【学校の働き方改革のゆくえ】給特法を改正し、残業代が出るようになれば、本当にハッピーか?
■悪法とされる給特法
学校の先生が長時間労働であることは、たびたび報道されてきた。毎年4月は人事異動もあり、児童生徒も入れ替わり、各種書類作成や健康診断などもあり、学校が一年のうち最もバタバタな時期だ。この10連休はぜひリフレッシュしてもらえたらと思うが、「休めない」という悲鳴も聞こえてくる。大きな大会等を控えて部活動指導がある先生も多いし、教育委員会などへ回答しなければならない文書等の締め切りが連休明けに設定されているところもある(いじめか!?)。
さて、教師の多忙にはさまざまな背景、要因があるが、今日はちょっと制度的な問題を考えみたい。”定額働かせ放題”との悪名高い給特法についてだ。
正式には、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」。名称も長いが、歴史も長い。昭和46(1971)年制定だから、いま学校で勤務しているほとんどの人が就職する前にできたものである。
給特法と関連する政令によって、ざっくり言うと、公立学校の教師について、次のことを定めている。
●時間外勤務手当は支給しない
●給与月額の4%の教職調整額として支給する
●校長が教員に時間外勤務を命じることができるのは、4項目かつ臨時・緊急時のみ(例えば、修学旅行や災害時)
この制度のもと、公立学校の教師の場合、何らかの業務や役割が追加され、超過勤務が増えたとしても、国も自治体も財政上は圧迫しない、カラクリになっている。残業代は出ないのだから。
これが”定額働かせ放題”と批判されるゆえんだ。
厳密には、上記のとおり、残業命令を出せるのが限定されているので、”働かせ放題”と言っていいのかどうかは、大いに議論の余地はあるが、今日はそこは論じない。
給特法はメディア等でも度々槍玉にあがっているし、改正を求める署名は、約3万2千人分も集まり、2018年12月に文科省と厚労省に提出された。広田照幸・日本大学教授(日本教育学会会長)をはじめ、著名な教育学者による団体も給特法の改正を求めている(「学校の働き方を考える教育学者の会」)。
改正を求める論者のなかには、具体的に給特法をどう改正するかをあまり述べていない人もいるように見えるが(注)、おそらく、改正論者のほぼ共通点として、「労基法(労働基準法)の規定と同じく、公立学校の教師にも時間外手当(残業代)が出せるようにする」、という点かと思う。
(注)例えば、「学校の働き方を考える教育学者の会」のウェブページでは、給特法の「抜本的な改正が必要です」とは書いているが、抜本的改正とは何なのかは書いていない。これでは研究者の誠実な姿勢とはとても思えないのだが・・・。
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国の審議会(中教審)でも議論したが、当面の改正は見送り、中長期的課題とした。この結論にぼくも賛成したが、妹尾の個人的な考えをここではお話ししたい。給特法には改正するべき箇所も多いと思うが、そこは働き方改革の様々な政策の中で優先順位が高いかどうかは疑問が残る。また、時間外手当化には負の側面も大きいので、反対だ。後段のことについて、今日は議論したい。
★以下は、妹尾の新刊、『こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦』(近刊)を編集の上掲載する。
■残業代を払って時間外抑制となるのか
「時間外手当にするべき」との主張の前提には、そのほうが、自治体の懐が痛むので、時間外労働を抑制する方向に働くだろうとの見通しがある。
本当にそうなるだろうか。
大御所の先生たちに再三ケンカを売るようだが・・・、ぼくは時間外手当化には賛成できない。理由は2点ある。
第1に、残業を減らす人の意欲をそぎかねない影響がある。
国も自治体の多くも厳しい財政が続いているし、高齢化等で今後は一層悪化する。時間外手当化にすると、現行の教職調整額を全部か多くの額をつぶして、それを財源にして残業代を支給することになるだろう。無い袖は振れないのだから。
※これはぼくの推測であって、文科省等がそう言っているわけではない。
その結果、どうなるだろうか。頑張って残業を少なくしている教師の場合、現行よりも月給が下がることになる可能性が高いと考えるのが自然だ。(ついで言うと、今の教職調整額は退職手当にも反映されるが、そこもなくなるので、退職手当上もマイナス。)対照的に、部活動指導が長い先生や、仕事が多い先生、あるいは、仕事のスピードが遅めの先生は、残業代を多めにもらえる。これでは、残業を減らすインセンティブにむしろならない。働き方改革や業務改善の点ではマイナスの影響になるのではないか。
■残業代が出ると、むしろ残業が増える?
第2に、時間外手当を支給することは、残業を固定化してしまうリスクがある。
企業人に対する調査結果だが、中原淳ほか『残業学』(光文社新書)によると、「生活のために残業代が欠かせない」と思っている人のほうが、そうでない人よりもより長く残業をしている、ということがわかっている。
「残業せざるを得ないほど仕事が多いから残るのであって、残業代欲しさのために残る先生はそういませんよ」という反論ももちろんあるだろう。そういう先生が多いだろう、とぼくも予想する。だが、企業等の知見も参考に、残業代を出すことが果たして残業抑制にプラスになるのかどうかはよく検証していくべきだ。
近い例として、いまの休日の部活動手当はどうだろうか。3時間以上やれば3000円とか(一例として宮城県の条例では「3時間程度2700円」)、部活動指導の大変さと比べたら決して高額な報酬とは言えないとは思うが、手当が生活給の一部やおこずかい的な性格になっていて、休日の部活動の増加に影響しているケースもあるのではないだろうか。
以上2点に関連するが、時間外手当化の是非をめぐって、そもそも、根本的な疑問がある。
教師の仕事の成果、パフォーマンスは、かけた時間と比例するとは限らない。むしろ、仕事は早く切り上げて、勉強会や趣味、旅など、様々なところに出かけて行って、あるいは育児等の経験をして、視野を広げる。そういう教師の授業のほうが子どもたちの好奇心や思考力を高められることも多いだろう。教師に生活上のゆとりを増やして、よりよい授業ができるようにしていこう、働き方改革の趣旨のひとつにはそういうところもある。
この趣旨に時間外手当化は沿わないと感じる。
また、残業代で処遇に差がつくと、教師間で不公平感を生まないだろうか。給特法の改正で、教職員のチームワークをギスギスさせてしまうような結果を招くのであれば、それは改悪である。
ただし、ぼくの意見には弱点があることも申し添えておきたい。
労基法上は、労働には時間に応じて賃金という対価を払うべしというのが原則だ。この原則から現行の給特法は特殊中の特殊、例外となっている。ほかに例外的なものは裁量労働制があるが、主として研究に従事する大学教授らは対象となっている一方、小・中・高・特支の教師はこの対象とはなっていない。現行の給特法の性格で本当によいものか、検討する必要は大いにあると思う。この点については別の機会に議論したい。
今回は給特法をテーマにしたが、似た話はいくつかある。よかれと思って制度改正等をすることが、むしろ逆の結果を招きかねないことは、よくよく注意したい。そうしないと、誰もハッピーにならない。
(参考)給特法の問題点等については、例えば、内田良・苫野一徳(2018)『みらいの教育―学校現場をブラックからワクワクへ変える』武久出版、教職員の働き方改革推進プロジェクト(2017)『学校をブラックから解放する―教員の長時間労働の解消とワーク・ライフ・バランスの実現』学事出版、内田良・斉藤ひでみ(2018)『教師のブラック残業~「定額働かせ放題」を強いる給特法とは?!』学陽書房などが参考になる。
参考記事