なぜロシアは単なる空中発射弾道ミサイルを極超音速ミサイルと呼ぶのか
5月9日、ロシア各地では毎年恒例となった対ドイツ戦勝記念軍事パレードが実施されました。首都モスクワでは各種新兵器もお披露目されています。無人地雷処理車「ウラン6」、無人戦闘車「ウラン9」、固定翼無人機「コルサール」、回転翼無人機「カトラン」、ステルス戦闘機「Su-57」、そして3月にその存在が公表された空中発射弾道ミサイル「Kh-47M2 キンジャール」がMiG-31戦闘機に搭載され飛行しています。
このキンジャールについてロシアは「極超音速ミサイル」であると説明しています。しかしそれは不適切な分類であると筆者は考え、3月13日に紹介した記事では敢えてロシア側の説明を無視して「空中発射弾道ミサイル」という分類にしました。
ロシア軍の新兵器、空中発射弾道ミサイル「Kh-47M2 キンジャール」(2018年3月13日) - Y!ニュース
極超音速とはマッハ5以上を指すので、マッハ10を発揮できるキンジャールが極超音速ミサイルであること自体は間違ってはいません。しかし弾道ミサイルが極超音速を発揮できるのは当たり前であり、弾道ミサイルを極超音速ミサイルと呼称する習慣はこれまで世界のどの国にも無かったのです。最近、新兵器として話題となっている極超音速ミサイルとは弾道飛行以外の手段でマッハ5以上を達成する長射程戦略兵器を意味し、「極超音速滑空ミサイル」または「極超音速巡航ミサイル」の2種類だけを指すのが世界的な共通認識である筈でした。
極超音速兵器とは何か(2018年3月29日) - Y!ニュース
キンジャールを極超音速ミサイルに分類するのはおかしいとする指摘は、ワシントンD.C.に本拠を置くシンクタンク「CSIS(戦略国際問題研究所)」からも、3月27日に上げられた記事で解説されています。
キンジャールは外観の形状からイスカンデル短距離弾道ミサイルをベースに開発された準中距離の射程を持つ空中発射弾道ミサイルと分析されています。空中発射されることで速度と射程を稼いでいますが明らかに弾道ミサイルであり、滑空ミサイルでも巡航ミサイルでもないのです。弾道ミサイルの空中発射自体も標的用ならば既にイスラエルとアメリカで実用化済みで、技術的には難しいものではありません。空中発射弾道ミサイルは過去の冷戦時代に各国が考案したものの一つも実戦兵器としては採用されてこなかったジャンルの兵器です。つまり実戦用にはあまり向いていないと判断されて来た歴史があり、新兵器というよりはむしろ古い発想の兵器です。
なぜロシアは単なる空中発射弾道ミサイルを極超音速ミサイルと呼ぶのか。それは一般向けへの宣伝効果を狙ったと解釈ができます。本当の意味での極超音速ミサイルである新兵器「極超音速滑空翼体アヴァンガールト」は機密の塊であり実機を詳しく見せて紹介することはできない、しかしそれでは宣伝効果が低い。そこで既存の技術しか用いられておらず、全て見せても問題ないキンジャールを極超音速ミサイルとして宣伝したのでしょう。これは各国の政府や軍を相手にした宣伝ではなく、一般向けへの政治的な宣伝、プロパガンダです。
- 射程2000km・・・可能
- 最大速度マッハ10・・・可能
- MD突破能力・・・困難
- 対地精密攻撃・・・可能
- 洋上対艦攻撃・・・困難
キンジャールの公表されたスペックは上記5つの項目ですが、筆者はうち2つは困難であると推測します。本質的に単なる弾道ミサイルであり新技術が使われていない以上、従来型のロシア製弾道ミサイルと同程度のことしかできない筈です。