Yahoo!ニュース

愛のホルモン「オキシトシン」による「オスネコの行動変化」は何を意味するのか? 京都大学などの研究

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 よく愛のホルモン(ペプチド)と表現されるオキシトシンは、ヒトの社会性や親子(母子)関係などの研究テーマで使われる脳内分泌物質だ。ヒト同士、同種間での研究、あるいはヒトとイヌとの関係性でのオキシトシンの研究は多いが、ヒトとネコの間でどのような相互作用があるのか、京都大学の研究グループがその一端を明らかにした。

オキシトシンの作用とは

 オキシトシンは、脳内で作られるホルモン(ペプチド)で、20世紀の初めに出産や母乳分泌などの母子関係での作用が指摘されて以来、人間関係や人間の社会性などの研究が活発に行われてきた。オキシトシンには、不安を鎮め、共感や他者への信頼などを強めることによる母子関係や人間関係への働きのほか、鎮痛作用などがあることもわかっている。

 イヌとヒトとの間の生理学的な相互作用を扱った研究は多いが(※1)、イヌに比べて社会的な動物ではないネコとヒトの間の研究は少なく、その結果もバラバラだ(※2)。サンプルサイズが小さかったり、オキシトシンなどのバイオマーカーの計測スケールが異なるなど限界も多く、また統一した研究デザインもまだない。

 オキシトシンで評価し、イヌとネコを比較した以前の研究によれば、それぞれの飼い主と遊んだ後のオキシトシンの量は遊ぶ前に比べ、イヌでは平均57.2%増加したが、ネコでは12%だった(※3)。飼い主と遊ぶと、イヌはネコよりも5倍近く、オキシトシンを多く出すということになる。

 こんなにヒトから愛されているのにもかかわらず、ネコの行動にはまだ謎が多い。ネコのほうがイヌよりも飼い主と遊ぶことでオキシトシンが出にくいというわけだが、ではオキシトシンを強制的に嗅がせた場合、ネコの行動はどう変化するのだろうか。

オスネコでオキシトシンによる行動変化が

 京都大学などの研究グループ(※4)は、飼い主が男女(29歳から75歳の男性2名、女性28名)のネコ30匹(メス15匹、オス15匹、1歳から12歳、全て去勢・避妊済み)に対し、オキシトシン(1回160IU/mL、IUは生物活性の単位)と生理食塩水(比較群)を鼻に噴霧(ネブライザ使用)し、その行動の変化を比較した。実験は、新型コロナパンデミック中の2021年11月から2022年8月まで行い(総オキシトシン量は約40IU)、ネコの環境変化への影響を考慮して飼い主の自宅で実験を行った(※5)。

 その結果、飼い主への注視時間が増えたのはオスネコで、メスネコにはオキシトシンによる影響の差はなかった。同研究グループは過去研究では、イヌでの研究ではオキシトシンによって飼い主への注視時間が増え、イヌの場合はオスではなくメスで注視時間が増えたという。

 イヌとネコでオキシトシンによる影響に違いが出たわけだが、社会的な動物であり、家畜化されて長い時間が経っているイヌと群れを形成せず、ヒトとの共同行動がないネコとでこうした違いが出たのではないかとしている。また、オスネコで注視時間が増えた理由はわからないが、不安を軽減し、親密な関係を促進するための行動の可能性があると考えている。

 オキシトシンのヒトの脳内での作用は、男女の性差などがあってまだあまりはっきり解明されてはいない(※6)。マウスでの実験では、ドーパミンの報酬回路への影響があるようだが、それがヒトの社会的な関係性にどう影響するのかは研究途上といえる。

 ヒトの場合、オキシトシンは見知らぬ他者との良好な関係で増加し(※7)、愛する自分の配偶者や子どもと関係するときに増加するようだ。だが、オキシトシンは、見知らぬ他者に対しては人種差別などの排他性(自民族中心主義、自文化中心主義など)に強く作用することもあるというネガティブな作用も指摘されている(※8)。

※1:Jillian T. Teo, et al., "Psychophysiological mechanisms underlying the potential health benefits of human-dog interactions: A systematic literature review" International Journal of Psychophysiology, Vol.180, 27-48, October, 2022
※2:Elizabeth A. Johnson, et al., "Exploring women's oxytocin responses to interactions with their pet cats" PeerJ, 9:e12393, doi.org/10.7717/peerj.12393, 12, November, 2021
※3:Benjamin A. Curry, et al., "Oxytocin Responses After Dog and Cat Interactions Depend on Pet Ownership and May Affect Interpersonal Trust" Human-animal interaction bulletin, Vol.2015, Issue2015, December, 2015
※4:服部円、山本真也(京都大学野生動物研究センター)、木下こづえ(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)、齋藤慈子(上智大学総合人間科学部心理学科)
※5:Madoka Hattori et al., "Exogenous oxytocin increases gaze to human in male cats" scientific reports, 14, Article number: 8953, 18, April, 2024
※6-1:Boaz R. Cherki, et al., "Intranasal oxytocin interacts with testosterone reactivity to modulate parochial altruism" communications psychology, 2, Article number:18, 9, March, 2024
6-2:Lin W. Hung, et al., "Gating of social reward by oxytocin in the ventral tegmental area" Science, Vol.357, Issue6358, 1406-1411, 29, September, 2017
※7:Michael Kosfeld, et al., "Oxytocin increases trust in humans" nature, Vol.435, 673-676, 2, June, 2005
※8-1:Carsten K. W. De Dreu, et al., "Oxytocin promotes human ethnocentrism" PNAS, Vol.108(4), 1262-1266, 10, January, 2011
※8-2:Aimone G. Shamay-Tsoory, Ahmad Abu-Akel, "The Social Salience Hypothesis of Oxytocin" Biological Psychiatry, Vol.79, Issue3, 194-202, February, 2016

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事