カメ止めのスピンオフが壊してしまった「広告」と「映画」の境界線
平成最後にして最大の番狂わせとして歴史に名を刻むであろう、映画「カメラを止めるな!」の熱狂が、日本アカデミー賞の授賞式と、金曜ロードショー放映というピークを迎えてから、はやくも1ヶ月がたちました。
金曜ロードショーでは、異例の冒頭40分ノーカット放映を敢行し、視聴率も11.9%で今年最高を記録。
映画館の動員数の200万人の数倍の視聴者が、カメラを止めるな!に触れる結果になりました。
カメラを止めるな!の聖地とも呼ばれるようになった、池袋シネマ・ロサでの公開は2018年6月23日から、金曜ロードショー放映の前日の3月7日までの、連続258日にもわたる超ロングランとなり、映画全体では公開日から連続300日上映を更新するなど、今でも様々な映画館での上映が続いているようです。
カメラを止めるな!の足跡を辿ると、あらためてカメ止めがインディーズ映画とメジャー映画の壁、出演者と観客という役割の壁など、色んな常識の壁を壊してしまった異例づくしの作品だったことが分かります。
参考:カメラを止めるな!は、どのように日本アカデミー賞に辿り着いたのか
■カメ止めから生まれたスポンサード作品
そんな中、カメラを止めるな!のメンバーが、さりげなく「広告」と「映画」の境界線に対しても、新しい挑戦をされていたことをご存じでしょうか?
それは、カメラを止めるな!のスピンオフ作品である「ハリウッド大作戦」の展開です。
「ハリウッド大作戦」はタイトルの上に「ネスレ日本 presents」と書いてあることからも分かるように、ネスレ日本のスポンサードによって実現したスピンオフ企画です。
私はネスレ日本さんに試写会にご招待頂いたので、いち早く見ることができたんですが、正直、最初は企業スポンサードでのスピンオフ企画と言うことで、自分の中ではいわゆる「長尺CM」や「ネット動画広告」の延長の企画なのかなと思いこんでいました。
企業が映画監督にテレビCMを依頼すること自体は、もはや珍しくありません。
ネスレ日本自体も、5年前に「踊る大捜査線」で有名な本広監督と「踊る大宣伝会議」というショートフィルムを制作していましたし、最近では吉野家が「今日から俺は!!」などドラマで有名な福田雄一監督とショートドラマを作って話題になっていました。
参考:そろそろ広告枠に全予算をつぎ込むのはやめて、まずは本気のコンテンツ投資から考えた方が良いのではないか
ただ、そういった企業と有名監督のコラボによるショートフィルムは、どちらかというと「動画広告」や「長尺のCM」という扱いで紹介されることが中心で。
参考:吉野家新CMの14分長尺バージョンが公開!今回も佐藤二朗のネタ満載
テレビCM同様、権利関係が終了するとネット上でも閲覧できなくなってしまうことが多い印象が強くあります。
上述の動画も、それぞれの記事にエンベッドされたYouTubeが再生不能になっているのが象徴的です。
つまり、これらは、作品として永遠に残る「映画」や「ドラマ」ではなく、一時的な広告宣伝のための「広告」の扱いになっていた、と言えるわけです。
■ハリウッド大作戦は「広告」か「映画」か
ところが、今回ネスレ日本とカメ止めスタッフが制作した「ハリウッド大作戦」は、カテゴリーこそ「スピンオフドラマ」や「ウェブムービー」と呼ばれる扱いになると思いますが、普通に60分の完成されている映像作品でした。
放映時間は若干短いですが、試写会は映画館である池袋シネマロサでの上映だったので、普通に映画として見てました。
当初の配信場所は、AbemaTVとネスレ日本のウェブサイトであるネスレアミューズのみ、という点で、普通の映画やテレビドラマとは一線を画していますが。
見て頂いた方には分かるように、カメ止めの続編とも言うべき作品ですし、これがテレビの地上波で流れていても全くおかしくないクオリティだと思います。
私自身、あまりにビックリしてしまったので、試写会の後、関係者の方々につい「これDVDで出すべきですよ」とか「映画館で流した方が良いんじゃないですか?」とか勝手なことを言っていた記憶があります。
当時の私の常識では、それはあり得ないと思っていたから、そう言っていたんです。
あくまでハリウッド大作戦は、ネスレ日本スポンサードの「動画広告」だし、60分とは言え、「長尺CM」だから、普通に考えたら、DVDも映画館放映もないだろう、と思い込んでいたんです。
それが蓋を開けてみたら完全に予想を裏切るペースで話が進んでいるのが現状です。
時系列で書くと、こんな感じ
■3月2日 ハリウッド大作戦 AbemaTVで公開
■3月8日、9日 AbemaTVで再放送
■3月10日 ネスレアミューズにて公開
■3月12日 池袋シネマ・ロサで3月21日から4月4日の劇場公開が決定
■3月21日 6月19日にDVDが発売されることが決定
■3月22日 Amazonの売れ筋カテゴリーランキングで1位に
さらには4月12日から川崎チネチッタ上映開始。
4月下旬には兵庫県や京都での上映も決まっているそうです。
この衝撃分かりますでしょうか?
「ハリウッド大作戦」は企業スポンサードによるスピンオフとして作られたものなんです。
広告の視点で考えたら「動画広告」であり、当然無料で見てもらうことで、広告効果をあげるために、企業がお金を出しているものです。
ハリウッド大作戦もYouTubeでこそ配信されていませんが、AbemaTVでも無料で見られましたし、ネスレシアターでも会員登録すれば無料で見られます。
でも、それが映画館で有料チケットが販売され、DVDも発売されてしまうわけです。
■映画館で上映中の作品にCMが差し込まれる
もともとハリウッド大作戦は「映画」や「ドラマ」で、ネスレ日本が少し手伝ってるだけだから当然じゃないの?と思う方も多いと思いますが。
ハリウッド大作戦を見て頂いた方には分かると思いますが、この作品は普通の映画ではなく、企業スポンサードの作品なのもあり、コマーシャルが入るんですよね。
まずハリウッド大作戦自体にも、ネスカフェのコーヒーマシーンが、ポパイのホウレンソウよろしく登場します。
これは、いわゆる映画におけるプロダクトプレースメント的な位置づけで、ジェームズボンドの映画におけるボンドカー的な扱いと思って頂ければ良いでしょう。
ただ、ハリウッド大作戦の場合それだけではなく、作品の上映中に明確にCMが差し込まれます。
昔懐かしい映画「トゥルーマンショー」的な作りで、登場人物であるしゅはまさんとどんぐりさんが主役なので、ドラマ内の要素も組み合わさった、いわゆるネイティブアド的なCMになっていて、それ自体も映画の一部のような位置づけにはなっているんですが。
本編とは関係なく、作ったチームも別のチームという明確に「CM」です。
AbemaTVでの放映時には、このCMの際にネスレさんへの感謝コメントが多数投稿されているのが非常に印象的でした。
ある意味、CMもこの作品の一部として受け止められていたように思います。
そのため、劇場公開も、このCMが入った状態でされているようです。
普通に考えると、映画館で有料チケットが販売された作品で、上映中にCMが挿入されるというのは前代未聞なはずですし。
DVDでCMがどういう扱いになるかは分からないものの、ネットで無料で見れる作品が、Amazonで有料で販売されてカテゴリーランキングで1位を取ってしまうわけです。
これを異例と言わずに、何を異例と言えば良いのだろう、というレベルの異例の出来事だと思います。
■広告が嫌われる時代の新しい「広告」の可能性
冷静に考えると、今回のカメ止めメンバーとネスレ日本、そしてサイバーエージェントのチームによって作られたハリウッド大作戦は、企業の動画広告なのか、普通の映画作品なのか、と分けて考えること自体が古いと思えるような、新しいスポンサードコンテンツの可能性を提示しているような気がします。
「広告」と「映画」という、私たちが全く違うものだと思っていた境界線を、ハリウッド大作戦はあっさり壊してしまったのです。
個人的には、ハリウッド大作戦は、クラウドファンディングに近い形と思えば分かりやすい気がします。
もちろんクラウドファンディングと言うよりはスポンサーファンディングですが、ネスレ日本のお金によって実現した企画ではあるものの権利が全て広告主にあるわけではなく、スポンサーのファンディングへの御礼として、一定期間スポンサーのネスレ日本のサイトに掲載されている、というイメージで考えた方が良いのでしょう。
最初からこういう展開を想定していたのかは分かりませんが、あくまで作品は作品として、映画館での上映も可能であれば、DVDの販売も可能というスキームで、今回のハリウッド大作戦は制作されている、ということなんだろうと思います。
個人的には、いわゆる企業の動画広告や長尺CMが、どんなに良い作品でも、一定期間が過ぎると当然のようにネット上から削除されることに大きな違和感を感じていた人間ですので、こうやって企業がお金を出し、映画監督が制作した「作品」が、ちゃんと作品として残るというのは素晴らしいことだと思います。
一方で、従来型の「広告」は、どうしても企業がアピールしたいメッセージの連呼になりがちで、特にスマホ上ではもはやブロックになっているという現実を考えると、企業の商品やサービスが従来型の広告ではない形で、映画やドラマにリスペクトされた状態で入ってくるというのは、企業にとって重要な選択肢になってくる気がします。
スポンサーとクリエイターの二人三脚という意味では、ある意味、従来のテレビにおける1社提供の番組作りと似ていると思いますし、実際には企業と商業メディアによるニュースサイト的なオウンドメディアづくりも、近い事例が増えているように思います。
もちろん、今回のスポンサーとしての投資対効果が良かったのかどうかはネスレ日本にしか分かりませんし、今すぐ結論が出るものでもないと思いますが。
今回のカメ止めスピンオフ「ハリウッド大作戦」は、企業にとっての広告効果と、映画制作者にとっての制作費の担保、そしてファンにとっての新しい作品の視聴機会という、三方良しの新しい「広告」の形の可能性を示してくれているような気がします。