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どうするコロナ禍のインフルエンザ対策 合併症リスクの高い小児、遅れずにワクチン接種を

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(写真:アフロ)

急に気温も低くなり、私が住んでいる信州もすっかり秋です。熱中症の話をしていたのに、気づいたらもうインフルエンザワクチンが話題になる季節になってきました。

今年、南半球ではインフルエンザの流行は非常に穏やかであるようです。新型コロナウイルス感染症対策が功を奏している可能性も十分にありますが、新型コロナウイルスのために病院が十分に対応できず、インフルエンザの患者も自宅療養しているため過小評価されている可能性も指摘されています(1)

したがって、日本での今年のインフルエンザ流行がどうなるのか、まだはっきりしたことは言えないと思います。

私の専門は小児救急ですが、小児科医としてインフルエンザは避けて通れない話題です。保護者の皆さんの中には不安な方もいらっしゃるでしょう。そこで今回はインフルエンザの話をしたいと思います。

本稿ではインフルエンザの基本的な情報や予防対策、新型コロナウイルスとの比較、ワクチン接種の重要性、そしていざというときの受診の目安についてまとめています。皆さんのご参考になれば幸いです。

乳幼児のインフルエンザは重症化のリスク

インフルエンザはどんな病気かなんて、今更説明するまでもないくらいご存じの方も多いと思いますが、簡単にまとめたいと思います。

この病気はおもに冬に流行する感染症で潜伏期間は1~4日です。小児科医として強調したいのは、乳幼児は重症化のリスクがあり、日本の脳炎のもっとも多い原因であることです。5歳未満の子ども、特に2歳未満や基礎疾患のある児ではインフルエンザによる合併症(肺炎や脳炎など)リスクが高いとされています(2)

症状は発熱やだるさ、のどの痛みですが、一旦解熱後再び発熱し、その後解熱に至ることもあります(二峰性発熱と言います)。検査としては迅速抗原検査がありますが、発症後12時間以内では必ずしも正確な結果が出ないこともあり注意が必要です。

治療の基本は安静とこまめな水分補給で、抗ウイルス薬(タミフルやイナビル)は発熱後48時間以内の服用で1~2日早く熱を下げますが、重症化や脳症の予防はできないとされています。

予防の基本は新型コロナ対策と同じ

予防の基本はこまめな手洗いとアルコール消毒です。インフルエンザも新型コロナウイルス同様に飛沫感染と接触感染で感染が広がりますので、新型コロナウイルス対策はインフルエンザ対策にもなります

一方で、新型コロナウイルス対策にはなく、インフルエンザ対策にあるもの。それはワクチンです。インフルエンザワクチンは生後6か月以降で接種でき、接種2週目から約5ヶ月間効果があるとされています。新生児は接種できませんが、妊婦さんに接種することで、生まれてくる新生児も守られるという報告があります(3)

日本で推奨されている接種回数は12歳以下で2~4週空けて2回、13歳以上で1回です。

インフルエンザの予防はワクチン接種が大切

インフルエンザの予防について、アメリカ小児科学会は次のように述べています(2)

・インフルエンザ感染率が最も高い小児のリスクをワクチン接種で軽減することで、他の世代への感染をコントロールできる

・5歳未満の子ども、特に2歳未満や基礎疾患のある児はインフルエンザによる合併症リスクが高い

海外でも小児のワクチン接種の重要性やリスクの高さが知られているのが分かります。

インフルエンザと新型コロナウイルスは区別できるの?

さて、駆け足でインフルエンザについて振り返ってみましたが、コロナ禍の今年はインフルエンザ診療を取り巻く状況も例年と異なります。その最大の理由は、発熱したときにインフルエンザなのか新型コロナウイルス感染症なのか、区別が難しい点にあります

ウイルス排出期間や無症候感染の期間など、2つのウイルスはかなり異なる特徴を持っていますが、肝心の症状ではなかなか見分けがつきにくいです

特徴的な症状として、インフルエンザでは突然の発熱、新型コロナウイルス感染症では味覚障害や嗅覚障害が挙げられていますが、小児では味覚障害/嗅覚障害は少なく、両者の区別として用いるには不十分です(5)

迷ったら同時に検査すれば良い、と思われるかもしれません。確かにインフルエンザと新型コロナウイルスを同時に検査できる抗原キットも開発されていますが、数は限られています。インフルエンザの迅速抗原キットは年に2000~3000万キット生産されるようですが、新型コロナウイルスの検査はそこまでの数はできないため、対応に工夫が必要です(4)

一方で周囲の流行状況は参考になりそうです。新型コロナウイルス感染症では小児の患者発生の多くが園や学校/同居者を発端とした濃厚接触スクリーニングで発見されています(4)。毎年流行しているインフルエンザの診療でも、学校などでの流行状況は診療上大変参考になる情報となります。

いずれにしても、コロナ禍でのインフルエンザはやっかいなことは間違いなく、インフルエンザに対する予防をしっかりと行う必要があります。

「重症化予防」は「高熱予防」という意味ではありません

外来や子育て講座で、「インフルエンザに対する重症化予防のためにもワクチン接種を」と勧めると、「本当に効くんですか?」と聞かれることがあります。インフルエンザ自体が軽症で治ることも多いこと、年によってワクチンの効果も変動することから、ワクチンを接種しても効果があるのか疑問に思われている方もいると思います。

この説明をする前に知ってほしいのは医療者と非医療者の間での「重症」の捉え方の違いです。一般の保護者の方に聞くと「40度の熱が出ることが重症、37度台は軽症」と熱が高いかどうかで捉えている方は少なくありません。私達医療者にとって、重症とは「入院や集中治療など、場合によっては命に関わる状況」を指しています。

今回は後者の「重症」化予防についてお話ししたいと思います。

インフルエンザワクチンは重症化予防に有効

2020年の研究では、生後6か月から17歳までの子どものインフルエンザ関連の入院に対するワクチンの効果を調べるために28本の論文をまとめ、ワクチンの有効率(Vaccine Efficacy)を約58%と報告しました(6)。これは、ワクチンを接種していなければ100人だったインフルエンザ入院が42人で済むという意味で、小児では予防接種が入院を避けるのに有効であると結論づけています。なおこの研究の中で、小児において1回接種での有効率は34%だが、2回接種で62%に上昇したとも述べられており、小児はやはり2回接種が望ましいと考えます

別の研究ではICUにインフルエンザで入院した児とそうでない児を比較し、ワクチン接種でICUの入院リスクが1/4になったと報告しています(7)

先ほど紹介した米国小児科学会の声明(2)にも、インフルエンザによる死亡に関する記載があります。それによると2019年の米国では、インフルエンザ関連で亡くなった生後6か月以上の小児141名のうち、ワクチン未接種は104名(74%)、ワクチン接種済みは37名(26%)だったとしています。

このように多くの研究で、インフルエンザワクチン接種には小児のインフルエンザの重症化を防げる可能性があるとしているのですね

10月に入ったら乳幼児も遅らせずインフルエンザの予防接種を

しかし厚労省は先日、次のような通達を出しました(8)

・インフルエンザワクチンは10/1-10/25は定期接種対象者(65歳以上の方等)に接種し、それ以外の方は10/26まで接種をお待ちいただく

・10/26以降に医療従事者、65歳未満の基礎疾患のある方、妊婦、乳幼児(生後6か月以上)~小学校低学年(2年生)の方で希望される方に接種

小児科医の立場としては、これまでお伝えしたように小児(特に乳幼児)はインフルエンザによる合併症リスクが高く、本来ならばもっとも優先して接種されるべき対象と考えております。

この件が発表されると多くの小児医療関係者がインターネット上などで反論し、日本小児科医会も声明を出しました(9)。その中で、乳幼児~小学校低学年もインフルエンザのリスクが高いこと、乳幼児は脳症のリスクも高いことに触れ、小児の優先度も高いと強調しています。高齢者だけを優先するのではなく、小児への接種時期を一律に遅らせてはならないと言っているのですね。

コロナ禍で、何となく病院には近づきたくない、できることなら受診したくない、という保護者の方もいらっしゃいます。お気持ちは理解できます。ただ、新型コロナウイルスのワクチンはまだありませんが、インフルエンザは既にワクチンがあり、対策を立てることができます。予防接種に関しては延期せず、タイミングを逃さずに接種していただければと考えています。小さなお子さんがいらっしゃる方は、10月に入ったらインフルエンザの予防接種を始めるよう、改めてお勧めしたいと思います。

いざというときの受診の目安は?

なお、最後になりますが、いざというときの受診の目安を4つまとめました。

・呼吸が苦しい

・水分が摂れない

・ぐったりしている

・元気だが原因のはっきりしない発熱が3~4日以上続いている

です。

子どもは感染症を繰り返します。新型コロナウイルス感染症以外にも様々な感染症にかかる可能性がありますので、あてはまる症状があれば、早めに医療機関に受診してくださいね。

(2021.9.28 図表を一部修正(削除)しました)

参考文献:

(1)JAMA. 2020;324(10):923ー925.(PMID:32818229)

(2)Pediatrics.2020;146(4).e2020024588.

(3)NEJM. 2008;359(15):1555-64.(PMID:18799552)

(4)一般社団法人日本感染症学会提言「今冬のインフルエンザとCOVID-19に備えて」(2020-9-27参照)

(5)日本小児科学会:新型コロナウイルス感染症に関するQ&A(2020-9-27参照)

(6) Vaccine. 2020;38(14):2893-2903.(PMID:32113808)

(7) J Infect Dis. 2014 ;210(5):674-83.(PMID:24676207)

(8)厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部.今冬のインフルエンザワクチンの優先的な接種対象者への呼びかけについて( 2020-9-27参照)

(9)日本小児科医会公衆衛生委員会.「今季インフルエンザワクチン優先接種順に関する日本小児科医会の解釈」( 2020-9-27参照)

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児科学会広報委員、日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞、21年「上手な医療のかかり方」大賞受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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