【学校の働き方改革のゆくえ】”諸悪の根源は給特法”は本当か?
給特法悪玉論はとても強いが・・・
いま、中教審(中央教育審議会という国の審議会)では、給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)も、重要な検討課題となっている。
給特法というのは、ざっくり言うと、公立学校の教員について次のことを定めている。
- 時間外勤務手当は支給しない
- 給与月額の4%の教職調整額として支給する
- 校長が教員に時間外勤務を命じることができるのは、4項目かつ臨時・緊急時のみ(例えば、修学旅行や災害時)
この給特法については、批判が強い。
抜本的な改正を求める署名活動では、賛同者は3万人以上に上っている(2018年9月28日)。下記のサイトをご覧いただければ分かるとおり、現役高校教師が呼びかけ、著名な研究者や弁護士、過労死遺族の方らも多数賛同している。
今日は、給特法悪玉論について、考えてみたい。中教審では今のところ特段結論は出ておらず、審議中である。あくまでもわたし個人の現時点の考えと捉えてほしい(今後、議論していくなかで意見は修正するかもしれない)。
わたしがお伝えしたいポイントは次の4点である。
1.給特法が教師の長時間労働を助長、悪化させたという確たる証拠はない。
2.給特法は本来、教師を長時間労働から守る趣旨があったが、これが機能してこなかったのは事実。
3.超勤4項目以外の残業について、給特法は何も定めていないし、規制していないのは問題。
4.給特法を廃止あるいは抜本改正すれば、長時間労働が改善するとは楽観視できない。
以下、順に解説したいが、長くなるので、今回は1.と4.を中心にお話しする。
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給特法のせいで長時間労働となったのか?
給特法は「定額働かせ放題」だ、などと批判されている。代表的な見解は、内田良・斉藤ひでみほか『教師のブラック残業~「定額働かせ放題」を強いる給特法とは?! 』などがある。
または、内田先生らの下記の記事にも詳しい。
ただ働きを「献身的」と美化する学校現場 諸悪の根源「給特法」に内田良さんが迫る
また、マスコミのなかにも給特法に批判的な論調はあるし、教職員組合のなかには廃止論が強いようだ。たとえば、次は読売新聞の社説。
こうした給特法悪玉論は、おそらく、次のロジックである。
給特法によって、公立学校の教員には残業代が出ない。(a)
↓
残業代を出さなくてよいので、教育委員会も学校側(校長等)も残業(休日勤務を含む)に無頓着でいられる。労働時間を把握する必要すらない、との意識になってしまっている。(b)
↓
企業では高額な残業代を出すことをためらうために、業務量の調整等が行われるが、学校はそういうインセンティブが働かない。(c)
↓
教員の残業が常態化している。(d)
↓
給特法を抜本的に改めるべき。(e)
まず、上記のうち(a)と(d)は事実。(d)は最近の教員勤務実態調査などでも明らかだ。
問題は(b)と(c)。これらが本当かどうかは、はっきりしない。確かに給特法の影響もあるかも、とは思うが、はっきりは分からないと述べた理由は2点ある。
第1に、給特法があっても、教師にも労基法の時間外勤務手当に関するもの以外の多くの規定は適用されている。厚労省もこう述べている。
だが、やっとつい最近になってタイムカードやICカードで出退勤管理をはじめた学校は多いし、いまでも、出勤簿にハンコのみという昭和な学校も多く残っている。これは給特法の影響も多少はあるかもしれないが、労基法の趣旨を使用者(教委と校長)が知らないか、もしくは尊重していないという問題だ。
また、労基法第34条では、6時間以上8時間未満労働させる場合には、少なくとも45分間の休憩を与えなければならないと定めている。これはもちろん公立学校教員にも適用されているが、これをきちんと守っている小中学校は非常に少ない。ここにも労基法無視の精神が見て取れる。また、4週のうち4日は休日を取らせないといけない規定(労基法第35条)もあるが、部活動等によって休日を取れていない公立学校教員も多い。これも労基法無視だ。
第2に、企業等では割増賃金が発生することで残業に一定の歯止めがかかるのに、公立学校ではそれがない、という問題について。たしかにその影響はあると思うが、限定的であろうと考える。なぜなら、有効な反証がある。それは、私立学校や国立大学の附属学校、そして教育委員会である。
私立学校や国立附属学校には、給特法は適用されない。なので、時間外勤務手当を出しているところもある。そうした学校で、しっかり残業の抑制は働いてきたのだろうか?本当に抑制が働いてきたなら、高校等での部活動の過熱ぶりももっとマシになっていてもよさそうである。検証する調査や研究がおそらくないので、断定はできないが。だから、(c)ははっきりしない、とわたしは考える。
また、公立学校にとって身近な存在は都道府県や市町村の教育委員会である。教育委員会職員のなかには行政職として時間外勤務手当が出ている人も多い。が、(これもわたしが知るかぎりはっきりした調査データはないが、)教委もすごく(人によっては学校以上に)ブラックだ、という話は全国あちこちで聞く。
給特法の問題よりも、労基法を遵守しようとしない文化と運用が大問題
つまり、わたしは、給特法が問題なしとは言わないが、この問題よりもはるかに大きいのは、教育行政と校長等の学校管理職に、労基法を遵守しようとする意識、文化がないことである。まさか、休憩についての規定などはまったく知らなかったというわけではあるまい(校長や教頭になるには試験もしているわけだし)。
なぜ、労基法無視が横行するのか?
それは教育行政や学校には、「子どもたちのためになることなら、法律のことはなあなあでいいでしょう」という発想、あるいは「児童生徒のためになることなら、とことん時間をかけたい」という生産性には無縁の発想が根強いことが影響している。典型的には、ほとんど休日を取らずに熱心に部活動指導を行う姿などにあらわれている。
この時間感覚のなさこそ給特法が助長してきたもの、と言えなくはないかもしれないが、給特法があってもなくても(公立でも私立や国立でも)、おそらく、教師はそういう使命感で仕事をしているという人は多いのではないだろうか。現に私立や国立の教師の残業も相当あるのだし。もしこの見方のほうが正しいならば、給特法を見直しても、大きな改善になるとは限らない。
だからといって、給特法がすべて現状維持でよいとはわたしは思っていないが(これは別の機会に書く)。給特法こそ悪玉と見なすのは、大きな問題のあるところをスルーして、別の問題にエネルギーを割こうとしていることのように見えるのだ。
本当にメスを入れるべきは、第一に、現状の労基法等のルールはしっかり守るようにすること。そのためのチェック、管理も見直すこと。第二に、学校や教師の役割、業務をスリムにしていくこと。第三に、上記一点目、二点目を進めるためにも、給特法改正がなくても現状でも必要な、勤務時間の把握、管理をしっかりやっていくことではないだろうか。
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