日本でデザイナー名のブランドを商標登録するのはもう無理かもしれない
商標の拒絶理由のひとつに4条1項8号(他人の氏名または名称)があります。
自分の氏名を勝手に商標登録されてしまうのは人格権を侵害するということから設けられている規定です。この条文の審査運用は以前より一貫せずやっかいなところがありましたが、最近の審査・審判・審決取消訴訟の動向を見ると(出願人にとって)かなり厳しい方向に向かっているようです。
昨年には、アクセサリー・デザイナーの菊池健氏の以下の商標の出願が4条1項8号を理由として拒絶され、不服審判、知財高裁における取消訴訟によっても覆らず、拒絶が確定しています(関連過去記事)。今年の7月末には、デザイナーの宮下貴裕氏による"TAKAHIROMIYASHITA The SoloIst"の商標登録出願の拒絶が知財高裁で確定しています。(判決文)。
これらの裁判結果をまとめると、特許庁の審査において日本人の氏名を含む商標であるといったん判断される(全国各地のハローページでチェックする運用です)と、以下の場合でも4条1項8号に該当するとして拒絶になってしまいます。
- 出願人本人の氏名でも駄目(同姓同名者の許可が必要だから)
- 出願人の氏名が著名でも駄目(人格権の保護が目的であって著名商標の保護が目的ではない)
- 英語で表記しても駄目
- 氏と名のスペースをカットしても駄目
- 名→氏の順番でも駄目
- デザインを施しても駄目(識別性の問題ではない)
- 氏名以外に文字が付加されていても駄目(条文上「~を含む商標」となっているから)
ということで、いくらなんでも厳しすぎるのはという感があります。特に、ファッション業界ではデザイナーの氏名をブランド名(またはその一部)として使うことが多いので影響が大きいといえます。
なお、既に登録されてしまった商標については除斥期間という一種の時効のような規定があるので、登録から5年経ってしまうともう4条1項8号を理由に無効にされることはありません。ゆえに、上記の理屈でいうとたとえば「マツモトキヨシ」もアウトになってしまいそうですが、既存登録は除斥期間を過ぎているので問題ありません(仮に区分追加等により新たな出願をすると問題になり得ます)。
一方、たとえば、今年に登録された前澤友作氏による"maezawayusaku"(商標登録6223259号)は(おそらくハローページに同姓同名の該当者がいなかったので登録されてしまったものと思いますが)4条1項8号を理由に無効にされる可能性はあります。なお、無効審判の請求には利害関係人であることが求められるのでまったくの第三者が請求しても認められない可能性が高く、「マエザワユウサク」という氏名の人(前沢勇作さんでも前沢祐作さんでもOK)が請求する必要があるでしょう。
なお、外国人については、有名な(?)セシル・マクビー事件(関連記事)により、氏名(本名)とはミドルネームを含むものであり、氏と名だけでは略称とするという運用が確定しています(条文上、氏名には著名性が求められず、略称には著名性が条件になる点にご注意下さい)。
ということなので、(引き合いに出して申し訳ないですが)仮にPaul Smithさんという人が、ファッションブランドのPaul Smithの(最近の)登録商標に無効審判を請求しても棄却になるでしょう。しかし、外国人(欧米人)の中でもミドルネームがない人はいるようなので(参考記事)。ミドルネームなしのPaul Smithさんがもしいたとするならば、その人を請求人にしてファッションブランドのPaul Smithの商標登録を無効にできてしまう可能性は残ります。
4条1項8号については条文の解釈が文言通りに過ぎて弊害を生じるレベルに来てしまっているのではないかと思います。ファッションの話に限らず、商品名を決める際には、日本人の氏名とみなされる部分を含むと(同姓同名が絶対いない氏名である場合を除き)たとえ英字表記であっても商標登録できなくなるリスクがある点に注意する必要があります。