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イランの極超音速ミサイル「ファッターフ2」と1960年代の液体燃料ロケット巡航ミサイルの類似性

JSF軍事/生き物ライター
イランの公式発表より「ファッターフ2」極超音速ミサイル

 11月19日、イランの新型の極超音速ミサイル「ファッターフ2(Fattah-2)」がテヘランのアシュラ航空宇宙科学技術大学で公開されました。イスラム革命防衛隊(IRGC)の航空宇宙軍の展示会を最高指導者ハメネイ師が視察した際に新兵器として登場しています。

 6月6日に先行して公開されていた「ファッターフ1」の滑空弾頭が砲弾型の形状であるのに比べると、「ファッターフ2」の滑空弾頭は先進的なウェーブライダー形状をしており、技術的に大胆な挑戦をしています。

  • ファッターフ1 射程1400km、速度マッハ13~15 ※砲弾型滑空弾頭
  • ファッターフ2 射程1400km、速度マッハ13~15 ※ウェーブライダー

※イランは欧米を刺激し過ぎないようにミサイルの射程を2000km以下に抑える自主規制をしている。

ファッターフ2

イランの公式発表より「ファッターフ2」極超音速ミサイル
イランの公式発表より「ファッターフ2」極超音速ミサイル

ファッターフ1

イランの公式発表より「ファッターフ1」極超音速ミサイル
イランの公式発表より「ファッターフ1」極超音速ミサイル

滑空体にロケット推進システムを装着したファッターフ

 なお「極超音速兵器」とは大きく分けて2種類があります。HGV(極超音速滑空体、ないし極超音速滑空ミサイル)とHCM(極超音速巡航ミサイル)です。

  • HGV(極超音速滑空ミサイル)・・・弾道ミサイルの推進ロケット部分をブースターとして利用し、弾頭部分を滑空体としたもの。滑空体に推進システムは装着しない。弾道飛行を行わず跳躍飛行を行う。速度はブースターのサイズ次第。
  • HCM(極超音速巡航ミサイル)・・・空気吸入式のスクラムジェットエンジンを装着し、マッハ6~9の極超音速で巡航飛行を行う。超音速巡航ミサイル(ラムジェットエンジン)の進化系。

 ところがファッターフはどちらの分類にも合致しません。弾道ミサイル級の大きなブースターを装着しているのでHGVに近いのですが、滑空体には推進システムが搭載されています。しかしそれは空気吸入式のスクラムジェットエンジンではなく非空気吸入式のロケットエンジンと推定されており、HCMでもありません。

ファッターフ1の滑空弾頭と推進システム:固体燃料ロケット

イランの公式発表よりファッターフ1の弾頭部分。操舵翼にはカバーが装着されている
イランの公式発表よりファッターフ1の弾頭部分。操舵翼にはカバーが装着されている

 ファッターフ1の弾頭の手前に置かれているノズル付きの球形の物体は非空気吸入式のロケット推進システムです。内蔵されている部品の展示と思われます。空気吸入式のスクラムジェットではありません。

※2023年11月21日訂正:執筆当初は球形の物体を液体燃料ロケットと推定していましたが間違っていて、実際にはこれは球形固体燃料ロケットモーター(spherical solid-fuel rocket motor)である可能性が高いと考えられます。人工衛星の軌道投入に使われる上段用のキックモーターの流用です。

参考:What we know about the "Saman-1" kick-stage for the Simorgh IRILV | Norbert Brügge

ファッターフ2の滑空弾頭のスケルトンモデル:液体燃料ロケット

イランの公式発表よりファッターフ2の弾頭部分のスケルトンモデル
イランの公式発表よりファッターフ2の弾頭部分のスケルトンモデル

イランの公式発表よりファッターフ2の弾頭部分のスケルトンモデル
イランの公式発表よりファッターフ2の弾頭部分のスケルトンモデル

イランの公式発表よりファッターフ2の弾頭部分のスケルトンモデル
イランの公式発表よりファッターフ2の弾頭部分のスケルトンモデル

 ファッターフ2の弾頭部分のスケルトンモデルから判明することは、ラバール・ノズル(収縮拡大ノズル)なのでロケットエンジンであること、液体燃料用と推定されるタンクを2個搭載していること(山吹色のタンク2個がぞれぞれ液体燃料の推進剤と酸化剤のタンクと推定、その前方の小さな黄色のタンクは液体燃料を押し出す高圧ガスのタンクと推定)、滑空体に空気吸入孔が見当たらないことなどです。これも空気吸入式のスクラムジェットではありません。

半世紀以上前の液体燃料ロケット搭載の巡航ミサイル

 実は半世紀以上前の1960年代に液体燃料ロケットエンジンを搭載した非空気吸入式の超音速巡航ミサイルが登場したことがあります。ソ連のKh-22巡航ミサイルやイギリスのブルースティール巡航ミサイルなどです。Kh-22は最大速度マッハ4以上を発揮し、あと一歩で極超音速(マッハ5以上)に達する寸前の超音速の巡航ミサイル、ソ連式の言い回しでは有翼ミサイルでした。

 しかしこの種の液体燃料ロケット巡航ミサイルは時代の主流にはなれず、直ぐに廃れて後続の採用は途絶えてしまいます。Kh-22だけは長期に渡って今もなお現役でありロシアでは改良型のKh-32も作られましたが、完全新規の同種のミサイル開発は何処の国も行いませんでした。

 イランのファッターフ2はこの半世紀以上前の旧式技術である液体燃料ロケット巡航ミサイルが現代に蘇ったものではないでしょうか? しかし巡航ミサイルとしての復活ではなく、滑空ミサイルの亜種として生まれ変わったものかもしれません。

 かつての1960年代の液体燃料ロケット巡航ミサイルは航空機に搭載する空中発射式で、液体燃料ロケットエンジンは初期加速用の大きな主燃焼室と巡航用の小さな副燃焼室の2つを持つ型式でした。これに対しファッターフは弾道ミサイル級のブースターを持つので初期加速はこれで済ませるので、液体燃料ロケットエンジンの燃焼室は1つだけです。

 イランはおそらく技術的にスクラムジェットエンジンを作る目途が全く立たなかったのでしょう。一方で推進システムを持たない純粋なHGV(極超音速滑空体)として作らなかった理由はよく分かりませんが、滑空のみでは制御が難しい(無理な機動を行わせると失速して墜落してしまう)のを嫌って、推進システムを搭載することで確実に急激な機動を可能にしたかったのかもしれません。

関連:ウクライナ軍がKh-22巡航ミサイルの撃墜に成功(2022年5月31日)

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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