日本人はなぜ米国に騙され続けるのか
私は月に一度会員制でオンライン塾を行っている。1月29日の塾で、平和運動を行っているという市民団体の女性から「平和憲法を持っている日本を攻撃するのは、国際法違反になるから、日本が攻撃されることはないのではないか」と質問された。
私は「私の考えが正しいかどうかは分からないが、私の知る限りで言えば、憲法9条を持つ国だから他国が日本を攻撃しないということはない。憲法9条を持っているが故に日本には米軍基地があり米軍が展開している。
どこかの国が、米軍の出撃拠点となる日本の米軍基地を攻撃しないと自分の国が危ういと思えば、日本にある米軍基地を攻撃する。そして日本の米軍基地を防衛するのは自衛隊の任務だから、日本の自衛隊も攻撃対象になる」と答えた。
憲法9条を持つことと日本に米軍基地があることはセットである。米国は日本が二度と米国に歯向かわぬよう、憲法9条に「戦力不保持、交戦権の否定」を盛り込んだ。従って日本は軍隊を持てない。
一方の日本も二度と戦争をしないため、吉田茂が憲法9条の理想を掲げ、国民に軍隊を持たないことが平和への道だと説いた。米国による占領が終わり日本が独立する時、軍隊を持たない日本は米国と安保条約を結んで防衛を米国に委ねた。
米国の軍隊は他国からの攻撃に対し日本を防衛する。しかし日本は憲法9条があるため米国が攻撃されても防衛することができない。米国から見れば不公平だ。そのため日本は米国に日本の領土のどこにでも米軍基地を作ることを認めた。全土基地方式という。そして日本は米国の他の同盟国より地位協定で従属的扱いになった。
仮に憲法9条がなく日本が軍隊を持てば、日本が米国と安保条約を結ぶことはない。お互いの軍隊が守り合う同盟関係になるなら相互防衛条約を結ぶことになる。相互防衛条約は対等だから米軍基地を日本国内に置くかどうかは米国ではなく日本が判断する。
例えば、かつて米国の植民地だったフィリピンは、米国と米比相互防衛条約を結んでいる。国内に米軍基地を置くかどうかはフィリピンが判断し、フィリピンは必要があれば米軍を駐留させ、米軍を撤退させることもできる。基地の場所も限定される。フィリピンの軍事力は日本より下だが、米国との関係は日本より対等である。
日米同盟を対等の関係にしようとすれば、日本は憲法9条2項の「戦力不保持と交戦権の否定」を撤廃して軍隊を持ち、安保条約を破棄して相互防衛条約を結ぶことになる。しかし「軍隊は悪」と信じる国民が多い日本ではおそらく国民の猛反発に遭う。だから憲法改正を強く主張した安倍元総理も9条2項は撤廃しない方針だった。
私も昔は「軍隊は悪」と思っていた。しかし米国議会を取材してその考えを改めた。米国議会はしばしば軍の幹部を喚問して追及する。議会は軍の予算を握っているので軍は議会の意向に逆らえない。戦争を遂行する権限も議会が握っている。つまり軍は国民の代表が集う議会の制約下にある。
また日本と同じ敗戦国で非武装だった西ドイツの例も私の考えを変えさせた。西ドイツは冷戦が始まり米国が再軍備を要求すると、憲法を改正して軍隊を持ち、徴兵制を敷いた。戦前の軍隊とは異なり、兵隊が上官に抵抗する権利を認め、徴兵も拒否できる軍隊である。
現在のドイツはNATOの一員として米国との集団安全保障を認めている。そのため米軍基地はあるが地位協定は日本より対等である。しかし日本では戦後に培われた平和主義によって「軍隊は悪で、軍隊を持たないことが平和への道」との考えが強い。
世界各国の国民が何を最も信じているかを調査する「世界価値観調査」が5年ごとに行われる。各国に共通するのは「政府」や「議会」は信用されていないが、どの国でもトップは「軍隊」である。つまり各国は「軍隊があるから平和を維持できる」と考えている。日本は「自衛隊」が「裁判所」に次ぐ2位だが、それでも日本人は「軍隊を持てば戦争になる」と考える。
日米安保条約の全土基地方式を知らずに失敗したのは旧民主党の鳩山由紀夫政権である。鳩山元総理が沖縄県民の声を聞き、辺野古移設の方針を表明した時、私は賛成のブログを書いた。それは米国の中に米軍再編の動きがあり、沖縄に海兵隊を駐留させておく必要はないとの意見があることを知っていたからだ。
鳩山氏は米国に働きかけ、米国の中から移設の声を上げさせるだろうと思っていたが、自分で候補地を探し始めたので驚いた。米軍基地の場所を決める権限が日本側にはないことを知らなかったのだと思う。その結果、日米関係は戦後最悪と言われる状況に陥った。
質問してきた女性は続けてもう一つ重要な質問をした。「台湾有事に米国が勝利するには日本の軍事協力が必要だと言われるが、そうなったら日本は日米同盟を破棄して国防軍を持ち、本当の意味での独立国になるのはどうか」と聞いてきた。
日米安保条約は日米のどちらか一方が通告すれば破棄できる。だから日本は米国に見捨てられるのを恐れ、米国の要求を可能な限り受け入れてきた。しかしそれは米国の戦争に巻き込まれるリスクを生む。同盟にはそのジレンマが付きまとう。
質問者はそうではなく、日本から一方的に同盟破棄を通告し、軍隊を持つと言うのだ。私はまず「国民がそれに賛成するだろうか」と疑問を呈した。しかし国民の総意で憲法を改正し、自衛隊を軍隊にするなら安保条約は破棄できる。米国も国民の総意には反対はできない。
しかし米国にとって在日米軍基地の利用価値は大きい。米国は米軍基地を存続させたい。だから安保条約を破棄されても相互防衛条約を締結して日本との関係を対等にし、同盟関係を維持しようとするだろう。
あるいは国民に浸透している憲法9条神話を利用して、憲法改正させない工作をやる可能性がある。今や米国は憲法9条2項を改正させない立場である。だから安倍元総理は「軍隊を持つ」ではなく、「自衛隊を明記する」という憲法改正しか言わない。それは米国にとって都合の良い従属体制が永遠に続くことを意味するからだ。
29日の塾では別の質問もあった。農業をしている男性から「防衛費を増額して反撃能力を持つより、食料自給に力を入れる方が日本の安全保障になるのではないか」と言われた。全くその通りである。日本の最大の弱点は戦争に巻き込まれれば世界で真っ先に飢える国になることだ。誰が日本を食料自給率の低い国にしたか。それも米国である。
私はコッペパンと脱脂粉乳の学校給食を食べた世代だが、学校の教師から「コメを食べると馬鹿になる」と言われ、パン食を勧められた。食糧難の日本に米国が好意で食料を援助してくれたとも教えられた。ところが記者となった私が米国のコメ作りを取材した時、米農務省の元次官から驚くべき話を聞いた。
米国は日本の食料自給率を下げて米国の農産物を売りつけるため、子供にパンの味を覚えさせたというのである。子供の頃に覚えた味は一生忘れない。日本は米国の農産物を輸入し続ける。そのため学校給食にパンを提供したのだと言った。
私の世代の学校給食には米国の遠大な計画があった。そして元農務次官は「計画は思惑通りに成功した」と私に語った。それから私は先進国で食料自給率の低い国を調べた。すると韓国と日本だけだ。いずれも米国に従属させられている国である。
憲法9条2項の「戦力不保持、交戦権の否定」も、学校給食のパンも、平和のためでも食糧援助でもなく、米国による日本弱体化政策の一環だった。そして深刻な日本の少子化も米国のGHQが敗戦直後に仕組んだ日本弱体化政策の一環である。
紙数が限られているので、少子化についてはいずれ改めて書くことにするが、私の目には戦後の日本が米国から騙され続けてきたように見える。しかも国民は騙されてきたことに気付いていない。
だからと言って私は米国が悪い国と思っているわけではない。どの国も自国の国民を豊かにするには必死で知恵を絞り努力する。他国のために利益を差し上げるお人好しの国など世界にあるはずはない。
国際政治は「騙す国より騙される国が悪い」のが現実だ。米国を非難するより日本がなぜ騙されてきたかを考えた方が良い。それに日本は冷戦時代に米国を見事に騙して高度経済成長を成し遂げた経験がある。
日本が米国を騙した道具は憲法9条2項だ。米国は日本に軍隊を持たせないため、憲法9条2項に「戦力不保持、交戦権の否定」を盛り込んだ。それを吉田茂は逆手に取る。冷戦が始まり米国が一転して日本に再軍備を要求すると、憲法9条2項を盾に米国の要求を拒否した。
朝鮮戦争に日本は出兵せず、米軍のために武器弾薬を作って戦争特需にありついた、これが日本を工業国にする。次いでベトナム戦争でも特需の恩恵を受けた日本は高度経済成長を成し遂げた。
その一方で国民には憲法9条の理想を信じ込ませ、野党に護憲運動をやらせ、米国が自民党政府に軍事要求を強めれば、政権交代が起きて親ソ政権ができると米国に思わせた。
この狡猾な外交術で日本経済は米国を上回る勢いになった。しかし1991年にソ連が崩壊するとたちまち状況は逆転する。世界で唯一の超大国となった米国は日本経済にバブルを起こさせ、バブルがはじけると、オセロゲームのように日本経済の成功要因がすべて裏目に出る。しかし日本は成功体験の思考を逆転することができない。
例えば、国民の総意で憲法9条2項を破棄し正式な軍隊を持てば、日本には2つの選択肢が生まれるはずだ。安保条約を破棄して相互防衛条約を結び、米国と対等な同盟関係になるか、あるいはスイスのように同盟関係をどの国とも結ばず中立国となり、世界各国と平和条約を結んで専守防衛の武装中立国になるかである。
私は日本が平和国家を目指すのであれば、スイスのようになるべきだと思うが、安倍政権は憲法9条があるまま米国から集団的自衛権の行使を要求され、次に岸田政権も反撃能力の保有を要求された。
日本が集団的自衛権を認めて米国を防衛できるようになるのも、反撃能力を保有して専守防衛を転換するのも、本来なら米国と対等の関係になるはずの政策転換である。ところが国民の反発を恐れ、憲法の枠内でやると言うから、対等ではなく従属関係のままだ。これほど米国にとって都合の良いことはない。
なぜそうなるか。敗戦後の米国の宣伝工作に日本人が洗脳されたままだからだと思う。敗戦直後から米国は新聞とラジオを使い日本軍がいかに悪だったかを宣伝した。「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(戦争犯罪広報計画)」という。戦争を二度としたくない日本人はそれを信じ、「軍隊は悪」が正しい歴史観として確立された。
戦争の勝者である米国という巨大権力に追随する学者、ジャーナリスト、政治家らがその宣伝工作の中枢を担い、国民はそれに動かされた。とにかく日本人は世界の中で突出してメディアを信じる。前述した「世界価値観調査」によれば、先進国で新聞やテレビを信ずる国民は圧倒的に少数だ。ところが中国、韓国、日本だけは信ずる方が圧倒的に多い。特に日本はダントツの1位である。
私は米国と日本を衛星で結んだ双方向の討論番組を制作したことがある。同時通訳を介して米国のスタジオに米国の政治家、日本のスタジオに日本の政治家を出演させ、日米の視聴者が質問する。その時に米国の視聴者が政治家の発言やメディアの報道を信じていないことを痛感した。
昨今のウクライナ戦争や台湾有事に関する報道について、政治家やメディアがロシアや中国を悪魔のように非難しても、おそらく米国民はそれほどに感じてはいないと思う。ところが日本では皆がメディアと同じ方向を向いて同じことを言い出す。だから日米同盟が日本外交の基軸と言われれば、その意味を掘り下げたり、その枠外を考えることができない。
今年初めてのオンライン塾で質問を受けるうち、敗戦直後から米国が日本人に施してきた弱体化洗脳政策と、一時はそれを逆利用して米国を騙した日本の狡猾な外交、そして再び米国の政策が甦る現在が頭の中を駆け巡った。とにかく騙す方より騙される方が悪いということを肝に銘じて欲しい。