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7月25日は、「世界溺水予防デー」です

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
国連のホームページから(筆者撮影)

 2、3週間前、Safe Kids Worldwideからニュースレターが送られてきた。これは定期的に送られてくるもので、その中に、今年度から国連が「世界溺水予防デー」を制定したことが記されていた。そんな話は初めて聞いたので、国連のホームページでチェックしてみた。

国連の決議

 世界では少なくとも年間に約236,000人が溺水によって死亡しており、溺水は Silent and Preventable Killer (静かな、そして予防可能なキラー)であるとされ、国際連合の第75 回総会において、溺水予防に関する決議が採択された。溺水を主題に決議が採択されたのは初めてで、この決議によって、国連総会は加盟国に対して、溺水予防に向けて自発的に行動を起こし、溺水のための国の窓口を設けるように奨励している。また、世界保健機関(WHO)も加盟国の要請に応じて溺水予防の取り組みを支援すると同時に、国際連合内の関係機関のあいだの活動調整を行うよう依頼している。そして、毎年7月25日を「World Drowning Prevention Day(世界溺水予防デー)」に制定した。

わが国での取り組み

 この「世界溺水予防デー」について、わが国ではまったく取り上げられていない。インターネットで検索しても、公益財団法人 日本ライフセービング協会公益社団法人 日本WHO協会の2件しかヒットしない。日本ライフセービング協会のホームページには、2021年5月27日の日付で国連決議の文書の翻訳が載っている。

 それを読むと、以下のように一般論、原則論が書かれているだけである(一部のみ抜粋)。

(a) 溺水予防のための国の窓口を定める。

(b) 保健・健康に関する計画、政策、プログラムの一部として、その国のニーズと優先事項に応じ、一連の測定可能な目標を含む国の溺水予防計画を策定すること。

(c) 世界保健機関(WHO)が推奨する介入策、すなわち、柵、監視、水泳技術、救助・蘇生訓練、ボート規制、及び洪水リスクと復興の対応に沿って、溺水予防プログラムを開発すること。

(d) 保健、教育、交通、災害リスク軽減の分野において、ウォーターセーフティに関する法律の制定と効果的な施行を確保する。

(e) 市民登録と人口動態統計の登録に溺死を含め、全ての溺死データを国の推定値に集計すること。

(f) 溺水予防に対する認知度の向上と、国民の行動変革を促すキャンペーンを推進すること。

(i) 革新的な溺水予防手段及び技術の研究開発を促進し、国際協力を通じて、特に発展途上国のために能力開発を促進すること。

(j) 加盟国各々における教育に関するガバナンスの枠組みに沿って、学校のカリキュラムの一部として、ウォーターセーフティ、水泳、応急処置の授業の導入を検討すること。

わが国での位置づけは?

 7月25日を「世界溺水予防デー」に制定することに反対する理由はまったくないが、わが国で何ができるのだろうか?何をすべきなのだろうか?

 すでに各省庁において、それぞれが管轄する場の溺水予防対策は行われているはずだ。たぶん、この国連決議を取り上げる省庁はないと思う。内閣府から「国連から決議が出ているので、よろしく配慮されたい」という通知くらいは出されるかもしれない。「溺れを予防する必要がある」と指摘し、「世界溺水予防デーを制定する」と宣言しても、指摘された加盟国は何をしたらいいのかわからない。窓口を一つにと言われても、どこが一つにまとめてくれるのかわからない。そこで、何もしないことになるが、何もしなくても省庁の担当者が困ることはない。しかし、何もしなければ今後も溺れる人は出るだろう。溺れた本人はもちろんのこと、家族や関係者、医療者は「困る」という言葉ではとても表現しきれない苦痛と苦悩に見舞われることになる。

子どもの事故防止週間 

 国連の決議と現場の関係は、子どもの事故防止連絡会議と現場の関係に酷似している。令和3年度の子どもの事故防止週間が7月19日から25日まで設定されており、今年のテーマは「水の事故に気を付けて!」となっているが、国連の溺水防止の決議のことは何も触れられていない。「子供の事故防止に関する関係府省庁連絡会議」のメンバーとして、内閣府、警察庁、消費者庁、総務省消防庁、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、海上保安庁が名前を連ねているが、他にも環境省、スポーツ庁なども関係しているはずだ。国連の決議と同じく、この子どもの事故防止週間も、茫漠として、具体的な活動は何なのか、獲得目標は何なのか、私にはよくわからない。

 事故防止週間を設定し、ポスターを作って配布するだけなら、小学生の夏休みの宿題レベルだ。予防活動をするときは、具体的に何について取り組むのか、そして、現状のデータを数値で示し、その数値をどこまで下げる、あるいは上げるのかを明示して目標値とし、数年後に計測して数値で評価する必要がある。

 交通事故と労働災害に関しては、毎年いろいろな数値が得られ、細かく分析が行われ、目標値と比較して次の対策が検討され、PDCAがうまく作動している。それに比べ、子どもや高齢者の傷害予防はほとんど機能していない。データとして継続的に検討できるのは死亡数だけだ。例えば、人口動態統計の溺死のデータ(2016年から2019年の死亡数)を見ると、0歳(4人、6人、6人、3人)、1-4歳(26人、12人、17人、14人)、5-9歳(18人、15人、19人、23人)、10-14歳(20人、15人、18人、13人)となっている。数値はばらついており、溺死した状況もそれぞれ異なっていて、ポスター配布の効果を評価することはできない。

問題は二つある

 一つは、データがないことだ。唯一得られるのは、死亡データである。入院したり、後遺症が残った事例のデータはない。データがないので評価できない。死亡数だけでは評価はできない。

 もう一つは、予防活動の効果を数値で評価する体制になっていないことだ。ポスターを配布したら、その予防効果を数値で示して評価しなければならない。

 国連には国連の考えがあり、わが国の省庁にはそれぞれの考えがあると思う。しかし、何らかの方針を制定するなら、一般論や原則論を示すだけでなく、具体的で、数値など計測できる指標を設定すべきであると思う。○○週間を設定するのなら、その中でどういう指標を設定するのか、その意味付けを述べ、そして予防活動を行い、その結果を数値で評価する必要がある。

 ポスターを配布する活動で何か被害が生じるわけではないが、それで予防活動をしているというのは勘違いである。評価できないことに時間やお金をかける必要はない。溺水予防は、世界中で取り組むべき課題と指摘されたことは意義があるが、具体的にどう取り組むかが問われている。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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