吉本芸人の「闇営業」を生んだ構造的問題──果たして責任はタレントだけにあるのか?
吉本興業の責任は?
2014年に、多数の芸人が反社会的勢力のパーティーに出演していた「闇営業」問題は、事態が大きく進展した。24日になって宮迫博之さん(雨上がり決死隊)や、田村亮さん(ロンドンブーツ1号2号)など、吉本興業とワタナベエンターテインメントの13名の芸人が、金銭を授受していたことが確認され、無期限の謹慎処分となった。なお、組織と直接取り引きをしていたカラテカ・入江慎也さんは、すでに4日の段階で吉本興業との契約を解除されている。
人気芸人も含まれるために大きな注目が集まっているが、報道では個々の芸人の問題とするものが多い。しかし、責任の所在は果たして芸人だけにあるのだろうか。彼らの多くが所属する芸能プロダクション・吉本興業の責任はないのか。
ギャランティ、マネジメント、契約等──構造的にこの一件を捉えると、芸能人と芸能プロダクションの特殊な関係が見えてくる。
マネジメント体制の不備
吉本所属の芸人は、しばしば「ギャラが安い」と口にする。テレビ番組でなかば冗談かのように話すが、これは芸能界まわりで当然のこととして知られている。ピースの綾部祐二さんは、ギャランティの取り分は、タレントと事務所側で1:9の配分だと番組で話したこともある(日本テレビ『ナカイの窓』2014年11月26日)。こうした状況もあって、売れていない芸人はアルバイトなどを余儀なくされる。
加えて表にはあまり出てこない話では、マネージャーが足りていない現実もある。中堅タレントでもマネージャーが複数を掛け持ちしていることは珍しくない。そのため番組制作サイドと連絡がつきにくく、現場で多くの苦労があるという話をしばしば耳にする。らちが明かないので、制作側とタレントが直接メールや電話でやりとりをするケースもあるそうだ。つまり、そもそもマネジメント体制が機能していない側面がある。
こうしたマネージャー不足は、4月に吉本興業が労働基準監督署から是正勧告を受けたことからも確認できる。そこで問題とされたのは、従業員の過重労働(労使協定に反する月50時間以上の残業)や休日勤務手当の未払いだった。4月の段階で吉本興業は、「現在は人員を増やし、労働時間の管理をより厳しくするなど対応を取っている」と報道に答えているが(「吉本興業とアミューズに是正勧告 上限超える長時間労働」朝日新聞デジタル2019年4月15日)、マネージャーの人員不足は明らかだった。
それでも吉本所属の芸人が活躍できているのは、本人たちの自主性によるところが大きい。男性の芸人が多いのでNGT48の一件のようなセキュリティの問題は生じにくいかもしれないが、中堅の芸人でもみずから仕事を作ったり取ってきたりすることがある。だが、今回の「闇営業」がまさにその自主性によるものであれば、吉本側のマネジメント体制の不備が引き起こしたとも言えるだろう。
契約書を交わさない吉本
もうひとつ、今回の一件で所属タレントが口々に、ときに不満げに指摘するのは、吉本興業との契約書が交わされていないことだ。たとえば、近藤春菜さん(ハリセンボン)は入江さんが契約解除された直後に番組でそれについて言及している(日本テレビ『スッキリ』2019年6月7日)。また、今回の一件を大きく取り上げた昨日(25日)の番組でも、千原ジュニアさん(千原兄弟)や高橋茂雄さん(サバンナ)が、契約書が交わされていないと明言している(TBS『ビビット』、フジテレビ『直撃LIVE グッディ!』)。
契約書が交わされていなくても契約そのものは成立するが、今回のようなトラブルが生じた場合、両者が依拠する書面がないので一方的な契約解除や無期限の謹慎処分には問題が生じる可能性がある。吉本興業が反社会的勢力との関係を断ち切るために断固たる態度をとったとしても、そもそも書面を交わしていないために処分の基準が恣意的だと見なされても仕方がない。契約書は、そうした混乱を防ぐためにある。
日本でトップクラスの大手芸能プロダクションでありながら、所属タレントと契約書を交わしていない事実はきわめて不可解だ。過去には、木村拓哉さん(元SMAP)がジャニーズ事務所と契約書を交わしていないと発言して物議を醸したが(テレビ朝日『徹子の部屋』2017年4月28日)、日本の芸能界では昭和の商慣習がいまだに残存しているケースが目につく。
同時に、契約書を交わしていないにもかかわらず、芸能人が事務所を移籍することはそう簡単ではない。もちろん法的には自由だが、現実問題として移籍すれば極端に仕事を失うケースはこれまでしばしば見られてきた。最近でも、新しい地図の3人はジャニーズ事務所との契約解除から半年で地上波テレビの番組をすべて失ったように(「『新しい地図』が地上波テレビから消えていく」2018年3月12日)。
芸能人の移籍制限については、昨年2月に公正取引委員会が独占禁止法の対象とすると声明を出したこともあり、基本的には自由だ。しかし、実際のところそのハードルはまだまだとても高い。
「闇営業」を生じさせた構造
ギャラが低く、マネジメントは機能せず、契約書もなく、実質的に移籍の自由もない──今回の一件はこうした吉本興業の体質によって生じてしまった側面がある。
芸人にとっては、おそらくそうとう不満はあるはずだ。ギャラが低くても事務所移籍はできず、仕事を自分で作っても事務所の対応は遅く、契約書を交わしてくれないのでトラブルが生じると一方的に契約解除をされる──テレビの情報番組に出演する同社所属の芸人は言葉を選んで話しているが、おそらくこうした不満を抱えている。
よって、今回の問題を単に芸人だけに帰責すると、また同様の事案が繰り返されることになる。そもそも2012年にも、吉本所属のタレントがペニーオークションに関する虚偽の内容をブログに書き込んでいたとして問題となった。これも「闇営業」だった。つまり、2014年以前に火種は存在したのだ。
吉本興業は「今後、所属タレントへのコンプライアンス研修の一層の強化を図り……」と発表しているが(吉本興業「プレスリリース」2019年6月24日)、そもそもの構造的な問題が解消されないかぎり、今後も同様の事案は生じうるだろう。
ここでひとつ付け加えたいのは、こうした吉本興業と政府が現在きわめて近い関係にあることだ。4月、吉本興業はNTTとともに教育コンテンツ配信事業「ラフ・アンド・ピース・マザー」を立ち上げると発表した。ここには、官民ファンドであるクールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)から約100億円の出資が予定されている(吉本興業『ラフ&ピースニュースマガジン』2019年4月21日)。タレントと契約書も交わさないような会社に、政府からの多額の資金が流れることとなる。果たしてクールジャパン機構と吉本興業は、ちゃんと契約書を交わしたのだろうか。
ここ3~4年間は、芸能プロダクションの問題が相次いでいる。ジャニーズ事務所のSMAP解散騒動、AKS社のNGT48メンバー暴行被害事件、そして今回の吉本興業の芸人「闇営業」問題と続いている。それぞれはまったく異なるケースであるが、共通するのは芸能プロダクションのガバナンスにかかわる問題であることだ。そこから垣間見えるのは、古い商慣習を見直さず延命させてきた結果として問題が生じている側面だ。つまり、昭和の気分が抜けていない。
芸能界はいつになったら21世紀に適応するのだろうか──。