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広瀬すずが演じるのはなぜ「両親がいない役」ばかりなのか 明るい役しか演じない姉アリスとの決定的な対比

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

『なつぞら』から2年ぶりの連ドラだった広瀬すず『ネメシス』

広瀬すずは、意外とテレビの連続ドラマに出ていない。

2021年4月からの『ネメシス』で櫻井翔とW主演だったが、その前の連ドラとなると、もう、2019年の朝ドラ『なつぞら』になってしまう。

単発ドラマでは、信長の妻やらエアガールやらいくつか印象的な役を演じていたが、連続ドラマではそうなる。

そこからさかのぼるとその前は2018年1月『anone』となり、2016年1月『怪盗山猫』、2015年1月『学校のカイダン』となって、メインで出ているドラマはだいたいこれで全部である。

いつも「親のいない子」を演じている広瀬すず

並べ直してみる。

2015年1月『学校のカイダン』

2016年1月『怪盗山猫』

2018年1月『anone』

2019年4月『なつぞら』

2021年4月『ネメシス』

なんか、みんなタイトルがシンプルでいい。

それはたぶん広瀬すずの出演と関係しているのではないだろうか。

『ネメシス』は出生の秘密を抱いたヒロイン役であり、『なつぞら』は空襲で母をなくし、戦災孤児として家もない生活からドラマが始まっていた。

そうやっておもいかえすと、どれもあまりふつうの家庭で育った役ではない。

『学校のカイダン』では祖父と二人暮らし、『怪盗山猫』では天涯孤独

2015年1月『学校のカイダン』、これは「怪談」ではなくて「階段」を指している。学校改革の階段、ということらしい。広瀬すずは生徒会長として一般の生徒たちを煽動し、特権階級支配の学園を変えていく。そういうお話。

このドラマではあまり家庭シーンは登場しないのだが、主人公の広瀬すず演じるツバメは、祖父と二人で暮らしている。おじいちゃんは泉谷しげるが演じていて、ときどき、二人での暮らしが映されることがある。

じいちゃんが抗議のために学校に乗り込んできたり、逆に学校から呼び出されたりするシーンもある。

保護者としてじいちゃんはいる。

でも両親はいない。

2016年1月『怪盗山猫』では第一話で父は登場しているが(回想シーンでは母も登場している)、父はどうやら母を殺したようで(その他の犯罪もあり)警察に捕まってしまう。

彼女は天涯孤独となり「怪盗で探偵の山猫(亀梨和也)」のところに居候して、天才的なハッカーとして活動する。

亀梨の演じる役が底抜けに軽くてバカっぽいので、明るいドラマなのだが、途中、けっこうシリアスな展開を見せる。

広瀬すずのハッカーはいつも冷静に行動していた。

『anone』では圧倒的な孤独を演じて突き刺さってくる

2018年1月の『anone』では子供のころから施設に預けられた天涯孤独な少女の役を演じた。

このドラマは「孤独」を描いた秀逸な作品だった。

すべての登場人物がそれぞれに孤独なのだが、とくに広瀬すずのハリカは、子供のころ親に捨てられ施設で育ち、その記憶さえも自分で変えてしまっていた少女で、現在も日雇いアルバイトで暮らしネットカフェに寝泊まりする「圧倒的に孤独な存在」であった。

田中裕子演じる「アノネさん」に出会い、懸命に生きていく姿が描かれた。

地味だけれど、胸の奥に刺さってくる静かなドラマだった。

朝ドラ『なつぞら』では戦災孤児

そして朝ドラの『なつぞら』。

第一話で空襲に遭い、母が死に(父はその前に亡くなっている)、兄と妹と一緒に路上生活するところから物語は始まった。いわゆる戦災孤児である。

父の戦友(藤木直人)に連れられて、彼女だけ、誰一人として知った人のいない北海道へと渡る。

到着した日、会う人みんなに軽く頭を下げ続ける少女の姿は、胸に刺さってきた。(ここを演じていたのは子役の粟野咲莉)。

温かく養家で育てられた「なつ」(広瀬すず)は養父母をお父さんお母さんと呼んで不自由なく育てられるが、生き別れの兄と妹がいること、戦災孤児だったことは、のちの人生にもずっと影を落としていた。

『ネメシス』では謎めいた出生を持つ役

そして今期の『ネメシス』である。

このドラマは、のんきな探偵もの、というテイストで始まっていた。

広瀬すずの演じる役は、「ポンコツ探偵の上司」櫻井翔になりかわって、事件の謎を解く「天才的頭脳を持つ探偵の助手」役であった。

一話完結の愉快な探偵ものだとおもっていたら、終盤になって、シリアスな展開となる。

広瀬すずは「ゲノム編集ベイビー」であり、その出生はかなり謎めいたものだった。

遺伝子上の母も、実際に出産してくれた代理母もすでになくなっており、父として育ててくれた始(仲村トオル)との血縁関係はないとおもわれる。

このドラマでもまた、かなり孤独な存在だった。

なぜ広瀬すずはいつも「両親のいない役」を演じているのか

広瀬すずは、テレビドラマでは、ずっと両親のいない役を演じていることになる。

偶然ではないだろう。

彼女にはそういう役を演じてもらいたいと、制作側がついつい考えてしまうのだ。

「明るく爽やかな人あたり」と「内に強く意志を秘めていそう」という外見に加え、「陰」であろうと「陽」であろうと無理なくすっと演じるその演技力は、圧倒的な存在感を持っている。

つまり「厚みを感じさせる存在」であり、言い方を変えると「ひとすじ縄ではつかめない人間を説得力をもって体現できる役者」だということになる。

だから「複雑な家庭を背負った明るい女性」を演じることが多いのだろう。

「両親がいないことを本人はまったく気にしていないが、でもどこかでそういう翳りを感じさせる」という役を演じて、その役で、人を惹きつける力がすごく強いのだ。

そういう役をうまく演じる役者はたぶんたくさんいるだろうが、それでいて圧倒的な魅力に満ちているというところが広瀬すずのただならぬ存在感である。

姉アリスとのきれいな役の棲み分け

姉の広瀬アリスは大きく違う。

いまは、姉妹でまったく別の役どころを受け持っている。

きちんと分担している、ということなのだろう。

姉広瀬アリスが演じるのは、現在は、だいたい明るい役である。裏がなく、屈託なく、「てへっ」と笑ってごまかしてやりすごすような、そういう役どころが多い。

(コマーシャルもそういうイメージで作られているものが多い)。

姉のアリスは、両親がいない、という設定ではさほど出演していない。

そういう役を演じたことがなくはないのだが、あまりそこに重きを置かれていない。

女子高生役で出つづけていたころの広瀬アリス

広瀬アリスは十代のころは学園もので女子高生役をよく演じていた。

『大切なことはすべて君が教えてくれた』(2011年、同級生に武井咲、菅田将暉、剛力彩芽)

『放課後はミステリーとともに』(2012年、同級生は川口春奈、間宮祥太朗)

『黒の女教師』(2012年、同級生は土屋太鳳、杉咲花、太賀、山﨑賢人)

『35歳の高校生』(2013年、同級生は新川優愛、森川葵、菅田将暉、山﨑賢人、そして米倉涼子)

などである。

朝ドラ『わろてんか』で女芸人を演じて見ている者を元気づけた

2017年の朝ドラ『わろてんか』で明るい芸人リリコを演じて、広く認知された。

このドラマでは、両親がおらず、旅芸人の一座に加わって、旅を続けているという役で登場してきた。

一途で真っ直ぐで明るいキャラクターだったという印象が強いが、片想いの相手(松坂桃李演じる藤吉)をヒロイン(葵わかな)に取られる役なので、けっこう屈託を持ったキャラクターでもあった。

それでも、もともといい家のお嬢さまというヒロインに対して、バイタリティ溢れる市井の芸人として出演しつづけ、見ている者をとにかく元気づけてくれる存在だと認識されたとおもう。

ちょっとドジで明るい役を演じ続ける広瀬アリス

この朝ドラのあと、広瀬アリスの役は「ちょっとドジだけど(仕事がうまくできないことがあるけど)明るく屈託のない女性」というものが多くなる。

この人を見ていると元気になる、という印象から、そういうわかりやすい役を振られることになったのだろう。

『ラジエーションハウス』(2019年)、『トップナイフ』(2020年)、『七人の秘書』(2020年)では仲間内でもっとも目立って明るくて、失敗はするけど屈託がないという役を演じた。元気づける役である。

姉アリスの演じる役は「家庭」がある(ことが多い)。

妹すずの役はずっと「家庭」がない。そういう役を演じて、時代そのものを背負っているかのようだ。

本来、姉の広瀬アリスも、妹と同じ「内側にいろんなものを抱えた役」を演じきるポテンシャルを持っているはずである。(おそらくこの後、そういう役も演じるようになるとはおもう)

でも、いまのところは割り振られた「見ている人を元気にする陽気な役」に徹している。

姉と妹で、わかりやすく棲み分けているようである。

『ネメシス』の魅力が伝わりにくかった世情

広瀬すず主演で期待された『ネメシス』は、「一話で解決する軽めの謎」と「ドラマ全体を見てわかる謎」を丁寧に絡めた緻密な構成となっていた。

おそらく文章で読むなら、つまり小説だとしたら、この凝った構成はとてもスリリングで興奮したとおもわれる。

でも、週一で見るドラマとしてはやや間延びしてしまった。

ずいぶん前の一話も伏線だったといわれても、ドラマをそこまでさかのぼって見直すという習慣はあまり持ち合わせていない。

「頭で考えたもの」と、「実際にそれを見る感覚」に少し乖離があったようにおもえた。

それは、コロナ下という時節柄の問題だったような気もする。

でも「探偵の助手」をやっているときの広瀬すずは屈託がなく、明るくストレートで魅力的であった。そこを見ていると楽しいドラマではあった。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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