“2人のSUGA”の謎 BTS『Shadow』を『ユング 心の地図』翻訳者入江良平氏が分析【後編】
1月10日に公開されたBTSの新曲『Interlude : Shadow』。ミステリアスなカムバックトレーラーの映像は、果たして何を示唆しているのか。
アルバム『MAP OF THE SOUL :7』のモチーフとなっているのは、スイス在住のカナダ人でユング派分析家のマレイ・スタイン氏が著した『JUNG’S MAP OF THE SOUL:AN INTRODUCTION』だ。邦題は、『ユング 心の地図』(青土社)。
同書を翻訳した元青森県立保健大学教授の入江良平氏によると、『Interlude : Shadow』のカムバックトレーラーは3つのパートに分かれるという。
1.ロックスターへの道を歩みだす前
2.ロックスターへの道に歩みだし、黒衣の人々に追跡され、手の届かないところへと上昇していく
3.対立物(上の自分と下なる自分)の結合と個別性の祝祭の中への埋没
1~2は「ヒーローに宿る影の謎 BTS『Shadow』を『ユング 心の地図』翻訳者入江良平氏が分析【前編】」をご参照いただき、ここでは最終章に当たる3について入江氏の分析を紹介する。(〔 〕内の数字は、カムバックトレーラーのタイムコード)
3.対立物(上の自分と下なる自分)の出会いと結合〔1:25~〕
長く続いた2度目のブレークスルー〔1:33~1:53〕が終わり、SUGAは歌い終わると上方を見上げて目を閉じる。すると、画面は〔0:28〕に登場したのと同じ、白い廊下を映し出す。白い服は「デビュー前の、まだ色がついていない状態」。「スターになりたい」と願っていた時代の回想を繰り返す。
〔2:06〕
暗転後、ステージはダークな赤に切り替わる。デビュー初期のアルバムタイトル『O!RUL8,2? 』の文字が歪んでは消え、王冠が浮かびあがるなど、激しいグラフィティーに彩られる。
「全体が赤と黒の地獄的な色調に染め上げられています。ステージの上のSUGAもだいぶ地獄的な雰囲気を漂わせていますが、まだ個人的な『私』という感じがあります。しかし次には“ステージの下のSUGA”が現れます〔2:16〕」
このSUGAは群衆と混じり合う。無数の人々が彼の周囲にひしめき無数の手がスマホのカメラを彼に向けている。
俺はお前、お前は俺、わかったか
お前は俺、俺はお前、わかったか
俺達はひとつだ、ぶつかることもある
お前は俺を引き離せない わかったか
“下のSUGA”は、黒い群衆の中をぬってステージの方向に歩いてゆく。そして、ステージに腰かけて見下ろす“上のSUGA”と、8の字で結ばれる〔2:46〕
カムバックトレーラーの最後のシーン。スマートフォンを向ける黒衣の人たちに囲まれ、“上と下が結合したSUGA”はこう歌う。
俺達はひとつだ、ぶつかることもある
俺達はお前で 俺達は俺だ わかったか
「もはや私(俺)と影(お前)の一体性だけではありません。俺(I)、俺達(we)、お前(you)、その全てが溶け合っています。これは個別性が消滅する祝祭、ヘルマン・ヘッセが『荒野のおおかみ』で書いている祝祭の場面です」
「個体性の消滅、群衆の中への溶解、この結合がもたらすのは、差し当たっては「死」と「停滞」です。ユングは書いています」
黒い群衆の中で、消えるSUGA。そして画面はブラックアウト――。
「錬金術のシンボリズムでは対立物の結合の後に来るのはニグレドです」と入江氏は説く。「ニグレドとは、ラテン語で『黒』のこと。錬金作業の中の黒い段階を意味します。ユングの言葉にあるように、それはエネルギーの停止状態です。SUGAや群衆の黒服はそれを暗示しているのかもしれません」
そしてこの漆黒の憂鬱は、『Interlude : Shadow』の次に公開された新曲『Black Swan』につながっていくのではないか、と入江氏は言う。