2022年は水インフラ事故多発。老化した国土の血管「かんがい施設」は誰が面倒見る? #日本のモヤモヤ
原因不明の穴が空き、水が失われた
突然ですが、次のうちもっとも長いのはどれでしょう?
1)人間の血管の全長
2)国内の1級河川の総延長
3)国内の一般国道の総延長
答えは、1)の血管で10万キロ(1級河川は8万8000キロ、一般国道は5万6000キロ)なのだが、これからお話しする「あるもの」は、血管の4倍の長さがある国土の血管。それが老化のために、あちこちで切れはじめている。人体であれば大変なことが起きているのだ。
2022年5月、取水施設「明治用水頭首工」(愛知県豊田市)の堰の下に穴が開き、大規模な漏水が発生した。
明治用水頭首工は、愛知県内を流れる矢作川から農業用水、工業用水を取り込んでいる。川をせき止めて水位を上げ、明治用水に流している。だが、堰の上流側に穴が空き、水が堰の下を通過して、下流側に抜けてしまっため、取水できなくなった。
水を利用する工場や農家は大きな影響を受けた。工場の操業は止まった。農家は田植えの時期に2週間にわたって水が止まり大混乱に陥った。緊急対策として堰の上流からポンプで水を汲み上げ、用水につながる水路に送り、急場を凌いだ(標題写真)。
穴の周辺を鉄板や土のうで囲う工事が完了したのが8月。すると水位が回復し、ポンプなしで取水できるようになったが、これはあくまでも応急対策だ。農水省は根本的な復旧には「最短で2年」かかると発表しており、その間、もし豪雨が発生すれば、応急対策した土のうが崩れる可能性もある。
インフラの老朽化、突発事故の多発
こうした「かんがい施設」(農業用水の供給や排水のためのダム、頭首工、用排水路、用排水機場など)の損壊は全国各地で起こりうる。
全国にダム、頭首工、用排水機場などの基幹施設は約7000、基幹水路は約4万9キロあるが、その多くは戦後から高度経済成長期にかけて集中的に整備され、老朽化が進んでいる。
点検、補修、補強は行っているものの、近年は年間1000件を超える突発事故(災害以外の原因による施設機能の損失)が発生し、その8割が老朽化が原因とされる。
さらに災害などで損壊した場合は、周辺に大きな被害をもたらす可能性がある。
2018年7月に発生した西日本豪雨(平成30年7月豪雨)では、ため池の決壊が相次いだ。まんまんと水をたたえたため池の決壊は「内陸の津波」と言われる。広島、岡山、京都など計32カ所のため池が決壊し、数多くの犠牲者が出た。
また、南海トラフ地震の被害想定範囲内には、全国の農業水利施設の約3割があり、耐震化が必要とされる。
計画と技術はあるが資金と人材が不足
国は対策として、個別の施設の評価、劣化の程度に応じた機能保全対策(壊れてからの修理ではなく予防的な修理も含む)を計画・実施することとし、マニュアルなどを策定している。
また、新技術の開発・導入にも積極的だ。人が入れない水路トンネルのひび割れや漏水調査が可能なロボットによる無人調査、既設パイプの中に新設パイプを挿入することで掘り起こすことなく更新可能な技法などが提唱されている。
だが、計画と技術はあっても資金、人材が不足している。
耐用年数を超過した施設を建て直すには約5兆2000億円必要とされる。農水省は補修・補強により長寿命化を図り、更新費用を抑える方針だが、個別の施設の実態を把握するには調査する人材が必要だ。
自治体の技術職員は減少している。ならば民間に委託と言いたいところだが、メンテナンスを請負う建設業の就業者は減っている。
予算や人の制約を受け、現場では職員が「目視」でインフラ点検を行っている。じつは明治用水頭首工も「目視」による定期点検を行っていたが、異変に気づけなかった。
40万キロの国土の血管網の見逃せない役割
日本全国の田畑には網の目のように用排水路が張り巡らされている。
前述したように、主要なものだけで総延長約4万キロと、1級河川の総延長(直轄管理区間)の4倍ある。さらに末端の用排水路まで含めると40万キロと地球10周分となる。
上水道(総延長66万キロ)とともに、日本のすみずみまで水を運ぶ役割を担っており、「国土の血管」といっていい。
国土の血管の老化は私たちにどんな影響をもたらすか。
もしあなたが「自分は農家ではないから用排水路が老朽化してもあまり関係ない」と思ったとしたら、大事なことを忘れている。食卓のご飯も、コンビニのおにぎりも、施設を流れる水が田んぼに入ることでつくられる。
それだけではない。
用排水路は、生活用水、防火用水、消流雪用水、景観保全・親水など、地域の水としての役割を果たしている。
さらに水田に入ると、地下水かん養や雨水貯留などを通じて、地域の水の循環を支えている。近年は洪水発生時に「田んぼダム」として水を一時的に貯留することも期待されているし、多様な生き物たちの住処にもなっている。
社会課題である気候変動対策や生物多様性の保全にもつながっているのだ。
公的な水環境整備を行っている農家(土地改良区)
そもそも地域の水循環を担う、かんがい施設を管理しているのは農家(土地改良区)だ。
歴史をふりかえると、農業は地域社会の礎だった。
江戸時代は、どのように農地に水の恵みを入れ、どのように水の脅威から逃れるかを、それぞれの地域ごとに考え、実行していった。水の管理は地域づくりそのものだった。
その後も国や地方自治体から支援を受けつつ、土地改良区という農家によって構成される組織が中心となって施設をつくり、完成後は自ら管理した。
かつては地域住民のほとんどが農家だったため、農業を行いながら施設を整備し、地域の水環境を整備することが自然とできていた。
現在、農家の数は減り、農家ではない人が圧倒的に多いのだが、非農家は地域環境の整備を農家に依存しているという見方もできる。かんがい施設について「農業に関する施設なのだから農家が管理するのは当たり前」と捉えるのではなく、「地域の水循環を支える施設を地域で管理する」ことが必要になっているのではないか。
農業には前述のような多面的な機能がある。それらを維持・発揮を図るためには地域の共同活動が必要になるだろう。
上のグラフでは農家の総数が減る一方で、土地持ち非農家数(農家ではないが耕地及び耕作放棄地を5a以上所有している世帯)が増加傾向にあることがわかる。また、企業が農業に参入するケースもある。
滋賀県長浜市では、土地持ち非農家や農家ではない地域住民が水路、農道の草刈り、排水路の泥上げ、水路の補修作業を行っている。
地域の水管理、地域の水害対策について、それぞれの地域で考え、実行することが、気候変動対策、生物多様性につながる新しい社会を形成していくことにつながっていくのではないか。
#日本のモヤモヤ
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企
画し、オーサーが執筆したものです】