【河内長野市】特別公開は今日と明日!皇女八条院の庭、高向の「ぐるっとまちじゅう博物館」に行ってみた
高向(たこう)と言って最初に思い浮かぶのは、道の駅くろまろの郷(さと)ではないでしょうか?それに加えて、花の文化園、木根館(きんこんかん)、あるいはふるさと歴史学習館といった施設が近くにあるので、セットで回ることができますね。
また歴史という視点から高向を見れば、聖徳太子の時代に活躍した高向玄理(たかむこ の くろまろ)。つまりくろまろ君やくろまろの郷のモデルになった偉人が思いつくかもしれません。
しかし、高向の地は皇女八条院(はちじょういん)の庭、つまり、かつて八条院が所有する高向庄という荘園だったという歴史もあります。
河内長野市では町全体を博物館に仕立て上げた「ぐるっとまちじゅう博物館」というイベントを毎年実施していました。今回、3年ぶりに行われ、高向庄が取り上げられることになり、目玉は、普段非公開のお堂の中にある文化財が特別に間近で見られます。
これまでのイベントは1日開催が多かったのですが、今回の「ぐるっとまちじゅう博物館」は、11月25日金曜日から27日日曜日まで3日間開催されるということだったので、昨日初日に高向庄を歩いてみました。
事前に入手したチラシをもとに、地図でどのあたりかあらかじめ確認しました。これでどう回ると効率が良いかと思ったところ、まずは下高向バス停からふるさと歴史学習館を経由して、高向神社方面に行くのが良いと判断し、その順番で歩いてみました。
なお丸で囲った数字は回った順序ではなく、チラシに割り振られていた番号です。
高向の会場に行くために、河内長野駅から滝畑ダム行きのバスに乗りました。平日なのに予想以上に多くの人が乗っていて驚きました。
この路線は今回のイベントとは別に、道の駅くろまろの郷に行く人や関西サイクルスポーツセンター、終点の滝畑ダムからは岩湧山登山口もあるので、人気が高いようです。
ということで席に座れず立って移動しました。
下高向バス停で下車しました。いよいよ高向庄の散策が始まります。
下高向のバス停です。梅の季節になったらきれいですね。
梅林左側の坂を上ると、すぐに地蔵堂がありました。このあたりには似たようなお堂が多く、当初ここが「④次ノ山観音堂」と勘違いしました。
次ノ山地蔵堂に安置されている地蔵菩薩は、独特の表情をしていますね。菩薩に可愛いとは失礼かもしれませんが、そんな気がしました。
しかし、イベントちらしを読むと建物内部に飛天が描かれているということで、目の前のお堂とは明らかに違うようです。近くに「観音堂」というところがあり、そちらのほうではないかと向かってみました。
この道をまっすぐ歩くと、建物の前に数名の人が立っているのが見えてきました。その建物こそが「④次ノ山観音堂」だったのです。
今回公開されている7つのスポットにはこのような幟があります。先ほどの地蔵堂には誰もいないし、目印もないからから不思議には思っていました。もし位置関係が解らなくなったらこの幟を目指しましょう。
こちらにウォーキングマップが置いてありました。これを見ながらだとポイントになるところの写真があり、わかりやすいですね。高向庄ウォーキングを始めたら早い段階で手に入れましょう。
なお基本的に今回特別に公開されている文化財は、ここに限らず原則撮影不可です。気になる方は、今日か明日の2日間の間に直接見に行ってください。
こちらが「④次ノ山観音堂」です。歴史や文化財の説明が書いた紙も置いてありました。
お堂の中に入ると、まず中央には厨子入木造十一面観音立像、厨子入木造聖観音菩薩立像、厨子入木造地蔵菩薩立像、木造不動明王立像が安置されています。
左側にあるのは、厨子に納められ多状態で、木造難陀龍王立像と木造雨宝童子立像を脇侍(きょうじ:本尊の両脇に控える仏像)としている木造十一面観音像、木造阿弥陀如来立像があります。
さらに右側には、木造弘法大師坐像、木造地蔵菩薩半跏(はんか:片脚を組んで坐る姿勢)像、木造大日如来坐像などが収められていました。
見学の後、その場にいた下高向の町会長さんが、「この道で行けば地蔵堂が近いですよ」と、案内してくれました。ただこの道は本当に昔ながらの道で、急な下り坂。苔が生えているのですべりやすく、気を付けながら降りました。
地元の人のみが知っているような細い道です。
こうしてあっという間に次のスポット「⑤地蔵堂」の前に来ました。
今は地蔵堂と呼ばれている建物ですが、1283(弘安6)年に書かれた「高向庄絵図」には、この場所に八福寺という名前の寺があったそうです。
現在のお堂は昭和に建てられたと推測。今は廃れてしまったようですが、かつては空也(くうや)という僧が広めた「六斎念仏」と呼ばれる民俗芸能のグループ(講)の拠点だったそうです。
現在は六斎念仏の代わりに、春と夏のお祭りとして観音祭と地蔵祭が行われています。
また、かつて高向には総持寺という寺があったのですが、廃寺となったため、寺に伝わっていたものが、このお堂に収められています。
本尊は木造地蔵菩薩立像で、寄木造りで円光背(えんこうはい:後光)を背に、左手に如意宝珠、右手に錫杖(しゃくじょう)を持っています。
そのほかに木造観音菩薩坐像、木造不動明王立像、木造弘法大師師像、木造増長天立像、木造多聞天立像、涅槃図があります。
文化財課の方がその場にいらっしゃって説明もしてくれました。ここには子供向けのアトラクションがあるそうです。
砂の中に宝物が入っていて、それをスコップで探し出そうというもの。
このようにたくさんあるようなので、土日にお子様連れていくのも良いですね。
ここまで歩いたルートをまとめました。最初にウォーキングマップを持っていなかったので、少し遠回りしてしまいました。
下高向のエリアを後に、次はふるさと歴史学習館の方に向かいます。晩秋の高向は、天気が良いこともあって、歩くのにたいへん気持ちよかったです。岩湧山山頂のすすきの茶色いのもはっきりと見えました。
河内長野はどこに行っても非常に空が広い印象があるのですが、高向は本当に視界が開けていますね。
石川を渡り、ふるさと歴史学習館に向かいます。
「⑦ふるさと歴史学習館」に到着しました。
今回の「ぐるっとまちじゅう博物館」とは別に、12月18日まで「皇女八条院の庭」の特別展示が行われています。
ここで、そもそも八条院とは何者か?ですが、鳥羽天皇の娘で暲子(しょうし)内親王という名前の方。平安末期のころに活躍し、異母兄であった後白河法皇の院政を影で支えます。あの平清盛も一目置くほどの存在でした。
その八条院は数多くの荘園を持っていて、高向庄もそのひとつ。ちなみに八条院が所有する荘園は、全国に二百数十ヶ所もあったそうです。
また河内長野では高向庄とは別に、天野山金剛寺が八条院の祈願所となりました。その関係で、以降、金剛寺は女性皇族方によって守られ、女人高野のひとつになりました。
特別展では八条院と高向の関係に関する資料が置いてあり、今回特別公開になっているお堂などの情報も紹介されていました。
ふるさと歴史学習館では、源平合戦で登場する那須与一(なすのよいち)のゲームコーナーもありました。
ということでこんな風に歩いてみました。
ふるさと歴史学習館から石川を渡り、奥河内くろまろの郷に到着。あすかてくるででお昼の弁当を買って、テラス席で休憩がてらお昼ごはんを食べました。
次に、くろまろの郷から坂道を上がり、高向神社方向に歩きます。
高向神社への途中、大阪外環状線よりさらに北側には、「⑥池坂阿弥陀堂」があります。先にそちらに向かいました。
ということで大阪外環状線を渡りました。
周りに建物もないためか、けっこう遠くから阿弥陀堂が見えます。
市の北側、小山田丘陵沿いの道です。今回のようなイベントがないと、なかなか歩くことがないですね。
池坂阿弥陀堂は池坂墓地の中にあります。
阿弥陀堂は坂の上にあり、その手前には水子観音像や六地蔵があります。
阿弥陀堂が見えてきました。ここは高向地区の西の限り(西境)に位置していて、段丘崖が墓地となっていますが、高向だけでなく、上原、野作地区も含めた共同墓地になっているそうです。
ここには高さ93.8センチメートルの高さがある阿弥陀如来座像が安置されています。鎌倉時代初期のものと考えられており、たくさんの部品を組み合わせた「寄木造り」なのだそうです。さらに本物らしく見せるために水晶の板を仏像の目に使っています。
また胎内(像内部)には1668(寛文8年)と記銘された紙本墨書の納入物が収められていたそうです。そのほか、僧形菩薩坐像、木造地蔵菩薩立像、石仏がありました。
ここまではこんなルートで歩きました。
残るは、高向地域の中心ともいえる高向神社とその周辺にあるスポットだけとなりました。
大阪外環状線を渡ります。昨日は本当に天気が良かったですね。
この道をまっすぐに行けば高向神社に行けます。
先に、高向神社境内の手前側にある「②薬師堂」に向かいます。
説明が書かれた紙によれば、薬師堂はもともと三井寺と呼ばれていたそうです。古い記録に、「三井寺」の記載があったそうです。ただ滋賀県にある三井寺との関係があるかはわかりません。
江戸時代以前は高向神社の神宮寺(じんぐうでら:江戸時代以前に神社の境内にあった寺の事)で、村人の会合の場になっていました。現在も高向の地蔵講の人たちによって毎月8日に集まって清掃、献花、読経が行われているそうです。
内部ですが、真ん中に薬師如来立像が安置され、左に日光菩薩、右に月光菩薩という脇侍がいます。昼間に太陽を意味する日光菩薩が、夜に月を意味する月光菩薩が病気を癒す力をパワーアップさせているそうです。
それに加えて十二神将の像がありました。これはなかなか圧巻でした。
「①高向神社」まで来ました。この日は特別に多くの人がいてにぎやかです。
大阪暁光高校のブースがあります。これは魅力発信屋台「高向の庄」で、河内長野の特産品が販売されていました。ただし昨日25日限定の催しです。
また子供文化財解説が行われていました。これも25日限定で、高向小学校の6年生が6ヶ月の間学習したものを解説してくれるというもの。衣装に着替えて簡単な芝居仕立てになっていました。
もちろん、今日と明日の2日間もイベントがあります。それを紹介しましょう。
高向神社の蔵も開いていて、中の神輿が見えました。
こちらの建物は中に入れます。そこには数多くの絵馬が飾られていました。
説明書きによると、河内長野市指定文化財の高向神社祭礼図絵馬があります。絵馬は1863年に奉納されたもので、高向の祭礼の様子を描いたもの。高向神社は市内で初めてだんじりが曳かれていた可能性があるそうです。
そのほかの絵馬も個性的なものがありました。ヤマタノオロチ退治、宇治川の先陣争い、義経千本桜など、飾られている絵馬を見ていて飽きませんでした。
こちらの社務所の中にも展示物があり、数百年の伝統があるという日野地区の獅子舞が展示してありました。
またそれに加えて、大阪暁光高校の生徒が調べた高向地域のことや、高向から見て北西に流れている寺ヶ池水路のことも展示していました。
おっと、ここで意外な存在・モックルが現れました。高向が河内長野市にあることをアピールしているようです。
左側のモックルに加え、右のくろまろくんも登場。くろまろくんはこれまであまり見る機会が少なく、最近は結構レアなケースだったかも。
ということで盛り上がっていた高向神社を後に、最後のスポットに向かいます。
最後のスポットは「③高向上町集会所」で、地福寺跡だったそうです。
集会所の裏には地福寺跡の痕跡が残っています。普段は図書館に寄託されている「涅槃図」と「十界図」も元々は地福寺の什物(じゅうもつ:祭礼道具)として伝わっているそうで、毎月23日に地域の地蔵講の人々による祭礼があるそうです。
「涅槃図」と「十界図」いずれも河内長野市指定文化財です。
ちなみに訪問した日は、高向小学6年生による解説がありました。途中でクイズがあるなど、なかなか面白い内容でした。
ということで、池坂阿弥陀堂からはこういう風に歩きました。これで7か所のスポット全て回りました。
ただせっかく回ったのに、その証が無いのが少し残念。スタンプラリーのようなものがあればと、ちょっと思いました。
全部回ったので、本当は上高向のバス停から帰ればよいのですが、後でくろまろの郷の中に今回のぐるっとまちじゅう博物館の総合インフォメーションがあることを知りました。
念のため最後にそこに立ち寄りました。
場所はくろまろの郷ビジターセンター内に専用の場所があります。私は下高向でバスを降りてスポットを回りましたが、本当は最初にここに行った方が良いかもしれません。
ちなみに近くの花の文化園では、「ダイヤモンドリリー展」があるそうです。今日と明日はくろまろの郷で「奥河内くろまろマルシェ」が行われるそうなので、今回の高向庄の文化財めぐりとセットで回ってもよさそうです。
ということで、奥河内くろまろの郷バス停からバスで河内長野駅に戻ります。普段非公開されていることもあり、高向地域にある文化財は驚くほど多くて豊富なのに驚きました。
この夏に観心寺と金剛寺の宝物が京都国立博物館で特別展を行っていましたが、市立や町立の博物館だったら、高向の文化財だけでも特別展が十分成立するだろうと思いました。
ぐるっとまちじゅう博物館「皇女八条院の庭高向庄を巡る」
住所:大阪府河内長野市高向
開催時間:26日(土)10:00~16:00、27日(日)10:00~15:00
アクセス:南海・近鉄河内長野駅からバス、下高向バス停、上高向バス停、奥河内くろまろの郷バス停下車から徒歩圏内
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