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ノート(88) 静かな学びの日々へ 友人らから舞い込む手紙

前田恒彦元特捜部主任検事
(ペイレスイメージズ/アフロ)

~回顧編(13)

勾留33日目

静かな学びの日々へ

 最高検の捜査が一段落したということで、この日からこれまでの読書に加え、毎日6時間ほど学びの時間をとることにした。特捜部での激務の中、なかなかまとまった時間がとれず、やりたいと思っていたことがろくにできないまま推移していたからだ。

 社会から隔絶され、テレビや電話、パソコン、スマホ、メールなどがなく、話し相手もおらず、一人静かに集中できる環境に置かれたことで、そうした学びもかなり進むだろうと思われた。

 法務全般や会計、税務、英語を中心とする意向だったが、まだ手もとにテキストなどがなく、これから購入や差入れによって順次そろえていく必要があった。

 そこで、まずは同期の弁護士が差し入れてくれていた三省堂「模範六法」のうち、これまであまり検討してこなかったり、手薄だったり、司法試験以来ご無沙汰となっていた法令から読み進めていくことにした。

 この六法は実務家が有斐閣「六法全書」と並んでよく使っているもので、ドッシリと分厚く、約400もの法令が収録されていた。主要な条文の横にはその条文に関連した判例の要旨まで掲載され、その数も1万数千と群を抜いていた。

 簡単な例を挙げると、刑法では殺人罪は「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」と規定されており、殺した対象が「人」であることが犯罪成立の絶対条件となっている。

 そうすると、そもそも「人」とは何なのか、いつから、また、いつまで「人」といえるのか、胎児や脳死などの問題を踏まえ、様々な説を立てることが可能となる。

 これに対し、裁判所が判例という形で一定の解釈を示していれば、実務ではまずその指針が重視される。

 今でこそ総務省がポータルサイト「e-Gov」を運営し、そこから簡単に法令を検索、閲覧できるようになっているし、裁判所もネット上に著名な事件の判例を掲載している。

 それでも、パソコンやスマホ、インターネットがない環境では、「紙の六法」というアナログなツールに頼らざるを得ないわけだ。

条文に当たる重要性

 このように、法律を学ぶに際し、まず最初に条文に当たるクセをつけておくことは極めて重要だ。これを「条文を引く」と呼ぶ。しかし、かねて法学部の教授からは、学生が条文をろくに見ない、といった嘆きの声をよく耳にしてきた。

 そこで、検察では、若手検事の決裁で「条文の中身を教えて」と言い、ポンと六法全書を手渡すような幹部が現にいた。

 実はその幹部は既に条文などをよく分かっており、若手検事が目の前で六法全書を調べる姿を見て、どれだけその作業に手慣れているかや、決裁に先立ってきちんと条文を確認してきているか否かをチェックしているわけだ。同じ方法で、検事志望の司法修習生を試す幹部もいた。

 逆に、決裁前にきちんと条文を確認するだけでなく、あらかじめその条文のコピーを用意しておき、決裁で話題に出た機会にサッと取り出して示すと、幹部からの信頼度が上がる。その際、老眼の域に入っている中高年の幹部に配慮し、できるだけ大きくコピーした上で、該当する条文を蛍光ペンで囲んでおくともっとよい。

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元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

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