アベノミクスと決別宣言した岸田総理の「異次元の少子化対策」の中身空っぽ
フーテン老人世直し録(684)
睦月某日
岸田総理は4日の年頭記者会見で、「アベノミクス」との決別を宣言し、①「経済の好循環を起動する」、②「異次元の少子化対策に挑戦する」が政権の課題であることを強調した。総理就任後初の去年の年頭記者会見とは様変わりの会見に見えた。
去年はコロナ禍の渦中だったこともあり、会見の大半は「コロナ対策」に充てられ、それ以外に時間を割いたのは「新しい資本主義」の説明だった。ところが「成長も分配も行う」と言うだけで具体性がなく、何をやろうとするのかまったく分からない会見だった。
しかし最大派閥を率いた安倍元総理が不在となった今年、岸田総理は「この30年間、企業収益は伸びても期待されたほどに賃金は伸びず、想定されたトリクルダウンは起きなかった。この問題に終止符を打ち、賃金が毎年延びる構造を作る」と述べた。
「この30年間」と言いながら「トリクルダウンは起きなかった」と言ったのは、明らかに安倍元総理の「アベノミクス」に焦点を当て、それが失敗したとの認識を示したのだ。だから「アベノミクス」と決別し、ようやく自分の考えを打ち出したかに思えたのが「異次元の少子化対策」である。
「アベノミクス」を象徴する言葉が「異次元の金融緩和」だったことから、それに当てつけるように「異次元」という言葉を借用した。前々回のブログで書いたが「異次元の金融緩和」は終焉の時を迎えた。しかし当初は「バズーカ砲」と呼ばれ、猛烈なインパクトを国民に印象づけた。
それを真似するワーディングだと思ったら、岸田総理は小倉少子化担当大臣に指示して政策を作ると言う。フーテンは耳を疑った。「異次元」と言うのなら、担当大臣ではなく総理自らが先頭に立って国民が驚くような政策を打ち出さなければ「異次元」にならない。官僚に政策を作らせるようでは元も子もなくなる。
岸田総理が先頭に立つ姿勢を示さないから、同じ日に小池百合子東京都知事が「0歳から18歳までの子供に月額5000円を支給する」と打ち上げた「少子化対策」にお株を奪われた。メディアは揃って「小池都知事の政策の方にインパクトがある」とそちらを高評価した。
しかし月額5000円を支給するというのはただのバラマキで「少子化対策」でも何でもない。それを持ち上げるメディアのレベルの低さには驚くばかりだ。「少子化対策」と言うのなら、2人の親から2人以上の子供が生まれるようにしなければならない。
少子化対策に成功したフランスの例で言えば、家族手当が支給されるのは0歳から20歳まで2人以上の子供のいる家庭で、子供が1人の家庭には支給されない。当たり前の話である。子供全員に配るのが少子化対策という日本人の思考回路はフーテンにはまったく理解できない。
塩野七生氏が書いた『ローマ人の物語』を読むと、古代ローマにも少子化問題は起きた。ジュリアス・シーザーが蛮族を平定し版図を拡げるまでは、ローマ人の家庭には10人くらいの子供が普通だった。ところが「ローマの平和」が訪れ、生活が豊かになると趣味や娯楽を楽しむ独身女性が増え、少子化問題が起こる。
少子化は国力の衰えに直結するからシーザーの次の皇帝アウグスツスは、独身女性から税金を取った。その税金は結婚して子供を3人産むまで免除されなかった。現代の女性に適用しようとすれば猛反発されるだろうと塩野氏は考えた。
ところが塩野氏が住むイタリアでは、意外にも反発が少ないという。特に専門家はアウグスツスの政策に理解を示すと塩野氏は書いている。それほどに人口減少は国家の危機だと欧州の人たちは考えているのである。
フーテンが少子化問題に注目し、政治の最優先課題であると考えるようになったのは田中角栄元総理との出会いがきっかけだ。ロッキード事件で有罪判決を受けた角栄氏は「自重自戒」と称して自宅に籠っていたが、1984年に秘書の早坂茂三氏から「オヤジは暇を持て余している。『話の聞き役』になってくれ」と頼まれた。
それから1年間ほどフーテンは目白の私邸で角栄氏から様々な話を聞くことになる。角栄氏はある時「家庭に子供が3人以上いないと民族は滅亡する」と言った。フーテンは2人の親から生まれる子供が3人以上いないと人口は増えないという意味かと思ったが、そうではなかった。
子供が3人以上なら必ず兄弟喧嘩が起こるというのである。人間は子供の頃の兄弟喧嘩の中から人間関係を学び取る、それがないと未成熟な大人が増える。そうなれば海千山千の外国勢に日本民族は太刀打ちできないと角栄氏は言った。
では政治はどうするのかと聞くと、「子供が3人以上の家庭は減税だ」と角栄氏は言った。減税で家計を楽にしてやることが少子化対策の基本と言うのだ。フーテンはなるほどと思ったが、そういう話をそれ以来政治家から聞いたためしがない。
次にフーテンが日本政治の最優先課題は少子高齢化対策だと思ったのは、米国の経済学者でケネディ政権のブレーンを務めたウォルト・ロストウ博士の話を聞いた時である。ロストウ氏は日本の政治が見事な決断を下した例を3つ挙げた。
1つは「鎖国」。あの時「鎖国」をしなければ日本はキリスト教国になり、日本の伝統もアイデンティティもなくなっていた。2つ目は「明治維新」。それによって日本は目覚ましい近代化を成し遂げた。3つ目は「戦後復興」で、敗戦からの経済成長は見事だった。
そしてロストウ氏は4つ目として「少子高齢化」を挙げた。世界の中で最速で「少子高齢化」に直面する日本を世界は注目している。なぜならどの国もいずれは直面する問題だからだ。
これまで3回の見事な政治決断を下した日本は、この問題でも必ず世界に範を示すだろうとロストウ氏は言った。しかし現実の日本政治は「少子高齢化」にまともに取り組んでこなかった。
そしてフランスの経済学者ジャック・アタリ氏に「日本人は馬鹿だ」と言われるまでになる。アタリ氏が言うには、日本人に会うと決まって「少子化が大変だ」と言う。では何をやっているかと聞くと「少子化担当大臣を作った」と答える。「担当大臣を作れば少子化が解決できると思うのなら、日本人は馬鹿だ」とアタリ氏は言った。
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