中絶、DV、メンタル不調…ひとり親を救う「子ども第三の居場所」ひらがな書けない子、偏食の子もサポート
日本財団は、多様な困難を抱える子どもたちが安心して過ごせ、将来の自立に向けて生き抜く力を育む「子ども第三の居場所」プロジェクトを全国で進めている。
今回、取材したある拠点は、数年前に開設して日本財団が助成し、NPOが運営を担っている。常駐の職員とパートスタッフのほか、地元の大学生がボランティアで協力している。放課後や長期休みに30人ほどの小学生が通う。
ひとり親が多いこの居場所で行われている「絵日記を通した子どものケア」と、「ひとり親家庭の就労」について、具体例を紹介する。
●環境が整うと就労に結び付く
拠点の運営をするNPO法人の石川(いしかわ)さん(仮名)は、高齢者から子どもまで、暮らしのサポートをしてきた。子育ての継続支援が必要だったため、「子ども第三の居場所」を始めた。地域には、離婚して実家に戻ってくる親子が多いという。
実家の支援が得られる人と、そうでない人がいる。祖父母が娘が戻ったことを隠したがったり、自身も働いていたりすると、子どもが保育園で発熱したときなど、実家に頼みにくい。祖母が厳しすぎる場合もあり、孫に手が出る、しつけとしてご飯を食べさせないというケースも。そうなると、祖母を緊急連絡先にも入れられない。
石川さんが、開設したばかりの居場所に受け入れたのは、30歳前後のアイコさん(仮名)。役所の勧めで見学に来た時、顔色が悪いなと感じた。小学生と幼稚園の子を抱えるひとり親だった。
心配して体は大丈夫か聞くと、「妊娠していて、産まない決意をした」と泣き出してしまった。産めない事情があるといい、育てる道はないか、話し合った。祖父母には頼れない。帰り際、「実は病院に予約していて、来週に手術を受ける」という。「何かあれば電話して」と励まし、見送った。のちに、「気持ちの整理がついて手術した」と連絡があった。
アイコさんの上の子は、すぐに居場所の利用を始めた。下の子は、幼稚園で夜まで預かってもらった。理解がゆっくりだったため、小学校は支援級に進んだ。その後は、2人そろって居場所に来て、夕ご飯を食べていく。心配なく働ける環境が整い、アイコさんもパート勤務から正社員になれた。
●心を映す「絵日記」
子どもたちのサポートのために、この居場所では毎日、絵日記を書いている。おやつや絵本の読み聞かせ、宿題の後に、子どもたちが絵日記を書いてポストに入れる。すると先生が返事を書いて、ポストに戻す。
書きたくない日は、名前だけでもいい。つながっていることが大事で、気になることが分かる。「めんどくさい」「嫌な日です」と書く子もいる。そんなときも、スタッフは「書いてくれた〇〇さんに拍手」と返事をし、「見ているよ」というメッセージを残す。
スタッフは専門家の研修を受けていて、勉強ではないから添削はしない。高学年のある子は、外国語をびっしりと書いてきた。好きで自分で勉強していることを知り、スタッフは驚かされた。
リクさん(仮名)は、小学校に入る時にやって来た。ひらがなが書けず、話もしなかった。母は心配で泣いている。スタッフが「名前を書いてみよう」と促すと、絵だけ書いた。最初は、大きい家の輪郭だけだった。次第に、家の中に人や冷蔵庫などの絵が増えていく。スタッフは「立派ですね」とコメントした。書きたいことを聞き取って、スタッフが手を添えてなぞり書きする日もあった。
ある時、「ベッドが気持ちいい」と1行だけ書いた。そうした積み重ねで、1年生の秋にはひらがなが書けるようになった。さらに数カ月すると、好きなゲームのキャラクターや、スタッフを模した絵も描くようになり、色も着いてきた。絵を介して、「上手だね」とコミュニケーションができた。
臨床心理士によると、家を描くのは、安心できる空間を持っていることの表現だという。中身が増えていくのは、スタッフとの関係が良く、居場所のことなら描いてもいいという思いと、家庭内の良い変化もあるのではと推測される。
●偏食を克服、大きく成長した
リクさんの母親と、祖母の関係は悪かった。母親は働いていて、下の子の世話を祖母に頼らざるを得ないが、祖母も高齢で許容量を超えている。
石川さんは、リクさんの母親が「好きなことだけさせても、生きていける」と言ったのが気になっていた。実際に、リクさんは偏食で、嫌いなものは一切、口をつけなかった。来てから半年は、居場所でご飯を食べさせるのが大変だった。カレーやハンバーグは進んで食べるけれど、魚・野菜はスタッフが手取り足取りで食べさせた。少しずつ、1人で座り、おかわりするようになった。さらに絵日記を書くと褒められ、自信が出てきた。
母親は不安定なところがあった。1学期はリクさんの国語の成績が良くなかったと、相談の電話があって、塾に行かせた方がいいかと焦っていた。
石川さん「身の回りのこともできていないのに、塾に行かせるというアンバランスな考えを持ってしまう。ひとり親は、引け目から過剰になりがちで、特別扱いを嫌がるため、上手にサポートすることが課題です。リクさんは、ゆっくりと進んでいっています。そう伝えていくことで、お母さんも、私たちスタッフを信頼するようになりました」
居場所の面談で、母親たちに「ここができて良かった。夜7時半まで預かってもらえて、少人数でしっかり向き合ってくれる」と言われる。そんな母親たちを褒めて、積極的に声掛けをすると、メンタルが落ち着く。子どもの居場所、母親のメンタルと、いろいろ整って初めて、正社員として働ける。
石川さんは「夕食をここで食べないといけない。正社員はそこまで働かなきゃいけないの?とは思いますが…。ここのサポートで、正社員になった家庭は4組あります。再婚などで、きょうだいの歳が離れていて、高校・大学と学費を稼がなきゃいけなかったり、福利厚生が必要だったり。就労状況で、生活が変わりますから」という。
居場所で雇用した母親もいる。DVで逃げてきて、調理員として働いた。
●メンタル支援、卒業後の居場所も
ひとり親の中には、メンタルの浮き沈みが激しく、仕事が長続きしない人も少なくない。多子世帯は、子どもを順番に病院に連れて行くだけで1カ月が終わってしまい余裕がない。
「私たちもできることを一生懸命していますが、お母さんも変わっていく途中なんです。相談してみるのもいいですよと専門機関につなぐこともあります」と石川さんは語る。自治体の窓口を紹介し、専門家が親や子どもの話を聞いてくれる。相性が良いと、落ち着いてくる。月に数回、相談している子もいる。
居場所では、保護者同士のコミュニケーションも生まれている。コロナ禍で回数は減ったが、体験活動を行い、魚釣りや畑での収穫に出かけた。そこで仲良くなった親子に誘われ、学校のクラブ活動を始めた子もいる。居場所に通いつつ、クラブも我慢せず参加できるように、送迎の融通を利かせている。
小学生が対象の居場所は、卒業後の子どもたちのアフターフォローが課題だった。この地域には、日本財団による「子ども第三の居場所」の「コミュニティモデル」が2022年に始まる。週3日のオープンだが、年齢制限がなく、スタッフがいて、学習支援や食事もある。スタッフとの関わりが継続できる、コミュニティになる。
石川さんは「この地域は、貧困世帯が多いわけではなく、居場所を利用する家庭も、どちらかというと普通に見えるのではないでしょうか。若いお母さんは、子育てと仕事のキャリアを築く時期が重なる。ライフステージをどうつくっていくか。お母さんは、ひとりで頑張らなきゃと思って無理している」と語る。
ひとり親にも人生を楽しんでもらいたいし、スタッフは将来を応援するパートナーになりたいと言う。
「子どもはお母さんが大好きで、心配して情緒不安定になりがち。特に女子は影響される。子どもが安心して過ごせる場所があると、お母さんもポジティブになれて、仕事や生活も落ち着くことが多い。うまく環境を整えて、背中を押してあげられたらと思っています」
(2022.04.13 日本財団ジャーナルに掲載の記事を再構成)