【 解読『おちょやん』】杉咲花が渾身の「女優宣言」、女給から女優への第一歩
NHK連続テレビ小説『おちょやん』。大阪を出た千代(杉咲花)は、京都に降り立ちます。新たな場所で、新たな出会いを体験します。まず飛び込んだのは「カフェー」の世界。女給から女優へと転身していくヒロインの第5週(1月4日~8日)でした。
昨年末の「第4週」のラストが12月25日。1月4日からの「第5週」まで少し間があったので、思い出してみると・・・
千代(杉咲花)が長年奉公してきた京都の芝居茶屋「岡安」。その女将であるシズ(篠原涼子)の助けを借りて、千代は自由になりました。
大阪駅から汽車に乗り、降りたところが京都です。とはいえ、なぜ京都だったのか。
このドラマでは、故郷の南河内にあった「竹林」の思い出と、走る車内から見た竹林の風景を重ねて説明していました。
「そうだ、京都へ行こう」
千代のモデルである浪花千栄子もまた、京都とは縁もゆかりもありません。ただ、奉公していた大阪の「仕出し料理屋」では毎年、店員の慰安会を京都で行っていました。
いつも「留守組」だった千栄子は、店員たちが自慢げに語るのを聞かされていたそうです。もちろん悔しさもあったでしょう。
浪花千栄子の自伝では、大阪を出た後、京都での慰安会のことを思い出したのだと書いています。その時のひらめきを、「そうだ、京都へ行こう」という一文で表しています。
JR東海のキャンペーン「そうだ京都、行こう。」がスタートしたのは1993年のことでした。京都の観光地の美しい映像と、長塚京三さんの渋いナレーションによるテレビCMが評判となりました。
千栄子が「そうだ、京都へ行こう」と書いた、自伝『水のように』が出版されたのは1965年です。「そうだ京都、行こう。」のはるか以前のことでした。もしかしたら、後のクリエイターたちに何らかのヒントを与えたのかもしれません。
当時、このJR東海のキャンペーンを手掛けたクリエイティブ・ディレクターは、電通の佐々木宏さん。キャッチコピーはコピーライターの太田恵美さんの作です。
ちなみに佐々木さんですが、東京オリンピック・パラリンピックが延期されたことに伴って解散した野村萬斎さんのチームに代って、新たな「開閉会式企画・演出チーム」の総合統括に任命されました。順調に「そうだ五輪、行こう。」となればいいのですが。
新たな「出会い」
千代は京都駅前の「口入れ屋」、つまり仕事の斡旋(あっせん)所を訪ねます。見つけたのは、カフェー「キネマ」の女給でした。
当時の「カフェー」は、今どきの「カフェ」などとは異なります。特殊喫茶とか、社交喫茶などと呼ばれる、一種の風俗営業の店でした。女給もいわゆるウエイトレスではなく、現在のバーやクラブのホステスさんのような仕事です。
千代が勤めることになった「キネマ」もそうですが、カフェーは給料制ではなく、客から受け取るチップが女給の収入のすべてでした。
カフェー「キネマ」の特色は、店名通り、活動写真と呼ばれていた映画の世界をモチーフとしていること。所属する女給は、女優もしくは女優志望の若い女性たちで、店長の宮元(西村和彦)も自分のことを「監督」と呼ばせています。
新たな場所には、新たな出会いがあります。この宮元だけでなく、一番人気の女給で映画出演もしている洋子(阿部純子)や、富山出身の気のいい真理(吉川愛)などが登場。同世代である彼女たちの存在は、千代を大いに刺激します。
渾身の「女優宣言」
このカフェー「キネマ」で、千代はいきなり映画の主演女優としてスカウトされました。しかし、それは詐欺師が映画の出資者をだますためであり、あっけなく夢は破れます。
しかも、洋子と真理が撮影所の試験に合格したことで、千代の中で何かが弾けます。
6日の第23話は、この週の大きな「見せ場」となりました。突然、店のみんなに向って思いをぶつけたのです。
「洋子さん、真理ちゃん、堪忍だす。なんや、うち、心からお祝いできへんねん。2人が頑張って、やっとつかんだ合格やのに、それわかってんのに、おめでとうより先に、うらやましいが来てしまう。悔しいが来てしまいますねん」
本音を語る千代。自分をだました詐欺師ではなく、自分に腹が立つと言います。続けて・・・
「小さい頃、一人で道頓堀に奉公に出て、辛うて、さみしくて、どないしよう思うて。そんな時、うちの前にはいつもお芝居があったんです。うちは、お芝居が大好きや!」
ここからカメラは、とてもゆっくり、千代の顔へとZOOMしていきます。
「うちが元気もろたみたいに、今度はうちが誰かの力になりたい。また思い上ってと笑われるかもわからへんけど、うちは今までずっと、どこかでそないに思うてきたんやと思います」
夢中で話す千代のアップ。
「せやさかい、うちは役者になりたい。女優になりたい。いや、なります!」
渾身の「女優宣言」でした。
そして杉咲さん、堂々の朝ドラヒロインらしい顔つきです。この約3分間の長ゼリフは、コロナ禍における杉咲さんの覚悟であり、自身の「朝ドラ主演女優宣言」にも聞こえました。
「女給」から「女優」へ
今週あった、もう一つの出会い。それが女優の山村千鳥(若村麻由美)でした。東京で映画女優として活躍し、結婚・離婚も経験した後、役者を目指す女性たちを集めた「山村千鳥一座」を率いるベテラン女優です。
千代は座員募集のチラシを見て応募し、なんと合格してしまう。実は雑用係の欠員があり、応募者は千代一人だったのです。仕事はかなりハードですが、これまでの経験から千代は負けません。
ただ、客入りの悪い一座の窮状を救うべく、座員の薮内清子(映美くらら)が提案してきた新しい出し物に対して、千鳥が取り合おうともしない姿勢に、つい反発してしまいます。クビを言い渡されました。
落ち込んでいる千代のところに、清子が訪ねてきます。そして、素顔の千鳥について話すのでした。可笑しかったのは、「清子さんが自分の一座を作ったらいい」と言う千代に、それは無理だと答えた清子の言葉です。
「わたし、山村千鳥が好きやねん」
この「好きやねん」が絶品です。宝塚出身のくららさん、いい味、出してました。
千代は、千鳥の家に戻り、詫びを入れます。はじめは拒否する千鳥でしたが、幸運の印、四葉のクローバーのおかげもあって、千代は再入門を許されました。
「あなたは、ずっと雑用係。それでもいいわね」と千鳥。
「ようあらしまへん。けど、それが今のうちの力だすな」と千代。
それでも、大きな前進です。女給から女優へ。その第一歩を記したのですから。
ほうきを手に千鳥の家の前に立つ千代は、「今日もええ天気や。よっしゃ!」と気合十分。次週から、「山村千鳥一座」での女優修業が始まります。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】