大粒のぶどうによる窒息を予防する その3 〜危険性を教える〜
2020年9月7日、東京都八王子市の私立幼稚園で、4歳男児が給食で出されたぶどう(ピオーネ)をのどに詰まらせて死亡した。
2016年3月には、内閣府、文科省、厚労省から「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン(以下、ガイドライン)」が出され、「事故防止のための取組み」の冊子の21ページには、「誤嚥・窒息につながりやすい食べ物の調理について」という項目があり、その中の「給食での使用を避ける食材」として、ぶどうやミニトマトが挙げられ、その理由として「球形という形状が危険な食材(吸い込みにより気道をふさぐことがある)」と記載されている。保育士や幼稚園教諭は、当然、このガイドラインを読んでいるはずであり、大粒のぶどうやミニトマトの危険性をよく知っていると私は思っていた。しかし、現実には、安全を最優先しているはずの幼児教育の場で窒息死が発生した。「信じられない!」と嘆いても問題は解決しない。なぜ、ぶどうを出したのだろうか? 死亡例が発生した以上、ガイドラインを出しただけでは予防効果はなかったということだ。
教育・保育施設における食べ物による窒息
これまでにも教育や保育の場では、食べ物による窒息が起こっている。
事例1:2001年10月、1歳男児。千葉県の市立保育所で、リンゴをのどに詰まらせて死亡した。
事例2:2006年7月、1歳女児。静岡県の保育所の園庭にある滑り台から降りてきて、急に苦しみ出した。職員が119番し、ドクターヘリで病院に搬送されたが、まもなく死亡した。のどから直径約2センチメートルのミニトマトが見つかった。園庭でミニトマトを栽培していた。
事例3:2010年10月、1歳4か月男児。愛知県碧南市の保育所で、午後3時半、おやつ(ラムネ・ベビーカステラ)の食事中に窒息し、39日後に死亡した。
事例4:2012年7月、2歳女児。栃木市の市立保育所で、フルーツポンチに入っていた白玉風の団子をのどに詰まらせて、約1か月後に死亡した。
事例5:2016年2月、1歳7か月男児。保育所の給食の時間に、2cm×2cmに分割された高野豆腐が2つ一緒に提供され、一度に2つ口に入れた。保育士が注意して1つを口から出させた。残った高野豆腐を1、2度噛んだだけで飲み込み、のどに詰まらせ、8日間入院した。
※参照:日本小児科学会 Injury AlertNo.49 類似事例
事例6:2020年2月、4歳男児。松江市の認定こども園で、節分の行事中に豆をのどに詰まらせ、窒息死した。
保育の食事に関する指針を見ると
保育現場では、「事故防止のガイドライン」は知られていないことが判明したので、保育の場の食事に関する国の資料を調べ、食べ物による窒息についての記載の有無をチェックしてみた。
1.厚生労働省「保育所における食事の提供ガイドライン」(2012年3月)
80ページあるガイドラインには、「窒息」という言葉は一言も記載されていなかった。2か所だけ、以下の部分に「誤嚥」という言葉が記載されていた。
・第2章 保育所における食事の提供の意義:乳児に食べさせる時に、誤嚥などの事故をおこさないことや上手に食べることを必要以上に考えると、咀嚼機能が不十分である離乳期は、ペースト状の食物ばかり選ばれがちである。
・第3章 保育所における食事の提供の具体的なあり方:「食事の提供の留意事項」の「8 障害児」の項で、「障害児は摂食・嚥下機能や消化機能の障害が存在することが多いために、食品の量や内容(大きさ・固さ・温度など)に特別の配慮が必要である。誤嚥しやすい子どもも多く、誤嚥予防対策としては、姿勢をコントロールすることが重要で、頸部の位置と上半身の角度に配慮する」
2.厚生労働省「保育所保育指針」(2017年3月)
・第3章 「健康及び安全」の「2. 食育の推進」:ここでも「窒息」という言葉は61ページある指針の中に一つも記載されていなかった。
・「3. 環境及び衛生管理並びに安全管理」の「2 事故防止及び安全対策」:事故防止の取組を行う際には、特に、睡眠中、プール活動・水遊び中、食事中等の場面では重大事故が発生しやすいことを踏まえ、・・・必要な対策を講じること。と漠然と述べられていた。
3.厚生労働省「授乳・離乳の支援ガイド」(2019年3月)
54ページあるガイドの中に、「窒息」や「誤嚥」の記載は一つもなかった。
これらのガイドライン、指針は、国が保育の基本的な方針を示したものであり、これをもとに保育の教育課程が組み立てられ、保育教育が行われている。保育現場の食事によって、これまでに窒息死が何件も発生しているのに、そのことにまったく言及していないとは信じがたい。日頃、「保育の場では安全を最優先」と言っているなら、当然、死亡事故を防がなければならない。2016年3月に出された「事故防止のためのガイドライン」を保育の場に周知徹底させる必要がある。
危険性を教える
ガイドラインを出しただけでは、現場に情報が伝わらないことが証明された。現在出されている食事の提供ガイドラインや保育指針では、教育・保育の場で食べ物による窒息死は存在しないことになっている。そこで現場に伝わる方策を考えてみた。
◆国で「ミニトマトと大粒のぶどうは給食に出すな!」と大書したポスターを作成し、全国のすべての教育・保育施設の給食準備室の壁に貼ってもらう。
◆教育・保育の場に食材を提供する会社にも、「ミニトマトと大粒のぶどうは教育・保育施設には提供しない!」と大書したポスターを作成してもらい、全国の食材提供会社の壁に貼ってもらう。
◆教育を徹底するー保育士や幼稚園教諭の養成課程の教科書で、保育の場で提供しない食べ物を教える。
教科書や参考文献に掲載されている例
保育士や管理栄養士の国家試験の筆記試験に、教育・保育の場で食べさせない食べ物の問題を出し、食べさせてもいいと回答した人は不合格にする。医師国家試験では、基本中の基本に正答できない場合は、他のところはいくらできていても不合格にすると聞いている。これは「地雷を踏んだ」といわれている。下記の問題も保育士、管理栄養士の「地雷問題」にすることが望ましい。幼稚園教諭や栄養士の資格取得、申請のための修了試験や卒業試験でも試験問題を出すのである。
そこで、保育士の国家試験問題を考えてみた。
問題 保育の場の給食やおやつで提供してはならない食べ物は何か? 下記のうち正しい組み合わせのものを選んでください。
1.離乳食にはちみつを入れたもの
2.ミニトマト
3.大粒のぶどう
4.白玉団子
5.豆まきの豆
ア:1,2,3
イ:1,3
ウ:2,4
エ:2,3
オ:すべて
正解は何か、わかりますよね。
おわりに
教育・保育の場の食事で死亡事故が起こり続けている。保育の場での子どもたちの食事に「安全」の視点を入れたガイドラインを、国は早急に策定する必要がある。