松坂大輔は来季も米国で投げる。1年ぶりの握手の後、掌の感触が、語ったこと。
メッツの本拠地で迎えた公式戦最終戦
救援登板も厭わなかった
9月29日、メッツの本拠地シティフィールドで、行われた公式戦最終戦(対ブルワーズ)。2−1で逆転勝ちしたメッツナインが、試合終了後、マウンド上で勝利のハイタッチを交わした顔ぶれの中に、背番号「16」は、いなかった。ひとしきり、選手がダグアウトの裏に消えた頃、松坂は右中間ブルペンから、出てきた。初秋の日差しが降り注ぐ。まだトレーナーを着込んだまま。どうやら、肩はつくらなかった様子。試合途中からブルペンで待機した今季最終戦。出番はなかったが、来季への確かな手応えを感じながら、松坂のメジャー7年目が終わった。
「延長になった時に限り、1イニングでも、2イニングでも、投げて欲しいと言われていました。最後は、心の底から勝ち越せと思っていましたよ(苦笑)」
ロッカールームで取材陣に囲まれた松坂は、茶目っ気たっぷりに言った。25日のレッズ戦で、今季最高の内容で3勝目を挙げた登板から、中3日。せっかく今オフのFA市場に好印象を残したのに、無理して投げて、万一、打たれでもしたら、印象が悪くなるのでは…という、おせっかいな心配を他所に、本人は「投げても投げなくてもどっちでもいいです」と言ったらしい。
「もしかしたら、9月でシーズンが終わっていたかもしれない中で、メッツに拾われて、1ヶ月間野球ができる時間を貰ったのは、非常にありがたかったし、メッツに、感謝しています。幸い、こういう形でシーズンが終われて、本当に良かったです」
甦る1年前
あれから約1年が経っていた。昨年の10月3日。レッドソックスとの6年契約の最終年だった昨年の公式戦最終戦は、敵地ヤンキースで迎えた。プレーオフ進出にマジック「1」と迫ったヤ軍は、先発の黒田が16勝。一方、松坂は三回途中KOで、7敗目。降板の際にペドロイアら内野陣に肩を叩かれ、慰められる姿をみるのは、切なかった。試合後「残れるものなら残りたいけれど、その可能性は限りなくゼロに近いと思う」と、冷静に現実を直視していた松坂。93敗目を喫して静まり返ったクラブハウスで、律儀にも、担当記者1人1人と握手をしていた姿が印象に残っている。
「好きな事をやらせてもらっているんですけど、嫌いにはなりかけましたね」
自らを「投げていないと死ぬマグロ」と例え、33歳の今でも“野球小僧”の風貌が消えない男も、野球への情熱は萎えかけた。「今までに経験したことのない1年」(松坂)。昨オフは、願ったメジャー契約が出来ず、招待選手での春季キャンプ参加。ふくらはぎ痛などで調整が出遅れ、渡米7年目で初めてマイナーで開幕を迎えた。3Aでも度重なる故障と怪我。全米屈指の超高級ホテルに宿泊する大リーガーと違って、コインランドリーが完備しているようなビジネスホテルに滞在しながら、5、6時間はザラというバス遠征。故障が癒えて、夏場以降3Aの結果が安定しても、皮肉なことにイ軍の先発ローテ陣は好調で、お呼びは掛からなかった。何より辛かったのは、なかなか、自分が思い描く投球ができなかったことだろう。かつての豪腕がその陰を潜め、松坂はもう終わりか、という内容の記事が日米のメディアに躍った。
「最後の2ヶ月くらいはどんな形になっても、悔いだけは残したくないと思っていましたね。悔いを残したくないから、クリーブランドを離れる決断をしましたし。そこで終わってしまえば、それはそれまでだと思っていた。それは、それで、自分も納得していたと思う」
松坂は、腹を括ったのだ。理想の形ではないと十分承知の上で、カーブを多投したのも、ソックスを膝まで上げたクラシックスタイルに変えてみたのも、何かを変えたい、きっかけをつかみたい、そんな思いからだったのだろう。
確かな手応えと、取り戻した自信
「来年にむけてやることは明確に分かっている。少し休んだあと、すぐトレーニングを初めて、なるべく早くチームが決まってくれることを待つ形ですけど。去年よりは、少しは来年にむけての希望が持てると思っています。やっぱり、今の姿には納得できないので、もう1度、球威だったりスピードだったりを取り戻すことを考えながらトレーニングすると思う」
シーズンが終わって、身分はFAになった。現時点で、来年の事は白紙だ。だが、私物を段ボール箱に片付けながら、雑談する松坂の表情には、すっきりと落ち着いた清々しさがあった。アルダーソンGMからも声を掛けられた。球団は、翌30日に「ウチには、彼のようなベテランが必要。必ず獲得リストに入るだろう」と、残留を希望するコリンズ監督との契約の2年延長を発表。追い風は吹いている。メッツかどうかの確証はないにせよ、少なくとも、来年も、この国のどこかで、投げているだろうということが、確信できた。最後に、松坂は顔馴染みの記者たちと、1人1人と握手を交わした。掌に残った感触は、全く違う、1年ぶりの握手だった。