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BTS新曲『Black Swan』 5分30秒の映像から読み解くグループの進化と深化

桑畑優香ライター・翻訳家
年末にはNYでパフォーマンスを披露したBTS。新アルバムではさらなる高みに挑む。(写真:REX/アフロ)

ダンサーは2度死ぬ――1度目は踊ることを止めたとき。その最初の死のほうが、さらに苦しい

出典:マーサ・グレアム

2月21日にアルバム『MAP OF THE SOUL:7』をリリースするに先駆け、『Black Swan』を発表したBTS。アートフィルムという異例の形で公開された映像の冒頭には、TIME誌で「20世紀を代表するダンサー」と評されたモダンダンスの開拓者、マーサ・グレアムの言葉が映し出される。

スロベニアに拠点を置くMNダンスカンパニーによるアートフィルム。パフォーマンスに込められた世界観とは――。

アルバム『MAP OF THE SOUL:7』のモチーフとなった『ユング 心の地図』(マレイ・スタイン著・青土社)を翻訳した元青森県立保健大学教授の入江良平氏に読み解いてもらった。

入江氏は、『Black Swan』の全体像についてこう語る。

「『Interlude : Shadow』の後、『Black Swan』を見ると、後者は前者の続きという風に感じられました。『Shadow』は対立物の結合に続く個体性消滅と祝祭とともに終わりました。(参考:入江氏による『Interlude : Shadow』分析記事 「【前編】ヒーロに宿る影の謎」「【後編】“2人のSUGA”の謎」)

このアートフィルムは、そこでは暗示されるだけだった『死にも等しい停滞』から始まるように思えたのです。そしてフィルム全体を見ているうちに、脳裏に浮かんだのは錬金術書『哲学者たちの薔薇園』の中の二枚の図版でした。(ここで錬金術の説明はできません。興味のある方はご自身で調べていただくことにして、ここでは錬金術には豊富な象徴的イメージがあって、それらは私たちが生きる人生の深層、その舞台の楽屋裏で起こっていることを表しており、そのイメージが生のある種の側面に独特の照明を当ててくれるということだけ述べておきます)

このアートフィルムの鍵となるのはニグレド(黒)、そして魂の天への上昇です」

ここからは映像とともに、入江氏の分析を紹介していこう。(〔   〕内の数字は、アートフィルムのタイムコード)

「まず注目すべきはダンサーたちの衣装です。黒服に身を包んだダンサーのなかに、1人だけ上半身裸の人がいます。上半身裸の人は『私=自我』で、残りは『ニグレド』というふうに僕は考えます。

『ニグレド』(nigredo)はラテン語で『黒』を意味します。錬金術では、《対立物の結合》のあと訪れるエネルギー停止の状態です。『薔薇園』の第六図版が表すこの状態について、ユングは『水は大いなる深みへと達し、波も流れもない、よどんだ池ができる』と書いています。(ユング『転移の心理学』林道義・磯上恵子訳、みすず書房, p.120)」

『哲学者たちの薔薇園』第六図版(Rosarium Philosophorum, Frankfurt, 1550より)
『哲学者たちの薔薇園』第六図版(Rosarium Philosophorum, Frankfurt, 1550より)

5分30秒にわたるパフォーマンスに登場するのは、BTSのメンバーの数と同じ7人のダンサーたちだ。後ろ姿の上半身裸の人物つまり「自我」が、まるで翼のように両手を広げてくねらせると、クラシック調の重厚なサウンドが静かに流れ始める〔0:58〕。両脇から手を延ばす黒服の人々。上半身裸のダンサーは倒れ、黒服のダンサーたちに足で押さえつけられる。

映像に重なるのは、こんな歌詞だ。

What’s my thang tell me now

音楽を聴いても

心臓が高鳴ることはない

まるで時間が止まってしまったかのようだ

Oh that would be my first death

「ニグレドは人格化されて6人の黒服のダンサーになっています。自我はニグレドに絡みつかれ、押さえつけられ、翻弄されるままになっています。エネルギーが枯渇していて、自分が何をやりたいのか全然わかりません。音楽を聴いても心臓はときめかない。これが、映像の冒頭のマーサ・グレアムの言葉にある『1度目の死』。つまり、物質的な肉体は死んでいないけれども、心は死んでいる。『死にも等しい停滞』です」

〔2:07〕

「すべての光が沈黙する海」という歌詞とともに床から光の筋が差し込み、ダンサーたちを囲む。まるで四角い檻のように。自我は逃げ出そうともがくけれど、ニグレドの執拗な抱擁から逃れることができず、引き戻されてしまう。

しかし、Deeper〔2:46〕と歌う部分で変化の兆しが現れる。ニグレドは『自我』を抱え上げ、歌は続く

緊張が抜けていく

いやだ、俺を放してくれ

自分の足で歩かせてくれ

ニグレドたちは、『自我』を高く抱え上げて回転させる。

俺は自分自身の内面に向かう

という言葉とともに『自我』は地面に降り、そして

もっとも深い深みへ

で光線の檻の外に出て、檻は消滅する。〔2:56〕

俺は自分自身を見た

俺はゆっくり目を開く

俺は仕事部屋にいる、俺のスタジオだ

『自我』は我に帰る。それまで自分がどこにいるかもわからないような暗闇にいたのだ。ニグレドは再び彼に飛びかかり、担ぎ上げる。

暗い海、激しい波が発作のように寄せては返す

しかし『自我』はすぐにその抱擁を逃れ、ニグレドに対峙する。

だがもはや波に攫われたりしない、絶対に

内面で俺は自分自身を見る、自分自身だ

そうして再び心臓の鼓動が蘇り、自我はステージの外に向かって走り出す。

〔3:13〕

心臓の鼓動が耳に響く

bump bump bump

両目を開いて俺の森へ

jump jump jump

なにものも俺を飲み込めない 

俺は激しく叫ぶ

階段を駆けだしステージの下まで降りていく。

「内面へ目を向けることによって、状況が変化します。『自我』はニグレドの抱擁から脱出し、内面の深みを覗き込み、そこで自分自身と出会う。心臓が再び動き出す。ここからのダンスには武術のような趣があります。ニグレドとの対決です。『両目を開いて俺の森へ』〔3:18〕。森は無意識の象徴です。自分自身の無意識へ、自分自身の深みを目指し、階段を駆けだしてステージの下まで降りていくのです〔3:51〕」

階段の下に、再びニグレドが現れる〔4:06〕。ニグレドは自我を捕えようとするが、力強く振り払うように踊り続ける。

「この箇所の歌の内容は、前半と同じです。『すべての光が沈黙する海…』しかし、ニグレドのなすがままだった前半とは全く違います。ダンスは武術、ほとんど合気道です。ニグレドは『自我』を抱え込もうとしますが、彼はそれをはねのけ、次々と投げ飛ばします。やがて『自我』とニグレドの動きが同調していきます。『自我』はニグレドと和解したのです」

そして、最後は6人のニグレドに抱えられて高く掲げられ、自我は目線を上に、天を目指すかのように羽ばたく。〔5:10〕。

「この最後の場面は、『哲学者たちの薔薇園』の第七図版とよく似ています」

『哲学者たちの薔薇園』第七図版(Rosarium Philosophorum, Frankfurt, 1550より)
『哲学者たちの薔薇園』第七図版(Rosarium Philosophorum, Frankfurt, 1550より)

「図版のキャプションには『魂の抽出、すなわち懐胎』と書かれています。結合の後のニグレド状態のまま棺の中に横たわる両性具有の体から魂が抜け出して天を目指して飛翔します。

これはまだ『死の停止状態』からの復活そのものではなく、その前段階です。『薔薇園』では、この後、下の両性具有のところに天から雫が落ちてくる第八図版、天から魂が降りてきて両性具有の体に入る第九図版と続いて『新たな誕生』となります。

BTSの最新アルバムがこの順序で進んでいって、最後に『Outro: Ego』における新たな出発と続くと面白いのですが、ま、そう都合よくはいかないでしょう。何れにせよ、このあと、アルバムがどんな風に展開するのかが楽しみです」

『Interlude : Shadow』と『Black Swan』を読み解いた後、入江氏はこう語った。

「それにしても、BTSはやはりスゴイのかもしれません。昔は、ポップソングといえば、『あの子に首ったけ』のような恋の歌が主流でした。しかしBTSは前作のアルバム『MAP OF THE SOUL:PERSONA』でもそうでしたが、ポップソングに形而上学的なものを持ち込んだのですね。

私にとって形而上学とは人間を超えた世界へのまなざしです。人間が直接知ることができるのは『今とここ』だけです。しかし『今とここ』は『永遠と無限』を背景にしてのみ可能なのです。BTSの歌にはそれを予感させるものがあります。BTSとユングの繋がりも、そこに由来するのかもしれません。

ユング心理学にも『今とここ』の向こう側へのまなざしがあります。『ユング 心の地図』の最終章は『時と永遠について』と題されています。解説書をこんな章で締めくくれるのはユング心理学だけでしょう」

(『Black Swan』のアートフィルムを見るBTS。Jiminは「理解するのがちょっと難しいかもしれないけれど、感情をうまく表現しているのでファンの人はすぐにわかるのでは」と言い、RMは「アルバムの全体像が明らかになれば、意味がはっきり浮き彫りになるはず」と語る)

ライター・翻訳家

94年『101回目のプロポーズ』韓国版を見て似て非なる隣国に興味を持ち、韓国へ。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画レビューやインタビューを「現代ビジネス」「AERA」「ユリイカ」「Rolling Stone Japan」などに寄稿。共著『韓国テレビドラマコレクション』(キネマ旬報社)、訳書『韓国映画100選』(クオン)『BTSを読む』(柏書房)『BTSとARMY』(イースト・プレス)『BEYOND THE STORY:10-YEAR RECORD OF BTS』(新潮社)他。yukuwahata@gmail.com

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