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メイ英首相がEUに手紙。ギリギリまで勝負、延期を両院で採決へ。総選挙は。イギリスEU離脱ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
メイ首相と夫のフィリップ氏。Sonningの教会にて。(写真:ロイター/アフロ)

いよいよ明日は、3月21−22日の欧州理事会(27カ国首脳会議)の日である。

その日を前にした19日(火)の夜から20日(水)に、メイ首相はトゥスクEU大統領に宛てて手紙を書いたと、イギリス首相報道官が述べた。内容は、最低でも3ヶ月の離脱延期を正式に求めたものだという。

また報道官は「日付の変更は、両院の了承を得なければならないだろう」とも付け加えた。

メイ首相は「3回目の合意案の採決」を取るつもりだった。これは予想していなかったので、驚いた。すごい意志の強さだ。感服している(最近、筆者はもうすっかりメイ首相のファンである。見ていてほれぼれする)。

しかしそれも18日、「内容が同じなら、3度めの採決は取るのは不可能」と英国下院議長ジョン・バーコウ氏が発表した。なんでも、1604年の「先例」に基づき、1912年以来使われていなかった議会の慣例に従ったのだそうだ。

これがなければ、最後の最後の場面で、北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)や保守党の反対派が、メイ首相の説得に応じ、「合意案が可決」→「6月30日に合意がある離脱」という大どんでん返しもないことはなかったのだが、もう時間がない。

こうして、袋小路にはまったメイ首相は、トゥスクEU大統領に手紙を書いたということだ。

わからない点が色々あるので、以下に整理しながら考えていきたい。

延期は短いのか、長いのか

わからない。ロイター報道のBBCの政治担当エディターによると、最長2年の延期をメイ首相は求めたという。

しかし、19日(火)にこの問題で開かれた閣議では、複数のEU懐疑派の閣僚が、もし政府機関という船が長期の延長を要求しようとするならば、船を去って窮地に陥れさせると、騒々しく脅したということだ。

バルニエ交渉官は「延期があるなら、有用なものでなくてはならない。不確実さを引き伸ばすだけで、政治的にも経済的にも代償がありすぎる」、「延期の期間を決めるのは、延期の目的による」と述べた。

3月21日と22日の欧州理事会はどうなる?

バークレーEU離脱担当大臣は、「46年間欧州のブロックに属したことに終わりを告げる合意に関する投票は、来週も行われるかもしれない」と述べた。

フィガロ紙は、メイ首相は3回のみならず4回でも、合意案が可決されるまで努力するつもりのようだと報じている。

ということは、3月21−22日に予定されていた欧州理事会(27カ国首脳会議)は、ブレグジット問題については最終決定は延期ということだろう(もっとも元々ブレグジットのために招集されたものではなく、定期会合なので、予定されている他のテーマを話し合えばいいのだが・・・)。

EU側は、じりじりと焦っている様子だという。欧州委員会の報道官Schinas氏は、ロンドンに次のステップを決定すること、そしてEU側に迅速に連絡することを求めたという。

メルケル首相は、合意なき離脱という「ビジネス界が特に恐れているシナリオ」を避けるために「3月29日の締め切り直前まで、最後まで戦う」ことを望んでいる、と述べた。

とりあえず、3月21−22日の段階でEU側が「拒否」の姿勢を見せることはなく、待ちの姿勢になるのだろう。

そもそも英国で延期の議決は可能なのか

上述のように、報道官は、離脱の延期は上院と下院の両院での可決が必要である、と述べている。採決にかける「延期の期間」すら不明であるが。

しかし、そもそも採決ができるのだろうか。バーコウ下院議長は、同じ内容の議題の採決はできないと言っているではないか。

政府の法務官は、法律の先例を探してひっぱりだしてきて、「十分に新しいので、この採決を再び取ることは可能だ」と正当化しなくてはならない。

このような議決にもっていくことそのものが、断固離脱派の大きな反発を招くだろう。「断固離脱派の350キロ大行進」を行っているファラージ議員などは、どのような反応を示すだろうか。

しかし、バーコウ下院議長は、なぜか保守系の新聞(や大衆紙)に告発されているという。

「サボタージュの行為だ」(デイリー・エクスプレス)、「ブレグジットの破壊者」(デイリー・ミラー)、そしてあのEUの悪口が十八番のサン紙にまで「バーコウへ、クソ食らえだ」と書かれているという・・・何なのだろう、一体・・・。

もっとも、仮に議決に持ち込めたとしても、あと9日しかない。

合意も延期可決も3月29日までに不可能だったら?

3月29日までに、イギリスで合意案が可決されれば、全く問題なし。6月30日まで延期して、合意がある離脱をする。

あるいは上院と下院の両方で、延期が過半数をとることができて、EU側に正式に延期を申請するーーこれなら、EU側も延期を了承せざるを得ないだろう。

でも、もしそうならなかったら?

合意なき離脱なのか。あの鉄の意志をもつメイ首相はあきらめるのか。 

筆者は、欧州機関側(主に欧州委員会)とメイ首相は、一つの計画をもっていたのではないかと思っている。

それは、総選挙である。

欧州機関は、EU市民の発想の持ち主だ。EU残留派のイギリス市民に答えるため、実際にはEU残留派であるメイ首相を内心応援するため、欧州の統一を願うため、出来るだけのことをしたがっていると思う。

しかし、総選挙だけではEU離脱問題に対する投票にならない。理由は二つある。

一つは、離脱問題は、党の単位では測れない内容であること。保守党の中にも離脱派と残留派、労働党の中にも離脱派と残留派がいるのだ。

もう一つは、総選挙では、人々はもっと別のものさしで投票する。地元選出の代議士を選ぶのだから、自分の生活に直結した内容が争点となる。「遠いEUなんてどうでもいい」という心理すらあるだろう。たとえEU残留派であっても。

といって、再国民投票はハードルが高い。一度民意は出ているのだから。よほどの理由がないと、民主主義の冒涜になってしまう。

だから、長期の延期をして、法的に欧州議会選挙に参加させる。そうすれば、争点はもっぱらEU離脱だ。こうして欧州議会選挙を、再国民投票の代わりに使う。

ただしこの方法の難点は、離脱しようとしている国が欧州議会選挙に投票という、イギリス国内のみならず、EU側からも出るだろう反発や矛盾に対処しなければいけないことだ。ただ、法律を盾にとることはできる。

総選挙を行い新しい議会が生まれ、欧州議会選挙でEUに好意的な結果が出れば、新政権が再国民投票をするかもしれない。

今までユンケル委員長やメイ首相は、「ブレグジットは決して起こらないかもしれない」などと公式の形で発言していた。そんな道筋、どこを取ってもないはずなのに。

▼参照記事:欧州議会選挙が再国民投票の代わり? ユンケル氏まで「ブレグジットはないかも」

▼参照記事:メイ英国首相は再び国民投票を行うのか。内閣総辞職もか。EUは強硬姿勢

そして今、トゥスクEU大統領は、1年の延期に前向きであった。

▼参照記事:欧州議会、欧州委員会、そして加盟国。イギリスの運命を握るEUの内部はいま

これらはすべて、総選挙+欧州議会選挙を再国民投票の代わり、を示唆していたのだと思う。

もし全ての方策が尽きたらーーそうなる可能性が大だがーー、3月29日の直前にメイ首相は再びEU側に手紙を書いて、総選挙を理由に延期を申請するかもしれない。

もし本当に総選挙なら?

イギリスで解散・総選挙を行うには、2011年に可決された議会任期固定法により、英下院が所属議員3分の2以上の賛成で解散を自主的に決議するか、内閣不信任案が決議されなければならない。日本で郵政民営化の議論をめぐって小泉元首相がとったような解散の制度は、イギリスではもう存在しない。

ここで問題なのは日程で、英下院で解散が決定された場合、エリザベス女王がメイ首相の助言のもとに次の選挙の日を決めるのだが、下院は決められた選挙日から25日前に解散するのだ。つまり短く見積もっても1ヶ月はかかる。

つまり、メイ首相が「絶対に合意なき離脱なんてさせるものか。離脱するなら絶対に合意が必要だ」(願わくは、EU離脱をやめてしまいたい。EUに残りたい)と思って総選挙に賭けるのであれば、EU側の延期の許可は不可欠だということだ。そうしないと、総選挙が実行される前に、3月29日がやってきてしまう。合意なき離脱後に、総選挙をすることになってしまう。

英下院で解散の動議に関して、どういう道筋の可能性があるかは複雑で、以下の表を参考にして頂きたい。

House of Commons Library/No confidence motions and early general elections より
House of Commons Library/No confidence motions and early general elections より

でもやっぱりダメかも?

合意なき離脱となるか、総選挙に賭けるためにギリギリで延期申請か、という2択になるとしたら。

後者の場合、EU側が了承しなくてはならない。しかも27加盟国が全会一致で。

フランスのエリゼ大統領府は、冷淡だ。

3月19日になって、「27カ国と交渉した合意が、3月29日までに英国議会で過半数を迎えるか、あるいは合意なき離脱か、二つに一つである」と言い出した。 さらに「英国が延長を申請する場合、それはロンドンで<重大な新しさ>について多数決で合意された場合のみで、さらにEUの利益を保持している場合に限られる」とも。

これは結構な重要発言である。やっぱり、フランスは怪しかった。筆者は数ヶ月前からそう言ってきたのだが・・・。マクロン大統領が個人がどうというよりは、「フランスの政治のかたち」みたいなものなのだ。フランス人のそういう所が筆者は嫌いなので、余計に疑い深くセンサーが敏感に反応してしまうのだった。

この分だと「総選挙」プランについては、仮にメイ首相がこれを理由に延期を申し込んだとしても、欧州理事会で27加盟国が一致団結できず、否決される可能性が高まったと思う。

いよいよ3月29日が間近になって、あちこちから加盟国の本音が聞こえてきそうだ。今まで目をみはる27カ国の団結を実現してきた欧州委員会であるが、今後加盟国にどのような対応ができるのか、注目していきたい。ユンケル委員長という大物政治家は、任期の最後にどのような仕事を見せてくれるだろうか。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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