【韓国の新型コロナ】ソウル梨泰院の新たな集団感染にも「それほど慌てず」。背景にある日韓の事情の違い。
連日報道される「ソウル梨泰院(イテウォン)での集団感染」。韓国政府中央室病管理本部は10日14時から定例会見を行い、この関連感染者が累計で54人となったと公表した。昨日から26人増となっている。
筆者は連日、韓国で午前と午後に行われる政府の会見や現地報道を眺めているが、当然のごとく「日本との違い」を感じるところが多い。今回の集団感染もまた、良し悪しは別にして違いがある。
まずは今回の感染原因となったソウル近郊の龍仁(ヨンイン)市在住の男性の情報、そして移動経路がかなりはっきりと公表されている点だ。
韓国では「66番感染者」と呼ばれる。これは2月に発生した宗教団体の集団感染の発端となった患者が「31番」と呼ばれたことに続くものだ。当時と同じく、こんな情報が公開された。
26歳男性の2日深夜の梨泰院での移動経路
0時から午前3時30分まで「キングクラブ」
1時から1時40分まで「トランク」
3時30分から50分まで「クイーン」
店の名前のみならず、「66番感染者」の当日の様子まで明らかにされた。クラブの待機室ではマスクを着用したものの、クラブ内ではマスクを使用せず。当日の推定接触者は1500人。また上記の時間に現場にいた従業員は計73人という点まで公開された。
そして10日午後時点での「54人」の集団感染者のうち、7名が2次感染の感染源となってしまった。結果11名がクラブを訪れていない「地域感染者」となったという。
「66番感染者に対するウィルス検査の結果、ウィルス量が非常に多いことが分かった。彼は感染力の高い、感染初期に梨泰院を訪問していたことが分かる」(チョン・ウンギョン疾病対策本部長)
じつはそれほど慌てていない
韓国では新型コロナの新規感染者増が落ち着いた状態にあった。4月18日に、1日あたりの増加が一桁台となって以来、大きく増えることがなかった。そのため、日本ではショッキングに今回の集団感染を伝える報道も多い。筆者の昨日の記事で記したソウル市による同業界への「営業停止命令」や政府による「営業時の決め事を守らず、感染が発生した場合には損害賠償請求」といった点も事態の深刻さを感じさせた。
参考:【韓国の新型コロナ】ソウル繁華街の集団感染者は27人に。業界への処罰を厳格化「感染発生で損害賠償」も
確かに韓国メディアも厳しい論調でこの出来事を報じている。
「憂慮が現実に。連休の集団感染…防疫の危機、来るか」(5月8日「聯合ニュース」)
とはいえ、これが「想定外の出来事に打ちひしがれている」といった雰囲気でもない。「言ったことを守らなかったから、厳しく処置する」と表現するのが正確だ。
確かに韓国は「制限を緩和」する方向にある。5月6日からより緩やかな「行動規制の第1段階」に移った。5月2日の集団感染が発生した時点では「第2段階」の途中にあった。
その根底にはこんな考えがある。5月5日、制限緩和前日にクォン・ジュヌク疾病対策本部副部長がこんな発言を行った。
「ここから先の道は、誰も行ったことがないものです。しかし行かなければならない道でもあります」
”どうなるか分からない部分もあるが、まあやってみましょう”というものだ。そして、”その代わりに細かい指針は出しますよ”と。
「第2段階」にあった5月クラブの営業にも「体温検査」「出入り者名簿の作成」「マスク着用」「利用者の距離を空ける」などの条件があった。確かにこれは筆者自身韓国で2月に取材していたころもそうで、無観客のプロバスケットの試合取材の際にも同様の処置があった。
また5月6日から、第1段階に戻す際にも「カフェやレストランではできるだけ向かい合わず座る」「冠婚葬祭の会場では握手やハグを控える」といった15個ほどの方針が示されている。
【韓国の新型コロナ】5月6日より実施。「韓国版・新しい生活様式」の全容と韓国内での反応。
「感染者が出ても追跡可」は日本では実現不可な点
「細かい注意事項を伝えきれる」そして「規制を緩めることができる」。ここは現時点の日本とは違う点だと感じる。
前者については、「1日2度の会見」「これをYouTube中継」の賜物だろう。サッカーで言えばチーム戦術たる「政府の方針」、個人戦術たる「生活上の注意」もじつによく伝わっている。10日午前から急ぎSNS上で「今回の集団感染は想定外か?」という質問を韓国語で投げたが、友人からこういった返事が届いた。
「隔離患者・感染者・治療中の患者が一人もいなくなって初めて”完全な日常の回復”だと考えている。これは韓国の多くの人の認識だと思う」(釜山在住30代男性)
「想定外で慌てている、ということはない。政府と疾病管理本部を信じていれば、収束に向かう。そう信じています」(京畿道在住40代男性)
「大型の集団感染は2月にもあった。その時の雰囲気と対処法を経験しているから、落ち着いています」(京畿道在住30代男性)
実際に10日の疾病管理本部の会見では「行動規制の第1段階の解除」は議論しないとされ、また5月13日から予定されている「高校3年生の優先的学校再開」もいまだ議題となっていないという。
「政府の連日2度の会見」は日本とは違う点だ。しかし「伝える努力」は日本でも適応可能なものだ。
いっぽう、韓国の「行動規制緩和」に関しては、社会的な事情が根本的に違う。その背景にあるのは「感染者の行動を追跡できる」というシステムだ。まずは韓国版マイナンバーカード(住民登録番号)で、当局が対象者のクレジットカードの支払履歴を調べることが出来る。すると移動経路も把握できる。実際に9日の中央室病管理本部の会見では「必要に応じて支払履歴を調べ、移動経路を把握する」としている。
また韓国が「監視カメラ大国」という背景も日本とは違う。人口5200万の国に推定800万台が設置されている。義務化されているのが幼稚園や保育園、公園、マンションなど。それ以外でも民間での設置が多い。つまり「集団感染の現場にいた人を映像から特定しやすい」。
この点、考え方の違いはもとより、日本で今すぐ制度やインフラが普及するのは無理。日韓で大きく異なる点だ。日本でもこの先、「緩和」の話が出るとしたら比較例として紹介しておきたいものだ。
<参考記事>
韓国の子どもたちが「コロナの一番えらい人」に聞いたこと。「コロナは どれくらい ちいさいですか?」
【韓国の新型コロナ】5月1日の政府発表「新規感染者8人」。連休中に”緩めつつ、引き締めつつ”
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