柑橘類の皮や規格外の鳴門金時も使うゼロ・ウェイストのクラフトビール 徳島県上勝町のRISE&WIN
徳島県上勝町(かみかつちょう)は、日本初「ゼロ・ウェイスト」宣言を行った町(ゼロ・ウェイストとは、廃棄物ゼロ、ごみを出さない社会を目指すこと)。ごみの分別は、なんと45分別に及ぶ。葉っぱビジネスの町としても知られる。ここ上勝町に、クラフトビールを提供する店、RISE & WIN Brewing Co.(ライズアンドウィン ブルーイングカンパニー)がある。食品ロスになる、規格外の鳴門金時も、ビールの副原料として使っているという。上勝町と東京の店を訪ねた。
- クラフトビールとは、大手メーカーが大量生産するビールとは異なり、小規模な醸造所で作られる地ビールのような、職人技を使って作られた個性的なビールを指す。
徳島の店は「ごみゼロの日」2015年5月30日にオープン
店長 池添亜希さん(以下、亜希):こんにちは。池添亜希(いけぞえ・あき)です。RISE&WINについて、この山の中まで来てくれたお客さんには、何か一つ新しいことを知って帰ってほしいと思っています。
ここに来るお客さんって三本柱からできていると思っているんです。
1つはクラフトビールが好きで現地に来たかったという方。
2番目が建築業界やデザイナーの方。この店は、東京のNAP(ナップ)設計事務所の中村拓志(ひろし)さんという、自然の景観を壊さずに建物をなじませるのがとても上手な方が手掛けて下さっているんです。
3番目がゼロ・ウェイストに興味がある方や、上勝町を視察に来られる方。
RISE&WINのコンセプトは楽しくゼロ・ウェイストを伝えることなので、建物で表現したり、クラフトビールの副原料にゼロ・ウェイストのものを活用したり。いろんな見せ方で表現しているのがRISE&WINなんです。開店から(2019年10月で)4年半経ちました。
―4年半。できたのがいつですか?
亜希:2015年の5月30日。「ごみゼロ」の日にオープンしました。
―ごみゼロの日に合わせて?すごい!
亜希:開店から2年半は、ここの隣のマイクロブルワリーでビールを醸造していたんです。2年半経って第二醸造所「ストーンウォールヒル」を稼働させ、今は2箇所で作っています。第二醸造所は、製材所をリノベーションした建物。上勝の山って、約90%が山林で、そのほとんどが杉の人工林なんです。昔は林業で栄えていた上勝町ですが、今は後継者や高齢化の課題を抱えていて。
―醸造所を増やした理由は何ですか。作る量?
亜希:そうです。当初から「日本全国に卸したい」と計画していて増やしました。私たちの会社はもともと食品衛生や検便・検尿の細菌検査をしている検査会社です。食品工場や農家さん、福祉施設や病院の厨房にも行っています。
RISE&WINができたきっかけは、7年前に上勝町の前町長さんから私たちの会社に「過疎がもう止まらない、数年後には限界集落になって地図から私たちの町が消えてしまう可能性があるから、何とか町を助けてほしい」と相談があったことです。
RISE&WIN代表の田中と、前町長さんが上勝町を回ったところ、自然も豊かで山も川もきれい。だけど、それって日本全国どこにでもある。上勝にしかないものって何だろう?それが、ごみステーション、ゼロ・ウェイストだったんです。
代表が「ゼロ・ウェイスト」をもっとブランド化して外に発信しましょう、上勝にしかまだできていないことだから、となって。どうブランド化して発信しようか?となったとき、このRISE&WINを立ち上げる前に、「上勝百貨店」というお店をつくったんです。
―さっき徳島県庁の方が話してました。
亜希:上勝百貨店は量り売り専門店。調味料、洗剤、しょうゆ、ドライフルーツなど、日用品や消耗品を量り売りして、昔みたいに容器を家から持ってきてごみを減らそう(ゼロ・ウェイスト)というものです。ところが真面目にゼロ・ウェイストを押し出し過ぎちゃって。興味があるお客さんは、日本全国から来てくれるんですが、もっと拡大していかないとと反省して、2年でそのお店を閉じて。
―そうだったんですか。
米・ポートランド視察で量り売りビールに出逢ったのがきっかけ
亜希:閉店してから「この町に何が必要だろう?」と、また探し始めて。アメリカのポートランドに視察に行ったとき、町中でビール片手に乾杯して楽しそうにしている姿を見たのが、クラフトビールを作るようになったきっかけの一つです。グラウラーボトルという量り売り用のボトル、何度も洗って使い回しできます。ポートランドではポピュラーで、みんなこれを持って、その日飲むビールを入れて、家で飲んだら洗って、翌日またお気に入りのブルワリーに行ってタップから注いで飲む習慣があって。
それを見たとき「ゼロ・ウェイストだ!」と。ビールってコミュニケーションツールになるし、グラウラーボトルもゼロ・ウェイストだからいいねとなって。ビールって、イースト菌で発酵させているじゃないですか。私たちの会社は菌を扱うプロ集団なので、「一回作ってみよう」となって。
バーベキューみたいに飲食できるお店でビールを作ろう、となって。今は香川県で学校の先生をしているライアンさんをお招きして、ディレクターとしてレシピを一緒に考えてもらったんです。今ではここのスタッフ3名体制でブルーイングをしています。
ビールの副原料に柑橘類の皮・搾りかすや規格外農産物を活用
亜希:ビールに使っている副原料は、「ゼロ・ウェイスト」のコンセプトで、柑橘類や農作物など、規格外や傷物を農家さんと取引して使っています。
代表的なビールはルーヴェンホワイトです。
上勝の農家さんの柚香(ゆこう)という柑橘類を使っています。
柚香(ゆこう)はユズとダイダイの掛け合わせです。生産量の95%は上勝で特産品として収穫されています。実を食べる、というより搾って使います。
農家さんは搾汁(さくじゅう)して、搾った汁はポン酢などの加工品にしています。搾った後の搾りかすは、コンポストで堆肥化させて土に返すんですけど、堆肥化が追い付かないとごみになってしまう。その搾りかすをビールの香りづけにしよう、と「ゼロ・ウェイストビール」として出来上がったのが、この「ルーヴェンホワイト」なんです。
―じゃあ、これは柚香の搾りかすを使っているんですね!
亜希:はい。搾りかすを香りづけに使っています。
―皮も?
亜希:皮も全部です。「ポータースタウト」は規格外の鳴門金時を使っています。
サツマイモって徳島県の名産ですよね。農家さんが規格外で販売できないものを取引しています。
―焼き芋のような香りがしますね?
亜希:焼き芋のような香ばしさや甘みがあります。
―ビールの副原料に芋を使っているということなんですね。
亜希:そうです。麦もホップも使うんですけど、副原料として。
これは量り売りでやっているオサチというチップスです。
農家さんが生産・加工・販売までの六次産業を全部やっています。大きなパッケージで取引して、量り売りなのでゼロ・ウェイストです。
RISE&WINでは、ビールの量り売りはもちろん、タップからグラウラーボトルで持ち帰りもできます。
廃校の学校校舎が店の建築物として今も生きている
亜希:RISE&WINの建物は、上勝町で取り壊そうとしていた家から頂いた家具を組み合わせています。ここに挟まっている農機具は全部、ごみステーションから拾ってきたものです。
メインファサードの窓枠は、廃校になった小学校の体育館や、取り壊し前の商工会のものをデザインしてはめています。
廃校の校舎を残すとなると、維持・管理が大変。おじいちゃん・おばあちゃんにとっては大切な思い出ですが、その一部だけでもこうして光が当たって、ここでまた生かされていく、ということで、喜んでくださっています。
これはシャンデリア。捨てられたものを再利用したシャンデリアです。
―すごい!これはどなたが作ったんですか。
亜希:中村拓志さんデザインです。店内のインテリアは徳島市内のWRAP設計事務所の今瀬健太さんとのコラボなんです。今瀬さんが作ってくれました。
販売する雑貨も環境配慮のもの
亜希:販売する雑貨はエコなものをそろえていて。エコストアさんは「動物実験をしていません」「さとうきびでできた植物性です」と謳っています。
今年ヨーロッパで仕入れてきたのがコーヒーカップ。ドイツ製で、コーヒーの抽出かすを生分解性ポリマーで練って作ってあるんです。
―すごいですね。7月にヨーロッパ(デンマーク・スウェーデン・オランダ)取材に行ったんですけど、お世話になった方が「これ、コーヒーかすで作ったカップだよ」と。
亜希:まさにそれですね!これはビールケースです。歯ブラシも。
―歯ブラシは竹製ですか?
亜希:はい、バンブーで。ブラシ部分は生分解性のナイロンで、土のコンポストで分解できます。でも最近、生分解性のものにも善し悪しあると言われ始めていて。海では分解できないんです。
―土じゃなきゃ駄目なんですね。
亜希:そう。土だったら分解できるけど、分解で発生するガスが有毒になる危険性もある。生分解性って、処理の仕方も考えていかないといけなくて。
あと、透明化って大事だなと思っていて。エコストアは「一部にプラスチックを使っています」ということも隠さずに「ここまではできるけどここからはできない」とちゃんと発表していて信頼をおけます。
規格外ポン菓子やパンの耳、ビワやサクラもビールに!
亜希:愛媛県のひなのやさんってポン菓子の製造会社から、製造ラインから外れて商品化できないものを引き取って、ポン菓子でビールを作っています。パン屋さんから頂いたパンの耳を使ってビール作ったり。
―この中でどれが?
亜希:その2つはスペシャルビールとしてや作ったんです。いろんな企業さんとのコラボビールは上勝を知ってもらえるきっかけになるので、季節限定ものなど、オリジナルビールにも力を入れています。町民に協力して頂いて上勝のビワの果汁を使ったり、摘んできたサクラを使ったり。
―面白い!地域のつながりで。
亜希:町民の皆さんあってのブルワリーなので。来てくれる方も目的が違うから話を聞いているだけでも楽しくて、貴重な時間を過ごさせてもらっています。RISE&WINは4月からガーデンで泊まれるようになるんです。ビールを飲んだ後に泊まる所ということで、1日1組限定でキャンピングカーやグランピングのテントで寝泊まりできます。バーベキューもできます。
4月、ごみステーションが新たに「WHY(ホワイ)」という施設としてオープンします。ごみステーションの役割は引き継いで、BIG EYE COMPANYという会社や宿泊棟、ミーティングルーム、コインランドリー、シェアオフィスが入ります。シェアオフィスは10社の企業誘致を目標にしています。いろんなビジネスや商品が生まれていい展開になればなと。上勝町は視察の方も年々増えてきています。WHYはバスも停められます。このパンフレットを作った2年前には人口1,600人だったんですけど、今の人口は1,500人。
―減ったんですか・・・
亜希:減っています。過疎が止まらなくて。2人に1人が高齢者で、年間50名が外に出ていくか、お亡くなりになってしまう。WHYの建築は中村拓志さんにお願いしています。
―楽しみですね。
亜希:ありがとうございます!
徳島まで行けない人には東京の店舗も
徳島県上勝町のRISE & WIN は、徳島空港から車で1時間のところにある。「行きたいけどすぐには行けない」という声も聞く。
そんな時、「東京には来る」という方には、東京タワーのすぐ近くにあるRISE & WIN Brewing Co. KAMIKATZ Tap Roomがお勧めだ。
地下鉄の神谷町(かみやちょう)駅から徒歩9分。
店長の岩原さんや、スタッフが、温かく迎えてくれる。
取材当日は、店のあるビルに勤めている男性と、カウンターで隣同士になった。RISE & WINが気に入って、頻繁に来店しているという。
徳島同様、東京の店でも、捨てられたものを再利用したシャンデリアが光っている。
取材を終えて
取材の時には、柚香で作ったルーヴェンホワイトを飲むことができなかった。搾りかすで作るものだから、いつもあるとは限らない。上勝町を取材してから2ヶ月後、ルーヴェンホワイトを追っかけて、東京にあるRISE & WIN Brewing Co. KAMIKATZ Tap Roomを訪問した。行く前に何度も電話して「ルーヴェンホワイト入っていますか?」と聞いた。電話のたびに、店長の岩原さんが親切に対応してくださった。
東京タワーのふもとにある東京の店は、それまでも通っていたはずの意外な場所にあった。取材の日は外国籍の方の来客が目立ち、「いつもの店」といった感じで気軽に来店し、楽しんでいた。
池添亜希さんは、取材後に店長に就任された。かつて一年間、徳島市内から往復2時間かけてRISE&WINに通っていた。その後、2019年4月に上勝町に引っ越しされた。勤め始めて半年ほど経った頃、幼いお子さん2人を上勝町で育てたいと思い始め、家や保育園を探したという。
上勝町に暮らしてからは、上勝町のSDGs推進委員会に20〜40代の町民の一人として加わり、町役場の方たちと、上勝町の10年後や2030年のあり方、ビジョンを考える会議に参加してきた。住民になってからは、アユの放流や鎌を使った稲刈りや田植えなど、子どもと共に味わえる自然体験を通し、上勝町の魅力に取り憑かれた。住民になってからは、生活者としての自分のリアルな話をできるようになり、「(通うのと住むのとでは)全然違う」と語る。徳島市に住んでいるとき、4分別か5分別だったごみは、上勝町に住んだら45分別になった。池添さんは、ゼロ・ウェイストや町のこと、自分の思ったことをもっと話したい、と話した。
お話ししていると、楽しい、伝えたい、という気持ちが溢れんばかりに伝わってきた。後に、ルーヴェンホワイトが出来上がった時、池添さんは上勝町からわざわざ送って下さった。
取材中に、たまたま京都からいらした橋本さん一家とも出逢うことができた。
ゼロ・ウェイストアクションホテルHOTEL WHYの予約受付は2020年2月29日から始まっており、2020年4月25日のグランドオープン以降の日程で予約することができる。
環境問題に関心の高い人の間では、すでに10年以上も前から有名な上勝町。この機会に、広く多くの方に知っていただきたいと願っている。