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カジノ財源を文化振興予算に!?

木曽崇国際カジノ研究所・所長

バタバタと忙しくて更新が滞っておりましたが、やっと落ち着いてきました。

さて、我が国のカジノ合法化を推進する、IR推進法案は無事国会提出されたわけですが、実は国会提出の直前の数週間で急転直下、様々な出来事が起こりました。先の11月12日に開催された議連総会にて我が国のカジノ導入に関して様々な基本方針が確認されたワケですが、実は総会の開催直前において急遽決定した方針変更がいくつかあります。以下、議連において承認された「特定複合観光施設区域整備法案(仮称)~IR実施法案~に関する基本的な考え方(案)」より抜粋。

【Before】

●観光の振興と国・地方の経済の活性化、財政への寄与を目的とする

国際競争力のある魅力ある観光地の形成により、内外の観光客数を増大し、地域経済の振興を図るために、国より指定された地域に限り、金銭を賭すエンターテイメントとしてのカジノを提供する施設を核とした複合観光施設(統合型リゾート、IR)の整備を図り、その収益の一部をもって地域経済の振興と少子高齢化に直面した国の財政に資することを目的とする。

【After】

●観光の振興と国・地方の経済の活性化、財政への寄与を目的とする

国際競争力のある魅力ある観光地の形成により、内外の観光客数を増大し、地域経済の振興を図るために、国より指定された地域に限り、金銭を賭すエンターテイメントとしてのカジノを提供する施設を核とした複合観光施設(統合型リゾート、IR)の整備を図り、その収益の一部をもって地域経済の振興と少子高齢化に直面した国の財政に資することのほか、社会保障の充実や文化芸術の振興、ならびにその発信力の強化に資することを目的とする。

上記は、カジノ導入によって獲得される公的財源の使途に関するIR議連の基本方針を示す部分です。【Before】は議連総会が行なわれる直前に幹部会の中で合意が得られた文書からの抜粋。一方、【After】で示したのがその後、総会直前の数日の間に修正が入れられて最終的に出てきた文書からの抜粋なのですが、両抜粋で太字にした部分に大きな変更が加えられています。すなわち、そもそもの基本方針の中ではカジノ財源は「国の財政に資することを目的」と、どちらかというと一般財源化するようなイメージで描かれていたのに対して、急に「社会保障の充実」と「文化芸術の振興」という具体的な二つが加わってきた。

このうち、「社会保障の充実」に関しては、これまでも議連内の論議で出たり引っ込んだりしていた案であって、それが復活してきたことに関して、私的にはそれほど違和感はありません。また【before】版でも「少子高齢化に直面した」という文言はあったワケで、その延長線上にある表現ともいえます。一方、急にどこからともなく浮上してきたのが「文化芸術の振興」という文言。この点は、これまでの議連内の論議には存在していない全く新しいものなのですが、この部分の発信元は今年5月に報じられた以下の私的懇談会にあります。

財源確保にカジノ活用 文化懇話会で下村氏

http://sankei.jp.msn.com/life/news/130525/trd13052514070011-n1.htm

文化芸術の振興や海外への発信力強化を話し合う下村博文文部科学相の私的懇話会が25日、省内で開かれ、平成32年までに文化予算を倍増させるなどとした「文化芸術立国」中期プランを議論した。下村氏は「カジノをつくれたら、売り上げの相当部分を文化芸術の財源として活用したい」と予算獲得に意欲を示した。[...]

下村博文文科大臣は、かつて存在した自民党内のカジノ議連の事務局長を長らく務めていたことがあるなど、カジノ合法化に対しては最も理解のある国会議員の一人ではありますが、そこから転じて「カジノが合法化されるのならば、その収益の一部を文化芸術財源にすべし」という意向が今年の春の時点ですでに出ていました。そして、この下村大臣の意向を受けて、今回のIR議連による基本方針の策定に際して文科省の外局たる文化庁が猛烈に予算獲得に動いたという話も漏れ聴こえてきております。

まずこの論議の大前提としてですが、私としては「カジノの収益の一部を文化芸術予算に…」という主張はそれ程おかしな流れとも思っていません。カジノというのは、古くから舞台芸術やライブエンターテイメントなどと深く結びついて発展してきた業界です。ヨーロッパではオペラやクラシック音楽とカジノは欧州型の社交文化の中で育まれてきた文化的活動ですし、アメリカのカジノ業界においてもショーエンターテイメントやスポーツエンターテイメントと共に業界が発展してきた歴史があって、今やそれら業界をカジノ抜きで語ることは出来ない状態にまで来ているのも事実です。現在、我が国で検討されているカジノの開発形式である「統合型リゾート」の概念の中にも、確実にその種の文化芸術施設との統合開発がイメージされているのであって、文化芸術振興とカジノ導入にそれ程大きな乖離はありません。

一方でこれはお役所側の理論となるのですが、カジノ導入に対して「何も汗をかかない」省庁が予算獲得だけを目指して動くというのは非常に筋が悪いというか、少なくとも日本の省庁文化の中では「白い目」で見られても仕方がない動きではあります。特に、これからカジノ導入に際して主務として指定される可能性が高く、最も苦労しなければならない省庁からしてみると「汗だけコッチにかかせて、上がりを全部掻っ攫うつもりかよ」というお話になってしまうワケですね。

そして、そういう目で見ると11月18日、上記文書がIR議連内で了承された直後に発表された、公明党山口代表によるカジノ合法化に対する慎重論というのが何となく合点がゆく話になります。以下、ブルームバーグより転載。

公明・山口代表:カジノ解禁法案、今国会提出に慎重-インタビュー

http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MWG34T6TTDSG01.html

11月18日(ブルームバーグ):公明党の山口那津男代表は、超党派の「国際観光産業振興議員連盟」(IR議連、会長・細田博之自民党幹事長代行)が目指しているカジノ解禁法案の議員立法での今国会提出に慎重な姿勢を表明した。

山口氏は18日、ブルームバーグ・ニュースのインタビューで、今国会への法案提出に公明党内の合意が得られるかどうかについて「限られた会期内で提出や推進にコンセンサスができあがるとは必ずしも思っていない」との考えを示した。カジノ解禁についても「国民の理解が十分得られている状況ではない」とも指摘した。 [...]

上記記事の中で示されているとおり、公明党はカジノ合法化に対して反対の立場ではないものの、非常に慎重な立場であるのは事実で、これが長らく「公明党は消極的賛成のスタンス」といわれてきた所以でもあります。ただ、それを法案の国会上程を予定している11月末のタイミングで、しかもメディアに向って発信するなどというのは、あまり穏やかな話ではありません。事実、この報道がなされた事によって、議連による法案上程の日程が予定より後ろ倒しとされたのが内情であります。

という事で、表面的にこの報道を捉えるのならば「自民が公明の合意を取ることに失敗し、与党内の足並みが乱れてしまっているのだなぁ」という感想となるワケですが、私としてはそれに加えてもう少し違うメッセージを読み取っています。以下は、あくまで個人的な「深読み」ではありますが。。

例えば私は上記記事内の下線部分に注目しています。

山口氏はカジノ解禁をめぐる党内議論について「積極的な意見を述べる人もいるし、反対論を述べる人もいる状況だ。そこは立法府全体の議論も見ながら党内論議は党内論議で深めたい」と述べた。カジノ解禁のために解決すべき課題としては「教育的な影響で否定的にとらえる意見がかなり根強いものがある。あるいは刑法で原則的に禁止をしているのでそれを解除する、違法性をなくす理解を慎重に検討する必要もある」と指摘した。

太字部分後段の「(刑法による禁止事項の)違法性をなくす理解を慎重に検討する必要」という部分は、私がこれまで幾度となく指摘してきた現・議連による「民営賭博としてのカジノ合法化」案の問題点を指しているのでしょう。ここは誰しもが一見して判る法的論点であって、問題ないでしょう。

一方、その前段にある「カジノ解禁のために解決すべき課題としては、教育的な影響で否定的にとらえる意見がかなり根強いものがある」という表現はなかなか珍しいものですね。私の経験上、カジノ導入の慎重論を語るにあたって真っ先に挙げられるのは「依存症問題」、次点が「治安問題」であって、「教育的影響」というのは多くの場合が三番目に出てくるもの。上記山口代表のように真っ先に「教育的な影響」を挙げる人は非常に少ないのです。

長年、国内でカジノ合法論に関わっていると、こういうちょっとした不自然な記述や主張が目に付くようになってしまうワケですが、冒頭で私がご紹介したエピソードを含めて少し思いを巡らせて見るとなんとなく公明党の主張に合点がゆくところもあるのですよ。公明党は現自公政権の中で国土交通大臣、すなわち太田大臣を輩出しています。そして実は、観光をもその掌握分野として所管している国交省は、我が国のIR導入に関しても主務としての役割が期待されている省庁なのですね。すなわち、何となく公明党の主張が「文科省さん(もしくは下村大臣)、財源を取りに来る前に、ご自身でやるべき事あるんじゃないですか?」という国交省側(太田大臣)からのメッセージのようにも聴こえてくるわけです。

一応、繰り返しておきますが、上記はあくまで私の個人的な「深読み」です(とはいえ、あながち外れているとも思っていない)。しかし、いずれにせよ未だ何も汗をかいていない中で、財源だけ先に手を付けようと動いた今回の文科省の行動は、非常に「お行儀が悪い」のは事実。当然ながら、文科省にはこれから我が国のカジノ導入論を進めるにあたって主体的に貢献をして頂く必要がありますね。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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