら花をとって口にするシーンがあるんですけど……。

 このシーンを見た瞬間に、なぜかわからないですけど、『映画監督になりたい』と思ったんです。

 どういう思考回路を経て、そういう決心に結びついたのか、わたしの身に起きたことなんですけど、説明できません。

 とにかく、そのシーンを見た瞬間に『自分は映画監督になる』と思い立ったんですね。

 実は、その映画を見たのは通っていた大学でのことでした。

 映画監督を目指していたわけではないので、わたしは大学で文学系の学科に進みました。

 その講義の一環で『ホーリー・モーターズ』を見たのですが、その場でみんなの前で言ったんです。『わたしは映画監督になりたい』と。

 みんなあっけにとられた感じで『あぁ、いいんじゃない』みたいな反応でした。

 とにもかくにも、この瞬間、わたしは映画監督になることを目標にしました。

 文学系で小説の創作を専攻していたので、なにかを物語ることに興味はあった気がします。

 昔からテレビも好きでしたし、本も好きでした。その影響もあったのかもしれません。

 いろいろと理由はあったかもしれないのですが、とにかくカラックス監督の『ホーリー・モーターズ』が自分の進むべき道を示してくれました。

 大学卒業後は大学院に進んで、そこで映画を専攻しました。

 そこで本格的に映画を学んで、いまに至っています」

「毒親<ドクチン>」より
「毒親<ドクチン>」より

自分はアイドルになれないことは早い段階で気づきました

 アイドルが大好きだったと本インタビューで明かしてくれたが、そこは目指さなかったのだろうか?

「アイドルになりたかった時期もありました。

 ただ、アイドルには向いていないことが、アイドルになることは難しいだろうと早い段階で自分はわかりました。

 自分を客観視して自分はアイドルにはなれないと悟った時点で、残念ではありますが諦めましたね」

自分のほんとうに描きたいことを描いていきたい

 すでに2作目も完成させている。今後はどのような作品を発表していきたいのだろうか?

「自分のほんとうに描きたいことを描いていきたいと思っています。

 自分のオリジナル脚本を自らの手で監督して発表していけたらと考えています。

 まあ、自分がいくらやりたいといっても、企画が通らなければどうにもならないのがこの業界。でも、諦めずにチャンスがきたら必ずものにしたい。

 諦めることなく自分ならではのオリジナル脚本をまずは書き続けようと思っています」

「毒親<ドクチン>」より
「毒親<ドクチン>」より

自分で演出まで手掛けられるオリジナル脚本の執筆を第一に

 脚本の仕事も今後も続けていくのだろうか?

「そうですね。

 まずは自分で演出まで手掛けられるオリジナル脚本の執筆を第一に考えています。

 自ら映画化を考えて書いたものに関しては、脚本を売ったり、誰かに監督を譲ったりといったことはしたくありません。

 ただ、現実問題としてお金を稼がないといけません(苦笑)。

 なので、脚本家としての仕事でお声がかかることがあれば、それにも応えたいと思っています。

 また、なにかの原作を映画化するとなって、監督で声がかかることがあれば、それはそれでチャレンジしたいと思っています」

子どものころから、犯罪スリラーやミステリーが大好き

 どんな作品に影響を受けてきたのだろうか?

「わたしは子どものころから、犯罪スリラーやミステリーが大好きなんです。

 たとえばよく『誰々が謎の死を遂げる。その真相は?』といったようなテレビ番組があるじゃないですか。

 そういう番組がとにかく大好きで、たとえば未解決事件がとりあげられたら、その事件について自分で独自に調べ始めるような子だったんです。

 親から飽きられるぐらい、そういう番組があれば必ずみていました。

 事件の裏表、その人の表の顔と裏の顔とか、そういうところに興味があります。

 そのことが自身の創作にも反映されているといっていいです。

 犯罪ミステリーやスリラーをこれから数多く発表していけたらなと思っています」

(※本編インタビュー終了)

【「毒母<ドクチン>」キム・スイン監督インタビュー第一回】

【「毒母<ドクチン>」キム・スイン監督インタビュー第二回】

【「毒母<ドクチン>」キム・スイン監督インタビュー第三回】

【「毒母<ドクチン>」キム・スイン監督インタビュー第四回】

【「毒母<ドクチン>」キム・スイン監督インタビュー第五回】

【「毒母<ドクチン>」キム・スイン監督インタビュー第六回】

「毒親<ドクチン>」ポスタービジュアル
「毒親<ドクチン>」ポスタービジュアル

「毒親<ドクチン>」

監督・脚本:キム・スイン

出演:チャン・ソヒ、カン・アンナ、チェ・ソユン、ユン・ジュンウォン、オ・テギョン、チョ・ヒョンギュン

公式サイト https://dokuchin.brighthorse-film.com/

全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて(C)2023, MYSTERY PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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